第154話「服従」
「マラン――お前は、私に服従しろ!!」
グランの宣言が戦場を貫いた。
Compulsory executor――強制執行。
瞬間。
ズンッ――!!
「……ッ!」
マランの身体が沈む。
見えない何かが、全身を縛りつけた。
「マラン!!」
屋上からネネの叫びが響く。
ネリクマも表情を変えた。
「……グラン!」
マランは片膝をついた。
右手が地面へ触れる。
「ぐ……!」
全身が震える。
立ち上がろうとする。
だが――
立てない。
頭の中へ、命令が直接刻み込まれていく。
服従しろ。
グランに従え。
命令に逆らうな。
「……。」
マランが歯を食いしばる。
グランは荒い呼吸を繰り返しながら笑った。
「そうだ……。」
「それでいい。」
鼻から血が流れる。
それでも能力を解除しない。
「お前は……。」
「私の一番の部下だ。」
「最初から。」
「そうだっただろう……!」
ソウヤが一歩前へ出る。
「仲間にそんな能力を使うのかよ……!」
グランがソウヤを睨む。
「黙れ。」
「これは。」
「我々の問題だ。口出しをするな!」
イレイダが刀を構える。
「だったら尚更最低な奴だ。」
「自分についてきた仲間を、最後は能力で縛るのか。」
「……黙れ。」
グランの声が低くなる。
惣一は何も言わない。
ただ。
マランを見ていた。
「マラン。」
グランが命じる。
「立て。」
「……!」
マランの身体が――
勝手に動く。
片膝が上がる。
足が地面を踏む。
ゆっくり。
立ち上がった。
ネネの顔が青ざめる。
「そんな……。」
グランが笑う。
「そうだ。」
「それでいい。」
そして。
指を向けた。
その先。
名取惣一。
「マラン。」
「名取惣一を殺せ。」
「……!」
マランの右手が。
ゆっくり持ち上がる。
惣一へ向けられる。
ソウヤが叫ぶ。
「名取さん!!」
刹那が即座に前へ出ようとする。
「惣一様!」
だが。
惣一が右手で制した。
「来るな。」
「しかし!」
「全員離れろ。」
惣一の表情から、僅かな余裕すら消えていた。
「彼の能力を正面から受けるな。」
マランの手が震える。
「……やめろ。」
グランが眉を動かす。
「何?」
「俺に……。」
マランが必死に腕を下ろそうとする。
「命令……するな……!」
だが。
腕は下がらない。
グランの能力である強制執行。
宣言したことは必ず実行される。
意思だけでは抗えない。
「無駄だ。」
グランが笑う。
「お前がどれだけ強くても。」
「俺の宣言からは逃れられない。」
「マラン。」
「やれ。」
マランの周囲が――
静かになった。
惣一の目が鋭くなる。
「来る。」
空間そのものが軋む。
マランの指先。
その先にある世界が歪み始める。
excidium――壊滅。
「全員伏せろ!!」
惣一が叫ぶ。
次の瞬間――
――――――。
音が消えた。
一直線。
マランから惣一へ。
世界が消える。
「……!」
惣一が能力を発動。
iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。
その姿が消失する。
直後。
惣一が立っていた場所。
その後方。
道路。
街路樹。
廃墟。
すべてが――
消えた。
遥か彼方まで続く。
何も存在しない直線。
ソウヤは言葉を失った。
「……また。」
タジがモニターを見ながら叫ぶ。
「避けたとかそういう問題じゃねぇぞ!」
「攻撃範囲のデータが取れない!」
「途中の全部が消えてる!」
惣一は上空に立っていた。
神足通で空を踏む。
その額に――
一筋の汗。
「やはり……危険だな。」
初めて。
惣一が明確にそう口にした。
マランを見下ろす。
「まともに受ければ。」
「私でも無事では済まない。」
その言葉に刹那が息を呑む。
名取惣一が。
敵の攻撃をここまで警戒する。
それだけで――
マランの異常性は十分だった。
「もう一度だ。」
グランが命じる。
「やめ……ろ……。」
「名取惣一が死ぬまで攻撃しろ。」
「グラン……!」
マランの表情が苦痛に歪む。
それでも。
右手が再び惣一へ向く。
「……くそっ。」
excidium――壊滅。
二撃目。
惣一が消える。
ズ――――ン!!
上空。
攻撃の先にあった建物の上部が――
消失。
「……。」
惣一が別の空間へ現れる。
だが。
マランの視線が追う。
右。
惣一が移動。
左。
追う。
上。
さらに追う。
「……!」
ソウヤが気付く。
「マラン……。」
「名取さんの移動についていってる……!」
夢幻も険しい表情になる。
「惣一様の移動先を……。」
刹那が呟く。
「予測している。」
惣一が地上へ降りる。
マランが振り向く。
二人の視線がぶつかった。
「……。」
惣一は静かに構える。
マランも右手を向ける。
一瞬。
互いに動かない。
そして――
同時に。
iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。
excidium――壊滅。
惣一が消える。
マランの攻撃。
だが。
今度は――
マランの背後。
「すまない。」
惣一。
掌底。
ドゴォォォン!!
「ぐっ!」
マランが吹き飛ぶ。
だが。
空中で身体を回転。
着地。
ほとんど効いていない。
惣一の目が細くなる。
「……。」
マランが振り向く。
惣一を見る。
そして――
ほんの僅か。
笑った。
「……さすがだ。」
惣一も気付く。
「意識は残っているのか。」
「ああ……。」
マランは震える右手を押さえる。
「身体は……従う。」
「だが……。」
グランを睨む。
「俺まで……。」
「グランのものになったわけじゃない。」
「黙れ!!」
グランが叫ぶ。
その瞬間。
頭を押さえた。
「ぐっ……!」
激しい頭痛。
鼻。
口。
さらに――
耳からも僅かに血が流れる。
ネネが叫ぶ。
「もうやめて!!」
グランが屋上を見る。
「ネネ……。」
「それ以上使ったら!」
「グランが壊れちゃう!」
一瞬。
グランの表情が止まった。
だが。
「……関係ない。」
「あるの!」
「黙れ!!」
ネネの身体が震える。
アランダがネネを見る。
「……。」
ペインからも笑みが消えていた。
ラルゴもグランを見ている。
マスタークラウン。
その全員が。
統帥の異常を認識し始めていた。
マランが口を開く。
「グラン。」
「何だ……。」
「お前が俺に言った。」
グランが顔を上げる。
「能力者は危険だと。」
「力を持つ者は。」
「いずれその力に呑まれると。」
「……。」
「だから能力者を制圧する。」
「それがお前の理屈だった。」
グランの瞳が揺れる。
マランは続ける。
「今のお前は。」
一歩。
身体が命令に逆らおうと震える。
それでも。
進む。
「何なんだ。」
グランの表情が歪む。
「黙れ……。」
「能力に呑まれて。」
「仲間まで能力で支配して。」
「自分が壊れても能力を使い続ける。」
「黙れ。」
「お前が一番――」
「黙れ!!」
グランが叫んだ。
マランの身体が止まる。
強制執行。
服従。
抗えない。
それでも。
マランの目だけは――
死んでいない。
「……俺は。」
小さく。
「お前に従わない。」
グランが笑う。
「能力がそうさせない。」
「違う。」
「何?」
マランが自分の胸へ手を置く。
「身体が従っても。」
「俺が。」
「お前を正しいと思わなければ。」
「それは服従じゃない。」
沈黙。
惣一の目が僅かに細くなる。
遠方
高層建築物の屋上。
デウスとアメス。
二人は一切動かず、戦場を見ていた。
アメスが静かに口を開く。
「強制執行は成立しています。」
「ああ。」
「では。」
「マランは抗えていない。」
デウスは首を横に振る。
「違う。」
「?」
「能力には抗えていない。」
デウスの視線はマランへ向けられている。
「だが。」
「支配には抗っている。」
アメスが僅かに目を細めた。
「……なるほど。」
デウスは静かに続ける。
「面白い。」
「能力が人間の意思を支配するのか。」
「人間の意思が能力を超えるのか。」
そして。
その視線がグランへ移る。
「この戦いは。」
「その答えを見せてくれるかもしれない。」
二人は動かない。
まだ――
傍観者のままであった。
戦場
ソウヤがマランを見る。
マスタークラウンNo.2。
自分たちと戦ってきた存在。
それでも。
今の姿を見て。
「……助けられないのか。」
イレイダが振り返る。
「何?」
「グランの能力。」
「解除をさせる方法。」
夢幻が答える。
「本人が宣言を撤回するか。」
「あるいは――」
言葉が止まる。
ソウヤが聞く。
「あるいは?」
夢幻はグランを見る。
「グラン自身が死亡する。」
「……。」
誰も言葉を発しない。
結衣が首を横に振る。
「そんな……。」
その会話を。
グランも聞いていた。
「そうだ。」
全員が振り返る。
グランは笑っていた。
「私が死ねば。」
「全ての宣言は終わる。」
右手を広げる。
「なら。」
「殺してみろ。」
惣一を見る。
「名取惣一。」
そして。
マラン。
「お前もだ。」
「俺を殺せるものなら。」
「殺してみろ。」
マランの拳が震える。
グランは笑う。
「ただし。」
赤い瞳が輝く。
「お前は俺に服従している。」
「俺を殺すことなど――」
その瞬間。
マランが。
一歩。
グランへ近づいた。
「……?」
もう一歩。
グランの笑みが消える。
「何をしている。」
マラン自身の身体が激しく震えている。
強制執行が命令する。
止まれ。
従え。
逆らうな。
それでも。
一歩。
「マラン。」
さらに。
一歩。
「止まれ。」
マランの口元から血が流れる。
身体そのものが、強制執行と意思の間で悲鳴を上げている。
「マラン!!」
グランが初めて後退した。
マランが顔を上げる。
その目には――
明確な意志。
「俺は。」
右手を持ち上げる。
グランへ。
「お前の。」
空間が震え始める。
「人形じゃないッッッ!」
excidium――壊滅。
グランの瞳が大きく見開かれた。
遠方
デウスが僅かに笑う。
「そうだ。」
そして――
マランの指先に。
これまでとは比較にならないほどの力が集まり始めた。
ネネが叫ぶ。
「マラン!!」
惣一も表情を変える。
「待て!」
マラン自身も分かっている。
この力を解放すれば――
グランだけでは済まない。
それでも。
強制された身体と。
自由を求める意思。
二つが激突した果てに。
マランの力が、制御限界へと近づいていくのであった。
――第154話 完




