第153話「傍観」
能研ハウス周辺――
戦場から遥か遠方。
そこにいたのは、二つの影。
一人は、静かに戦場を見下ろしている。
デウス。
そして、その傍らに立つ――
アメス。
東京湾から移動してきた二人は、戦いへ介入することなく、ただ遠方からその行く末を見つめていた。
覇者の集い。
彼らはまだ――
傍観者。
「気付かれましたね。」
アメスが静かに言った。
デウスは視線を動かさない。
「ああ。」
「三人ともな。」
その視線の先。
名取惣一。
グラン。
そして――マラン。
三人だけが、遠方にいる二人の存在を察知していた。
アメスが僅かに微笑む。
「さすが、と言うべきでしょうか。」
「能力の規模だけではない。」
デウスが答える。
「感覚。」
「経験。」
「そして、本能。」
「今あの場所にいる三人は――」
一拍置いて呟く。
「別格だ。」
戦場
惣一は遠方を見つめていた。
「……二人いる。」
ソウヤが振り返る。
「二人?」
「ああ。」
グランも同じ方向を見ている。
先ほどまで不安定だった表情から、一瞬だけ狂気が消えていた。
「……デウス。」
その名前に。
マランが反応した。
「デウス。」
グランは答えない。
ただ。
遠方を睨み続ける。
イレイダが刀を構えながら尋ねる。
「デウス!?」
惣一が静かに答える。
「今は気にするな。」
「こちらへ来る気配はない。」
「見ているだけだ。」
マランが低く呟く。
「……覇者の集い。」
ソウヤの表情が変わった。
その言葉を聞いたネリクマも、屋上から遠方を見る。
「やっぱり。」
ネネが不安そうに尋ねる。
「知ってる人?」
「知ってるっていうより。」
ネリクマは目を細めた。
「今は関わらない方がいい奴ら。」
「……。」
「向こうもそのつもりみたいだけどね。」
「余所見をするな。」
グランの声。
惣一が視線を戻す。
「そちらが先に見ていただろう。」
「……。」
一瞬の沈黙。
そして。
グランが笑った。
「確かにな。」
再び二人の間に緊張が走る。
遠方の二人が何者であろうと。
今、決着をつけるべき相手は目の前にいる。
惣一が構える。
グランも右手を上げる。
マランは二人から距離を取った。
「続けろ。」
グランが横目で見る。
「手は出さないんだな。」
「ああ。」
「今は。」
その言葉にグランの眉が僅かに動く。
だが、何も言わなかった。
先に動いたのは――
グラン。
Compulsory executor――強制執行。
「宣言する。」
惣一の目が鋭くなる。
「次の十秒間、名取惣一は地面から離れることができない。」
ズンッ!!
見えない圧力。
惣一の足が地面へ固定される。
ソウヤが叫ぶ。
「名取さん!」
グランが走る。
「神足通で空へ逃げることも。」
拳。
「地面へ潜ることも。」
二撃目。
「できない!」
惣一はその場から動かず、拳を受け流す。
ガッ!
ガガッ!!
グランが猛攻を仕掛ける。
「どうした!」
惣一は冷静だった。
一撃。
二撃。
三撃。
全て最小限の動きでかわす。
そして。
「グラン。」
「何だ!」
「お前はまた。」
惣一が拳を掴む。
「余計な条件を付けた。」
「!」
「地面から離れられない。」
グランの腕を引く。
「なら。」
腰を落とす。
「地上で戦えばいい。」
ドゴォッ!!
強烈な膝蹴り。
「がっ!」
さらに。
掌底。
ドォン!!
グランが後退する。
惣一の足は一度も地面から離れていない。
「八。」
夢幻が呟く。
刹那も理解する。
「九……。」
そして。
「十。」
瞬間。
宣言の効力が消える。
惣一の姿が――
消失。
iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。
グランが目を見開く。
「ッ!」
真上。
惣一が空中に立っていた。
空を地面のように踏み締めている。
「十秒だ。」
惣一が静かに言う。
「短かったな。」
「貴様……!」
惣一が空を蹴る。
急降下。
グランも拳を構える。
激突――
ドォォォォォン!!
一方
「よそ見してる場合じゃねぇんだよ!!」
ペイン。
bloodbath Slaughter――殺戮真化。
拳がソウヤへ迫る。
「分かってる!」
ソウヤがかわす。
その頭の中。
レイの声。
(左から来る。)
『見えてる!』
ペインの蹴り。
ソウヤが身体を沈める。
頭上を脚が通過。
そこへ。
「もらった!」
イレイダ。
刀を横薙ぎに振るう。
ペインが跳ぶ。
「危なっ!」
空中。
逃げ場がない。
イレイダが叫ぶ。
「ソウヤ!」
「おう!」
ソウヤが地面を蹴る。
拳。
ドゴォッ!!
「ぐっ!」
ペインの腹部へ命中。
そのまま地面へ叩き落とす。
ズガン!!
「やった!」
結衣が遠くから叫ぶ。
だが――
ペインは倒れたまま笑っていた。
「ハ……。」
「ハハ。」
ゆっくり立ち上がる。
「やっぱ。」
口元の血を舐める。
「お前ら二人。」
「最高だわ。」
イレイダが顔をしかめる。
「気色悪ぃな。」
別の戦場。
ラルゴが両腕を広げる。
Storonger(怪力)。
「まとめて。」
「潰す。」
地面を――
掴んだ。
「……!」
雛儀の表情が変わる。
ラルゴが道路そのものを引き剥がす。
ゴゴゴゴゴゴ!!
巨大なアスファルトの塊。
それを。
持ち上げた。
刹那が上を見る。
「これは……。」
ラルゴは二人へ向かって――
投げる。
「潰れろ。」
巨大な塊が落下する。
雛儀が帝凰剣を握る。
炎。
「刹那さん!」
「合わせます!」
刹那の周囲へ幻剣が展開。
hallucinatio gladius――幻剣。
雛儀が踏み込む。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
帝凰剣。
刹那の幻剣。
二つの斬撃が交差する。
ズバァァァン!!
巨大なアスファルトが――
真っ二つ。
二人の左右へ落下する。
ドォォォン!!
粉塵の中。
刹那と雛儀は無傷。
ラルゴが静かに呟く。
「……すごい。」
雛儀が笑う。
「お褒めの言葉、光栄だ。」
「だが。」
帝凰剣を向ける。
「まだ終わっていません。」
そして。
アランダ。
「面倒ね。」
人形たちへ指示を送る。
neuropastum(傀儡)。
だが。
「動くな。」
夢幻。
exsecratio Carmen――呪詛。
黒い呪詛が人形の関節へ絡みつく。
ガシャン!!
一体が停止。
二体。
三体。
アランダが舌打ちする。
「また……!」
燕が走る。
「今です!」
アランダへ接近。
Ability improver(能力向上)。
自身の身体能力を引き上げる。
拳。
アランダは腕で防ぐ。
ドゴッ!!
「くっ!」
初めてアランダ自身が大きく後退した。
柚季が上空から叫ぶ。
「燕!」
「右!」
「分かってます!」
別の人形。
燕が回避。
その背後。
小雨が眼帯へ手を掛ける。
左目が露わになる。
「……見つけた。」
アランダが気付く。
「しまっ――」
視線が交わる。
Sleep inducer――睡眠誘導。
「……!」
アランダの身体が一瞬揺れた。
「く……。」
膝が僅かに落ちる。
「眠……。」
だが。
アランダは自分の腕へ爪を立てる。
痛み。
「まだ……!」
小雨が驚く。
「耐えた……。」
アランダは荒い呼吸をする。
「この程度で。」
「眠るわけ……ないでしょう。」
夢幻が静かに言う。
「いいえ。」
「十分です。」
アランダが顔を上げる。
そこには――
燕。
小雨。
柚季。
そして夢幻。
完全に囲まれていた。
遠方
デウスはすべてを見ていた。
アメスが尋ねる。
「どう見ます?」
「能研。」
「名取家。」
「マスタークラウン。」
デウスは少しだけ沈黙する。
「やはり興味深い。」
「特には?」
デウスの視線が移る。
まず――
惣一。
次に――
グラン。
そして。
戦場の中央で静かに立つマラン。
「三人。」
アメスも同じ三人を見る。
「やはり。」
「ああ。」
デウスは静かに告げる。
「今の時代。」
「世界の均衡を最も容易く崩せるのは――」
「あの三人だ。」
アメスがデウスを見る。
「あなたを含めずに?」
一瞬。
沈黙。
そして――
デウスが僅かに笑った。
「それは。」
「いずれ分かる。」
戦場
惣一とグランが再び距離を取る。
二人とも傷を負っている。
しかし。
グランの消耗の方が明らかに大きい。
強制執行の反動。
精神。
知性。
少しずつ。
確実に。
グラン自身を蝕んでいる。
「ハァ……。」
「ハァ……。」
惣一が静かに見る。
「もうやめろ。」
「……。」
「このまま続ければ。」
「お前は自分が何者だったのかすら分からなくなる。」
グランの顔から――
笑みが消えた。
「何者……?」
頭を押さえる。
「私は……。」
声。
また。
頭の中から。
『執行しろ。』
『殺せ。』
『能力者を消せ。』
『お前が正しい。』
グランの瞳が揺れる。
「俺は……。」
マランが遠くから見ている。
「グラン。」
「もう限界だ。」
グランがマランを見る。
その瞬間。
何かが切れた。
「……黙れ。」
「グラン。」
「黙れ!!」
グランが右手を突き出す。
その対象は――
惣一ではない。
マラン。
ペインが目を見開く。
「グラン?」
アランダも振り返る。
ネネの顔から血の気が引く。
「グラン……?」
マランは動かない。
グランの瞳は完全に狂気へ染まり始めていた。
「お前は。」
「私に逆らった。」
「私を止めた。」
「私の命令を拒絶した。」
マランの表情が険しくなる。
「……。」
グランが叫ぶ。
Compulsory executor――強制執行。
「宣言する!!」
戦場全体が静まり返る。
「マラン――お前は、俺に服従しろ!!」
ネネが叫んだ。
「マラン!!」
見えない強制力が――
マランへ襲い掛かる。
最強格同士。
強制執行と壊滅の能力者同士。
ついに。
マスタークラウン内部の亀裂が――
決定的なものになった。
そして遠方。
デウスの目が。
僅かに細くなった。
「……来るぞ。」
アメスが問う。
「何がですか?」
デウスはマランだけを見つめる。
「彼の。」
「選択だ。」
――第153話 完




