第152話「三強」
能研ハウス周辺――
グランの宣言が撤回され、能研と名取家の能力は完全に戻った。
だが。
誰もすぐには動けなかった。
理由は一つ。
戦場の中央に立つ男。
マラン。
先ほど放たれたexcidium(壊滅)。
ほんの僅か。
意図的に威力を抑え、グランから軌道を外した一撃。
それだけで――
遠方の一帯が消失した。
破壊ではない。
瓦礫すら残らない。
まるで最初から何も存在していなかったかのように。
ソウヤは、その光景から目を離せなかった。
「……あれを。」
「抑えて撃ったのか。」
イレイダが刀を握ったまま答える。
「ああ。」
「恐らく。」
「冗談だろ……。」
「私に言うな。」
イレイダの額にも汗が浮かんでいた。
マランは右手を見つめる。
「……。」
僅かに震えている。
恐怖。
それは敵に対するものではない。
自分自身の力への恐怖。
屋上からネネが叫ぶ。
「マラン!」
マランが顔を上げる。
「大丈夫……?」
「問題ない。」
短い返事。
だがネネには分かっていた。
マランは自分の能力を使うたびに思い出す。
自分が本気を出したら。
どこまで壊してしまうのか。
誰にも分からないということを。
「マラン。」
グランが呼ぶ。
マランが振り返る。
「能力封印の宣言は撤回した。」
「約束通りだ。」
「ああ。」
「ならば。」
グランの目が鋭くなる。
「そこから動くな。」
マランは答える。
「そのつもりだ。」
「俺はまだ……。」
ネリクマが屋上からその言葉を聞いていた。
「……まだ、か。」
小さく呟く。
そして。
惣一が前へ出る。
「では。」
グランを見る。
「続きを始めようとしようか。」
グランが口元の血を拭った。
「左様。」
その瞳には再び冷静さが戻りつつある。
だが、強制執行を連続使用した反動は消えていない。
頭痛。
出血。
そして少しずつ削られていく精神。
それでも。
マスタークラウン統帥は立っている。
「名取惣一。」
「今度こそ。」
「お前を終わらせる。」
惣一は静かに構えた。
「来い。」
Compulsory executor――強制執行。
グランの赤い瞳が光る。
「宣言する。」
刹那が警戒する。
「また……!」
夢幻もグランを見る。
だが――
今回の宣言は違った。
「私は、名取惣一の攻撃を三度だけ回避する。」
惣一の目が細くなる。
三度。
永続ではない。
対象も惣一、一人。
条件も明確。
先ほどまでの大規模な宣言とは違う。
マランが気付く。
「……反動を抑えたか。」
グランは笑う。
「私も二の舞にはならん。」
惣一が消える。
iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。
次の瞬間。
グランの背後。
掌底。
だが――
スッ。
グランの身体が僅かにずれる。
空振り。
「一度。」
グランが呟く。
惣一は表情を変えない。
再び消える。
上空。
踵落とし。
グランが半歩移動。
ドォン!!
惣一の踵が地面を砕く。
「二度。」
ソウヤが気付く。
「あと一回……!」
イレイダも笑う。
「奴なら分かってる。」
三度目。
惣一はグランの正面へ現れた。
「正面?」
グランが構える。
惣一が拳を放つ。
グランの身体が自然と攻撃軌道から外れる。
三度目。
「これで――」
グランが笑った。
「三回だ。」
惣一も。
「そうだな。」
グランの表情が変わる。
「……?」
惣一は拳を途中で止めていた。
攻撃ではない。
誘導。
グランが回避した場所。
そこは――
惣一が最初から立たせたかった位置。
「まさか。」
「三度回避することは分かっていた。」
惣一の姿が消える。
「なら。」
グランの真下。
地面をすり抜けて現れる。
「三度目の先を狙えばいい。」
「――ッ!」
掌底。
ドゴォォォン!!
グランの顎を捉えた。
身体が宙へ浮く。
惣一も跳ぶ。
追撃。
拳。
ドゴッ!!
さらに。
蹴り。
ズドォン!!
グランが地面へ叩き落とされる。
「グラン!」
ペインが動こうとする。
だが。
その前へイレイダが立った。
「どこに行くのよ。」
ペインが止まる。
「……。」
ソウヤも横へ並ぶ。
「お前の相手は。」
拳を構える。
「俺たちだ。」
ペインの口元に――
再び笑み。
「そうだったな。」
全身へ力が漲る。
bloodbath Slaughter――殺戮真化。
「じゃあ。」
「続きやろうか。」
ドン!!
三人が同時に動いた。
ラルゴも惣一の方角を見る。
「グラン……。」
だが。
「余所見は禁物です。」
刹那。
反対側には雛儀。
ラルゴが二人を見る。
「……二人。」
「また。」
雛儀が帝凰剣を構える。
炎が刀身を包み込む。
「能力も戻りましたので。」
刹那の周囲にも剣影が現れる。
hallucinatio gladius――幻剣。
「ここからは。」
「先ほどより厳しいですよ。」
ラルゴは巨大な拳を握る。
Storonger(怪力)。
「分かった。」
アランダの人形たちにも異変。
ガシャン。
一体。
また一体。
黒い呪詛が絡みつく。
アランダが振り返る。
夢幻が立っていた。
「こちらも再開しようか。」
exsecratio Carmen――呪詛。
アランダが苦笑する。
「やっぱり。」
「あなた嫌いだわ。」
夢幻は穏やかに答える。
「それは残念だ。」
燕たちも再び集まり始める。
分断されていた能研が――
少しずつ繋がっていく。
そして。
グランが瓦礫から立ち上がる。
「……ハァ。」
「ハァ……。」
惣一は追撃せずに見ている。
「限界が近いぞ。」
「黙れ。」
「お前自身が分かっているはずだ。」
「黙れ。」
グランの瞳が揺れる。
「強制執行は万能ではない。」
惣一は続ける。
「宣言を強くすれば、お前が壊れる。」
「反動を抑えれば、今のように攻略される。」
グランの拳が震える。
「それでも。」
「私は。」
惣一が一歩進む。
「お前を倒す。」
「……ハ。」
グランが笑う。
「なら。」
「試してみろ。」
再び右手を上げる。
マランが遠くから目を細めた。
「グラン。」
「また無茶をするつもりか。」
「黙って見ていろ。」
「……。」
「お前は傍観すると言ったであろう。」
マランは何も答えない。
グランが惣一を見る。
「名取惣一。」
「確かにお前は強い。」
「能力。」
「技術。」
「判断。」
「全てが高水準だ。」
惣一は黙って聞く。
「だが。」
グランが笑う。
「私は。」
「勝つためなら。」
「自分が壊れても構わない。」
マランの表情が変わった。
「……グラン。」
赤い瞳が強く輝く。
Compulsory executor――強制執行。
「宣言する――」
だが。
その瞬間だった。
「やめろ。」
低い声。
グランが止まる。
マラン。
「またお前か。」
「違う。」
マランは戦場の遥か向こうを見る。
惣一も同時に気付いた。
「……。」
二人の最強格が――
同時に同じ方向を見た。
ソウヤが戸惑う。
「何だ……?」
イレイダも気配を探る。
「誰かいるのか?」
マランの表情が険しくなる。
「この気配……。」
惣一が静かに答える。
「こちらを見ている。」
グランも視線を向けた。
戦場から遥か遠方。
そこに――
一つの影。
戦わない。
近づかない。
ただ。
この戦いを見ている。
マランが小さく呟く。
「……傍観者か。」
同時刻。
東京湾
静かな海上。
アメスがゆっくり目を開く。
「動き始めましたね。」
デウスは海の向こう――能研のある方角を見つめている。
「まだだ。」
「我々は見届ける。」
アメスが微笑む。
「ええ。」
「まだ審判を下す時ではありません。」
二人は動かない。
覇者の集いは、まだ傍観者。
だが。
能研。
名取家。
マスタークラウン。
そして、その戦いを遠方から見つめる視線。
能力者たちの争いは――
確実に、より大きな何かを呼び寄せ始めていた。
そして戦場では。
名取惣一。
グラン。
マラン。
三人の最強格が――
同じ異変を感じ取っていた。
――第152話 完




