第149話「秀才との対局」
能研ハウス――
静寂。
グランの宣言によって、戦場の力関係は一瞬にして変わった。
Compulsory executor――強制執行。
――この戦場にいる全ての能研、名取家の能力者は、能力を使用できない。
ソウヤが拳を握る。
しかし、人格変化は起こらない。
「レイ……。」
返事はある。
レイが消えたわけではない。
だが――その力を表へ引き出せない。
結衣も両手をかざす。
「能力が……発動しない……。」
燕も同じだった。
「私も……。」
小雨。
柚季。
雛儀。
そして刹那と夢幻。
全員が能力を封じられている。
ペインは自分の両手を見る。
「……俺たちは使える。」
アランダも指先を動かす。
人形が再び立ち上がる。
「対象は能研と名取家だけ。」
夢幻が険しい表情になる。
「かなり厄介ですね。」
そして――
ラルゴの巨大な拳が握られた。
「ハハハハハ!!」
グランが笑う。
鼻から血が流れている。
それでも構わず、惣一を睨みつける。
「どうした。」
「神足通は使えないぞ。」
惣一は答えない。
ゆっくりと羽織を脱ぐ。
刹那へ投げ渡した。
「惣一様。」
「持っていてくれ。」
「……はい。」
袖を捲る。
そして。
拳を構えた。
グランが目を細める。
「本気か?」
「ああ。」
「能力が使えないなら。」
惣一は静かに答える。
「使わなければいい。」
次の瞬間。
ダンッ!!
惣一が踏み込んだ。
「!」
グランの表情が変わる。
速い。
神足通ではない。
純粋な脚力。
惣一の拳がグランへ迫る。
グランは腕で防御。
ガッ!!
重い。
「ぐっ……!」
防御した腕ごと押し込まれる。
惣一は止まらない。
拳。
肘。
掌底。
足払い。
グランが一撃を防ぐたび、別方向から次の攻撃が飛んでくる。
「貴様……!」
グランが拳を振るう。
惣一は頭を数センチ動かしただけでかわす。
懐へ。
「遅い。」
ドゴッ!!
腹部へ拳。
「がっ!」
顎。
掌底。
ガンッ!!
グランの頭が跳ね上がる。
最後に――
回し蹴り。
ドォン!!
グランが吹き飛んだ。
ソウヤは呆然としていた。
「能力……。」
「使ってないよな?」
イレイダが笑う。
「あぁ。」
「名取惣一って男は。」
「能力だけの化け物ではないのだ。」
刹那が静かに惣一を見つめる。
その表情に驚きはない。
「惣一様は幼少期から。」
「能力に頼らない戦闘も叩き込まれています。」
夢幻も小さく笑う。
「名取家歴代随一の逸材。」
「その評価は神足通だけを見て付けられたものではありません。」
「……ふざけるな。」
グランが立ち上がる。
口元の血を拭う。
「能力を封じた。」
「なのに。」
「なぜ……!」
惣一は静かに歩く。
「グラン。」
「お前は一つ勘違いしている。」
「……何?」
「能力は。」
「人間を強くする。」
一歩。
「だが。」
さらに一歩。
「能力が、その人間の全てではない。」
グランの瞳が揺れる。
「私は名取惣一だ。」
「神足通があるから、名取惣一なのではない。」
屋上
マランがその言葉を聞いていた。
「……。」
ネリクマが横を見る。
マランの表情が、僅かに変わっている。
「刺さった?」
「黙れ。」
「図星。」
マランは答えない。
ネネは二人の間で戦場を見つめていた。
「能力が……全部じゃない。」
小さく呟く。
その言葉を噛み締めるように。
だが。
状況が好転したわけではない。
「おっと。」
ペインがソウヤの前へ立つ。
その身体には依然として――
bloodbath Slaughter――殺戮真化。
「グランの宣言。」
「俺たちには関係ないみたいだね。」
ソウヤが構える。
能力は使えない。
対するペインは能力向上状態。
「最悪だな……。」
イレイダも刀を構える。
「だったら。」
「技術でやるしかねぇ。」
ペインが笑う。
「そういうの好きだよ。」
ラルゴも動く。
Storonger(怪力)。
「……続き。」
雛儀の前へ立つ。
だが――
帝凰剣に宿る力は発動しない。
炎は出ない。
ただの剣として戦うしかない。
雛儀は刀身を見つめる。
「……。」
そして。
静かに構えた。
「望むところだ。」
刹那が横へ並ぶ。
「私も参ります。」
「刹那さん。」
「幻剣が使えなくても、剣術まで失ったわけではありません。」
雛儀が小さく笑う。
「確かに。」
二人の剣士がラルゴを見据える。
そしてアランダ。
neuropastum(傀儡)。
人形たちが再び動き始める。
夢幻には呪詛がない。
小雨には睡眠誘導がない。
燕には能力向上がない。
柚季は飛べない。
結衣は傷を治せない。
「今度こそ。」
アランダが微笑む。
「私の時間ね。」
夢幻は呪符をしまう。
「そうだろうか」
「?」
夢幻が素手で構えた。
「千藤院家で過ごしていた人間が。」
「何も習っていないと思ったか?」
アランダの笑みが僅かに消えた。
再び。
惣一とグラン。
グランは荒い呼吸を繰り返している。
強制執行の大規模な宣言。
その反動は明らかだった。
頭痛。
出血。
精神の不安定化。
それでも――
グランは笑った。
「認めよう。」
「お前は強い。」
「名取惣一。」
惣一は構えを崩さない。
「光栄だ。」
「だが。」
グランの瞳が赤く染まる。
「私は、マスタークラウンの統帥だ。」
「ここで負けるわけにはいかない。」
再び口を開こうとする。
マランがそれを見た瞬間――
「グラン。」
声が飛んだ。
グランが止まる。
「……何だ。」
屋上からマランが見下ろしている。
「これ以上。」
「能力を重ねるな。」
グランの表情が変わる。
「マラン。」
「私に指図するのか?」
「反動が限界に近い。」
「関係ない。」
「ある。」
マランの声が低くなる。
「そのまま続ければ。」
「お前自身が壊れる。」
沈黙。
ペインも。
アランダも。
ネネも。
マランを見る。
グランはゆっくり笑った。
「マラン。」
「お前はいつから。」
「私を心配するようになった?」
「……。」
マランは答えなかった。
「それとも。」
グランの視線が移る。
その先。
ネリクマ。
そして――能研。
「別の理由か?」
マランの瞳が鋭くなる。
「何が言いたい。」
「分からないか?」
グランの笑みが歪む。
「お前。」
「迷っているのだろう。」
ネネがマランを見上げる。
「……マラン?」
グランは続ける。
「私たちの側にいるのか。」
「それとも。」
ソウヤたちを見る。
「こいつらの側に立ちたいのか。」
マランの拳が握られる。
ネリクマは何も言わない。
答えを促すこともしない。
ただ見ている。
長い沈黙。
やがてマランは――
「……今は。」
「どちらでもない。」
グランの笑みが消えた。
「そうか。」
その一言だけ。
だが。
二人の間に生まれた亀裂は――
もう隠せるほど小さなものではなかった。
その時。
惣一が口を開く。
「グラン。」
グランが視線を戻す。
「余所見をする余裕があるのか。」
「……!」
惣一が踏み込む。
能力なし。
ただ一人の人間として。
それでも――
速い。
「来い!!」
グランも拳を構える。
ドォォォォン!!
二人の拳が真正面から激突した。
能力が世界を変える時代。
その頂点に立つ者たちが今――
能力を超えた強さを問われていた。
――第149話 完




