第148話「絶対を破る者」
能研ハウス――
惣一から放たれた圧倒的な気配が、戦場全体を包み込む。
だが、グランの宣言はまだ生きている。
――次の一撃で、お前の能力を封じる。
つまり。
グランの攻撃を一度でも受ければ――
iddhi-vidha-ñāṇa(神足通)を失う。
ソウヤが拳を握る。
「名取さん……。」
イレイダも険しい表情で二人を見つめていた。
「あいつ。」
「どうするつもりだ……。」
惣一は静かに構える。
「来い。」
グランの口元が吊り上がった。
「後悔するなよ。」
次の瞬間。
グランが踏み込んだ。
速い。
能力だけではない。
グラン自身の身体能力も並の能力者を遥かに凌駕している。
拳。
惣一がかわす。
二撃目。
かわす。
三撃目。
惣一は身体を透過させる。
ブォン!!
拳が身体をすり抜けた。
グランの目が細くなる。
「神足通……。」
惣一はそのままグランの背後へ回る。
だが、攻撃しない。
距離を取る。
グランが笑う。
「いつまで逃げる。」
「逃げているわけではない。」
「なら何だ。」
惣一は静かに答える。
「見ている。」
「お前を。」
グランの眉が動く。
「私を?」
「ああ。」
「強制執行が、どこまで『絶対』なのかをな。」
一瞬。
グランの表情から笑みが消えた。
再び激突。
拳。
蹴り。
掌底。
惣一は一度も攻撃を受けない。
壁へ向かって走り――
そのまま垂直に駆け上がる。
グランが追う。
惣一は壁を蹴らない。
まるで地面を歩くように、そのまま建物の側面を走っていく。
iddhi-vidha-ñāṇa(神足通)。
そして途中で――
壁の中へ消えた。
「……!」
グランが止まる。
次の瞬間。
地面から惣一の腕が現れる。
ガシッ!!
グランの足首を掴む。
「なに!?」
一気に体勢を崩す。
ドォン!!
グランの身体が地面へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
惣一は地面をすり抜け、その隣へ立つ。
「なるほど。」
グランが立ち上がる。
「何がだ。」
「一つ分かった。」
惣一は静かに言う。
「お前の宣言は。」
「言葉通りに実行される。」
グランが目を細める。
「当然だ。」
「だからこそ――」
惣一の視線が鋭くなる。
「言葉にしていないことまでは強制できない。」
沈黙。
ソウヤが目を見開く。
「……そうか!」
イレイダも気付く。
「『次の一撃で能力を封じる』。」
「なら、その一撃さえ受けなきゃいい。」
「それだけじゃない。」
夢幻が遠くから二人を見つめていた。
「宣言された結果そのものは強制される。」
「ですが――」
刹那が続ける。
「そこへ至る過程まで、すべて自由になるわけではない。」
グランは笑った。
「そんなもの。」
「弱点とは呼ばない。」
「そうだな。」
惣一も認める。
「普通の相手ならな。」
その瞬間――
消えた。
「!」
グランが振り向く。
いない。
上。
いない。
背後。
いない。
地下。
いない。
「どこだ!」
惣一の声が響く。
「お前の視界の外だ。」
グランが拳を握る。
「なら!」
Compulsory executor――強制執行。
「名取惣一――」
宣言しようとした。
その瞬間。
「遅い。」
グランの真横。
惣一。
「ッ!」
掌底。
だがグランも反応する。
「捕まえた!!」
拳を振り抜く。
これが当たれば。
神足通は封じられる。
ソウヤが叫ぶ。
「名取さん!!」
拳が――
惣一の胸を貫いた。
「……!」
刹那の顔色が変わる。
「惣一様!!」
グランが笑う。
「終わりだ。」
だが。
違和感。
血が出ない。
手応えがない。
グランの拳は――
惣一の身体をすり抜けていた。
「な……。」
惣一が静かにグランを見る。
「一撃とは。」
「当たって初めて一撃になる。」
神足通による透過。
攻撃そのものを、成立させなかった。
グランの瞳が大きく見開かれる。
惣一はそのまま身体を実体化。
グランの懐。
完全な死角。
「これで。」
右掌へ力を込める。
「一つ目だ。」
ドォォォォォォン!!!!
掌底がグランの胸へ直撃した。
「が――ッ!!」
グランの身体が凄まじい勢いで吹き飛ぶ。
道路を跳ね、
電柱をへし折り、
建物の壁へ激突。
ズガァァァァン!!
瓦礫が崩れ落ちる。
沈黙。
ソウヤが呆然とする。
「……強すぎる。」
イレイダも思わず笑う。
「これが、名取惣一……。」
刹那だけは当然と言わんばかりに剣を構え直した。
「惣一様ですから。」
夢幻が苦笑する。
「相変わらずですね。」
だが。
惣一は笑っていなかった。
瓦礫の向こうを見つめ続ける。
「出てこい。」
ガラッ。
瓦礫が動く。
グランが立ち上がる。
胸元は大きく破れ、口から血が流れている。
それでも――
笑っていた。
「ハ……。」
「ハハハ……。」
「素晴らしい。」
グランが額を押さえる。
「私の能力を。」
「宣言そのものではなく。」
「成立条件から崩しに来たか。」
惣一は答えない。
グランの笑い声が大きくなる。
「やはり。」
「お前は危険だ。」
しかし次の瞬間。
グランの身体が僅かによろめいた。
「……!」
鼻から血が流れる。
頭を押さえる。
ソウヤが気付く。
「どうした……?」
グランの呼吸が乱れていく。
Compulsory executor(強制執行)の反動。
宣言を重ねれば重ねるほど。
内容が強大になればなるほど。
精神は壊れていく。
自己知性すら、少しずつ削られていく。
「うるさい……。」
グランが頭を押さえる。
「黙れ……。」
誰も何も言っていない。
「私に……。」
「命令するな……!」
ネネの顔色が変わった。
「グラン……。」
マランも目を細める。
「反動が始まった。」
ネリクマが尋ねる。
「まずいの?」
「……ああ。」
マランの表情が険しくなる。
「グランの強制執行は。」
「能力発動力が強ければ強いほど――」
「自身を滅ぼす。」
グランがゆっくり顔を上げる。
その瞳には先ほどまでの冷静さが薄れ始めていた。
「名取……。」
「惣一……。」
惣一は静かに構える。
「続けるのか。」
「当然だ。」
「お前は。」
グランの口元が歪む。
「私が……。」
「私が……!」
右手を前へ突き出す。
マランが表情を変えた。
「待て、グラン。」
初めて。
マランが戦場へ向かって声を上げる。
だが――
グランは止まらない。
Compulsory executor――強制執行。
「宣言する!」
血を流しながら。
狂気に染まり始めた統帥が、新たな言葉を紡ぐ。
「――この戦場にいる全ての能研、名取家の能力者は、能力を使用できない。」
「な――!?」
ソウヤ。
イレイダ。
結衣。
燕。
小雨。
柚季。
雛儀。
そして――
刹那。
夢幻。
全員の身体に、見えない力が絡みつく。
「能力が……!」
燕が自身へ能力を発動しようとする。
何も起こらない。
小雨の左目も。
結衣の回復も。
雛儀の帝凰剣も。
刹那の幻剣も。
夢幻の呪詛も――
発動しない。
そして。
惣一が静かに右手を見る。
iddhi-vidha-ñāṇa(神足通)。
発動――
しない。
グランは血まみれの顔で笑った。
「ハハ……。」
「ハハハハハハハハ!!」
「どうした……名取惣一。」
「能力がなければ。」
「お前は――」
惣一が顔を上げる。
その表情には。
一切の動揺がなかった。
「なるほど。」
拳を握る。
「では。」
一歩。
グランへ向かって歩き出す。
「能力なしで相手をしよう。」
グランの笑みが止まった。
名取家歴代随一の逸材。
頭脳。
精神力。
運動能力。
そのすべてが突出した男。
名取惣一の強さは――
神足通だけではない。
――第148話 完




