第146話「神足通の保持者」
能研ハウス――
風が止む。
誰も動かない。
誰も声を発しない。
惣一とグラン。
互いに十メートルの距離を保ったまま見つめ合っていた。
グランが静かに口を開く。
「私の宣言は絶対だ。」
「名取惣一。お前は、今日ここで敗北する。」
「その未来は、もう決まっている。」
惣一は微動だにしない。
「未来は決まっている、か。」
「面白い。」
一歩。
静かに前へ出る。
「だが私は。」
「決められた未来に従うつもりはない。」
「ハッ!」
グランが踏み込む。
Compulsory executor――強制執行。
拳が一直線に惣一の顔面を狙う。
その瞬間――。
惣一の姿が霞んだ。
iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。
「なに……!」
グランの拳は空を切る。
惣一はすでにグランの左側へ立っていた。
「速い……!」
ソウヤが目を見開く。
イレイダも息を呑む。
「いや。」
「速いのではない。」
「存在そのものが移っている。」
惣一は静かに掌を突き出す。
ドォン!!
衝撃波だけでグランが数歩後退する。
しかし、グランは笑った。
「いい。」
「それでこそ名取惣一だ。」
「なら。」
「これはどうだ。」
グランの瞳が赤く輝く。
Compulsory executor――強制執行。
「俺への攻撃は届かない。」
宣言が戦場へ響いた。
惣一は間髪入れず踏み込む。
掌底。
だが――。
あと数センチ。
その距離だけが、どうしても埋まらない。
「!」
ソウヤが驚く。
「止められた……!」
惣一は静かに距離を取る。
「宣言そのものを現実にする能力か。」
グランは頷く。
「理解が早い。」
「だからこそ厄介だ。」
屋上
ネネは不安そうに戦場を見つめる。
「グラン……。」
マランは腕を組んだまま呟く。
「始まった。」
「能力同士の戦いだ。」
ネリクマも真剣な表情になる。
「今までは力比べ。」
「でもこれは違う。」
「能力そのものをどう攻略するか。」
惣一は静かに目を閉じる。
「確かに強い。」
「だが。」
再び能力を発動する。
iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。
足元の空間が揺らぐ。
グランが眉をひそめる。
「何をする。」
惣一はゆっくりと答えた。
「お前は未来を固定する。」
「私は。」
「現実を書き換える。」
その言葉と同時に。
惣一の姿が完全に消えた。
「どこだ!」
グランが周囲を見渡す。
上。
後ろ。
横。
どこにもいない。
次の瞬間――。
「そこか!」
グランが振り向く。
しかし誰もいない。
「違う。」
惣一の声だけが響く。
「もっと近くだ。」
「!」
グランが目を見開く。
惣一は、グランのすぐ目の前に立っていた。
「いつの間に……!」
「今だ。」
惣一が掌を放つ。
ズドォォォォン!!!
今度はグランの身体が大きく吹き飛び、道路を削りながら数十メートル先で止まる。
能研メンバー全員が息を呑んだ。
「入った……!」
ソウヤが思わず拳を握る。
しかし。
煙の中から聞こえたのは――。
「……なるほど。」
グランの笑い声だった。
「やはり。」
「お前は面白い。」
ゆっくりと煙の中から姿を現す。
口元から血を流しながらも、その瞳は少しも揺らいでいない。
「だからこそ。」
「殺す価値がある。」
再び右手を前へ突き出す。
戦場の空気が一変した。
グランは静かに、新たな宣言を口にする。
「次の一撃で、お前の能力を封じる。」
その言葉に、惣一の表情がわずかに変わる。
能力と能力。
世界を書き換える者と、結果を強制する者。
互いに一歩も譲らない死闘は、さらに激しさを増していく。
――第146話 完




