第9話 冒険者の登竜門!ゴブリンの巣攻略
「いつもアザール観光をご利用いただきありがとうございます。今回は、本物の冒険者になってみたい!という方に、とってもおすすめのプランをご用意しましたよ!」
ミーエルは、動きやすそうなグリーンの軽装に身を包み、大きなパンフレットを広げて微笑んだ。
【ツアー名】冒険者の登竜門!ゴブリンの巣攻略
【お客様】健二様・誠司様・武治様(21歳・大学生)
段野様(38歳・会社員 ツアー2回目)
【付与能力】中級冒険者と同等の力(貸装備あり)
【ご要望】冒険者になってゴブリンの巣を攻略したい!
【旅行日程】
1日目:ゴブリンの巣になった廃坑へ 内部で野営
2日目:ホブゴブリンと対峙(討伐予定) アザールから現世へ、現世解散
「それでは、良い旅を!」
【1日目】
ツアー客が現世からアザールに来る光が収まると、そこは不気味な廃坑の入口だった。
貸し出された装備に身を包んだ男子大学生の3人組は大はしゃぎしていた。
「すげー、ジョークだと思ってたけど、マジで異世界じゃん!」
「装備もいい感じ!この杖見てよ、超リアル!」
「いつもより身体が軽いぜ!テンション上がるわー!」
三人のリーダー格で剣士の健二、少し大人しめの魔法使いの誠司、恰幅のいい戦士の武治は、お互いの武器を見せ合って笑っている。
その少し後ろで、一人だけ短剣を腰に差し、地味なシーフ(盗賊)の格好をした段野が立っていた。
「……」
段野は緊張した面持ちで、手ぬぐいで額の汗を拭っている。
ツアーの団体枠として同じパーティになった4人の前に、ミーエルが案内旗を持って立った。
「それではこれからゴブリンの巣に入ります。皆様には中級冒険者と同等の力を付与しておりますので、ゴブリン単体なら問題ございません。ですが、集団のゴブリンは大変危険です。廃坑には罠があるかもしれませんので、私の後ろに必ずついて来てくださいね」
「おう、任せとけって! 俺たちの冒険のスタートだ!」
「「イエーイ!」」
ミーエルの忠告をろくに聞かず、大学生たちはハイテンションで廃坑へと足を踏み入れた。
廃坑の中は、壁に群生する光苔のおかげで、松明がなくても意外なほど明るかった。
奥に進むにつれて、ひんやりとした空気と、どこか生臭い獣のような臭いが漂ってくる。
「……やっぱ、ちょっと緊張するね……」
魔法の杖を握る誠司が、周囲をキョロキョロと見回しながら呟く。
「誠司、ビビってんのか? だせぇな〜!」
斧を肩に担ぎながら、武治が誠司をからかう。
「うるさい、武治! 初めてなんだから普通だろ!」
「まあまあ、俺の剣があればゴブリンなんて一発だって」
剣士の健二がニカッと笑った、その時だった。
「皆様、早速ゴブリンが現れましたよ!」
ミーエルが案内旗で前方の角を指差す。
そこに、緑色の醜悪な肌をした小鬼――ゴブリンが1匹、ぽつんと佇んでいた。
こちらに気づいたゴブリンは、敵意を剥き出しにし、石のナイフを構えて威嚇してくる。
「うわ、本当にゴブリンだ……! ミーエルさん、もらった能力なら簡単に倒せるんだよな?」
「はい。中級冒険者ですから、1匹なら簡単に倒せますよ」
ミーエルの太鼓判を聞き、戦士の武治がニヤリと笑って前に出た。
「よし、まずは俺からだ! 見てろよお前ら!」
武治が大きく踏み込み、付与された筋力に任せて大斧を頭上から一気に振り下ろした。
「ギャッ――!?」
短い悲鳴。
ゴブリンの身体は抵抗する間もなく、一刀両断に真っ二つとなった。
あっけなく転がる緑色の死体を見て、大学生たちの緊張は一瞬で消し飛んだ。
「すげぇ! めっちゃ力入るわこれ!」
「マジかよ、一撃じゃん! 次は俺の番な!」
武治が簡単にゴブリンを倒したのを見て、健二が声をあげた。
完全に調子に乗った3人は、その後も通路に現れるゴブリンを、剣で斬り伏せ、魔法で焼き払い、面白がるように倒して進んでいった。
ふと、魔法使いの誠司が、ずっと最後尾を無言で歩いている段野に気づいて声をかけた。
「ねえ、おじさんはゴブリン倒さないでいいの?」
段野は手ぬぐいでじっとりと滲む汗を拭い、一歩も前に出ようとせず答えた。
「……いや、今はやめておこう。私の役割ではないからな……」
「え〜、陰キャだね〜(笑)」
「まあ、おっさんは後ろで大人しくしといてよ」
大学生たちはクスクスと笑いながら先へ進む。段野は彼らの冷ややかな視線を気にする様子もなく、ただひたすらに周囲の天井や床の不審な凹凸に目を光らせ、ミーエルのすぐ後ろをキープして歩き続けた。
その日の夜、廃坑の少し開けた空間に着くと、一行はテントを張り、支給された食事をとることになった。
「いやー、ゴブリン大したことないね」
「本当な。俺たち、マジでこのまま本物の冒険者になれんじゃね?」
「もっと強いやつ出てこねーかなー。なんか物足りないわ」
焚き火を囲み、スープを飲みながらワイワイと盛り上がる大学生3人組。
そこから少し離れた暗がりの壁際で、段野は静かにミーエルへと話しかけていた。
「ガイドさん……少し聞いていいかね。ここには、ゴブリン以外の魔獣や魔物はいないのか?」
「そうですね。ゴブリン以外の魔物や魔獣も生息していますよ。ただ、ゴブリンの巣になった場所は、彼らの餌になるような小型のものが集まりやすいですね」
「ほう……そうなのか」
段野は顎に手を当て、廃坑の奥へと続く真っ暗な通路を睨みつけた。
「それだけ餌があるということは……つまり、それだけの数を養えるほど、この奥には『ゴブリンの群れ』がいるということか……」
「あ、おっさん! こっちで一緒に食おうぜ!」
遠くから健二が、半分からかうような口調で声をかけてきた。
段野は彼らに向けて、静かに首を振った。
「いや、私はシーフだからな……。ここで周囲を警戒しているよ」
その生真面目すぎる返答に、遠くから大学生たちの爆笑が聞こえてきた。
「ギャハハ! めっちゃなりきってるよ、あのおっさん! ウケる!」
「ゲームのやりすぎだろ!」
呆れたように笑い合う3人をよそに、段野は静かに腰の短剣の柄に手をかけ、夜の闇を見つめ続けた。
【2日目】
翌朝、一行はさらに廃坑の奥へと歩みを進めていた。
すると突如、前方の通路にゴブリンが1匹姿を現した。
しかし、そのゴブリンはこちらの姿を見るなり、怯えたようにすぐ近くの細い脇道へと逃げていった。
「あ! ゴブリン、逃げんじゃねぇよ!」
剣士の健二が武器を構え、ニヤニヤしながら追いかけようとする。
すかさずミーエルが注意した。
「罠かもしれません……。追いかけない方がいいと思いますよ」
しかし、昨日から連戦連勝で完全に舐めきっている健二たちは、その静止を笑い飛ばした。
「1匹だけだし、こんだけ明るいから大丈夫でしょ? いこうぜ!」
「まてまてー!」と、健二、誠司、武治の3人は、制止を振り切って楽しげに脇道の奥へと走っていってしまった。
残されたのは、ミーエルと、そのすぐ後ろにぴったりと張り付いているシーフ姿の段野だけだ。
しばらくすると――
「――ぐあ!?」
「健二、大丈夫か!? ……って、うわ!杭が、健二の足が……!」
「おい、武治! 後ろ、後ろを見て!!」
「えっ? うわー!! なんだこの数! どこから出てきやがった!?」
「囲まれてる! 魔法が、詠唱が間に合わな――ぎゃー!!」
暗闇の奥から3人の絶叫と肉が裂ける生々しい音が響き渡り、やがて、それらはピタリと止んだ。
代わりに聞こえてきたのは。
「ギャッギャッギャッ!」
「クケケケケッ!」
という、ゴブリンたちの醜悪で不気味な笑い声だった。
ミーエルは心底不思議そうに呟いた。
「現世の方はなぜゴブリンを弱いと思っている方が多いんでしょうか……」
その疑問に、段野は手ぬぐいでじっとりと滲む冷や汗を拭いながら静かに答えた。
「……最近の創作ではゴブリンは油断できないと書いてるはずだが……。彼等は知らなかったようだな……」
「なるほど、お詳しいのですね」
ミーエルは平然とした顔で段野を見た。
「段野様、先に進みますか?」
「……そうしよう」
二人がさらに奥へ進むと、少し開けた場所に出た。
そこにはゴブリン数匹と、いままで倒してきたゴブリンとは明らかに違う、熊のように巨大な体躯を誇る上位種――ホブゴブリンが鎮座していた。
「あれがゴブリンの巣の主、ホブゴブリンです」
ホブゴブリンはこちらの気配に気づくと、濁った目を血走らせ、いきなり猛然と襲いかかってきて丸太のような棍棒を振り上げた。
ガイン!!!
凄まじい衝撃音が響く。
しかし、棍棒が届く直前、二人の周りに半透明の結界のようなものが現れ、その一撃を完璧に弾き返した。
「女神の眷属である私に攻撃してくるなんて……なかなか豪気なホブゴブリンですね」
ミーエルが張り付いたような笑顔を浮かべる。
結界の外では、ゴブリンも加わり怒り狂って執拗に攻撃を続けているが、1ミリもこちらには届かない。
ミーエルは眉を下げて困ったように段野に伝えた。
「本来は四名で挑んでいただく想定でしたが、今は他のお客様はおりません……。段野様一人でも倒すことは可能ですが、いかがいたしますか?」
段野は、目の前で荒れ狂う化け物を前に、膝がガタガタと激しく震えていた。
(シーフ1人でこの数は無茶だろ?!)
「こっ、今回は遠慮しておこう……」
「そうですか。では先に進みましょう」
ミーエルが淡々と歩き出すと、段野も結界の範囲から出ないようにすり足で後に続いた。
ホブゴブリン達はどれだけ攻撃しても傷一つつけられないことに業を煮やしたのか、やがて攻撃を諦め、こちらをずっと睨み続け、それ以上は追ってこなかった。
ホブゴブリン達の姿が見えない通路まで進んだ、その時だった。
歩きながら、ミーエルがすっと右手を後ろに回し、ホブゴブリンのいる方向に向けてパチン、と指を一つ鳴らした。
その直後だった。
二人の背後から、突如として。
「グギャァァァーーー!!!」
という、先ほどのホブゴブリンの引き裂かれるような悲鳴が響き渡った。
続いて、グチャリ……!!と何かが派手に押し潰されるおぞましい音が、廃坑の奥から不気味に反響して聞こえてきた。
(……ひっ!?)
段野は心の中で悲鳴をあげたが、決して後ろを振り返らなかった。
前だけを見て、ミーエルの真後ろを必死に歩き続けた。
やがて二人は、廃坑の最奥へと辿り着いた。
周囲の岩壁には、怪しくも美しい赤い鉱石が群生しており、幻想的な光を放っている。
「これにて今回のツアーは終了です! いかがでしたか、段野様?」
段野は震える膝を必死に押さえ、フッと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ふっ……俺にかかれば、楽勝だったな……!」
虚勢を張りながら段野は答えた。
「ガイドさん。何か持って帰っていいものはあるか?」
「そうですね……こちらの鉱石をお持ち帰りください。現世ではあまり価値はないかもしれませんが」
ミーエルは落ちている鉱石を指差した。
「いただこう」
段野が転がる赤い鉱石を拾ってポケットにしまうと、ミーエルが段野に深々と一礼した。
「それではお時間です。段野様、またのご利用をお待ちしております」
光の粒子が舞い、段野の身体が現世へと消えていった。
静まり返った廃坑の最奥。
ミーエルは手帳を開くと、大学生3人の名前に迷いなく黒いバツ印を3つ書き込んだ。
そして段野の名前の場所には、2つ目のマル印をそっと書き加える。
手帳を閉じ、ミーエルはカメラに向かってくるりと向き直り、眩しい笑顔を浮かべた。
「いかがでしたでしょうか、冒険者の登竜門!ゴブリンの巣攻略。
本来であればホブゴブリンと白熱のバトルが体験できますよ!
もちろん、それまで私の案内に従って頂ければですが――。
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております!」




