第8話 カップル限定プラン!豪華異世界クルージング
「深雪、今度1週間ぐらい休んで旅行でも行かないか?」
「一歩、どうしたの急に笑?」
「ちょうど付き合って3年になるし、記念にと思ってさ。旅行サイト見てたらいいのがあってさ――」
一歩がスマホを見せた。
画面の向こうに、笑顔のミーエルが映し出されている。
「本日のツアーはこちらになります!」
【ツアー名】カップル限定プラン!豪華異世界クルージング
【お客様】一歩様(25歳)・深雪様(23歳)
【付与能力】海竜の加護(船を守護)
【ご要望】豪華な船旅で記念日を忘れられないものにしたい
【旅行日程】
1日目:キーンダ港を出発
2〜6日目:優雅な船旅をお楽しみ下さい(※天候が荒れることがあります)
7日目:カイエン港到着 アザールから現世へ、現世解散
「それでは、良い旅を!」
【1日目】
光が収まると、そこは活気溢れる美しい『キーンダ港』、2人は目の前に停泊する白亜の豪華な帆船を見上げた。
「わぁ、これが私達の乗る船なの?!」
「すごいな!申し込んで正解だったな深雪!」
感動する2人にミーエルが声をかける。
「一歩様、深雪様、この度はアザール観光をご利用いただきありがとうございます。お二人の船旅が安全に終えられるよう、船に『海竜の加護』を付与しております。ですが、注意事項にも記載していますが海の上は何が起こるかわかりませんので十分お気をつけください」
「わかってますよ」
一歩が頼もしく頷くと、深雪がその腕を引っ張った。
「一歩!早く乗ろう!」
笑顔の二人を乗せて、巨大な帆船はゆっくりと出港していった。
夕食として海鮮を中心とした豪華なコースが出され、二人は満足しながら眠りについた。
【2日目】
翌日、船旅の洗礼が二人を容赦なく襲った。
前日の夜、異世界の珍しい料理に浮かれて、食べ過ぎてしまったのが災いした。
二人は激しい船酔いで動けなくなっていた。
「うぅ……気持ち悪い……」
「ミーエルさん……これ、回復魔法か何かでどうにかなんないの……?」
ミーエルはいつも通りの爽やかな笑みを浮かべ、二枚のエチケット袋をそっと手渡した。
「船酔いは船旅ではよくあることです。慣れるまで、こちらの特製エチケット袋で耐えてくださいね」
二人は丸一日を、ベッドの上で過ごす羽目になった。
【3日目】
さらに運が悪いことに、翌日は猛烈な嵐が船を襲った。
外は大時化で、窓の外は真っ黒な波が壁のように迫っている。
船体がメキメキと悲鳴をあげてきしみ、立っていられないほどの凄まじい横揺れの中、二人は完全にパニック寸前だった。
「ひぃぃ! 船が折れる! 沈むってこれ!!」
そんな中でも、ミーエルだけは姿勢を微動だにせずニコニコしていた。
「お客様、ご安心ください。この船には『海竜の加護』がありますので、どれほど嵐が荒れ狂おうとも、船体そのものが沈没することは絶対にございません」
「そ、そうなんだ……! よかったぁ……」
深雪が胸をなでおろした直後、ミーエルは言葉を続けた。
「ただ――この大波で海に投げ出されてしまったら、まず助かりません。嵐が収まるまで、絶対に外には出ないでくださいね?」
「外に出る前に、こんなに揺れてたら動けないよ!」
一歩は寝台の手摺にしがみつきながら必死に怒鳴った。
二人は強く抱き合いながら、ただただ嵐が過ぎ去るのを祈り続けた。
【4日目】
翌朝、目が覚めると、昨日の地獄のような嵐が嘘のような、どこまでも透き通った快晴が訪れていた。
船酔いもすっかり治り、デッキへと飛び出した二人は、その絶景に言葉を失った。
「すごい……! 見渡す限りの青い海! 現世でも、こんなに広い空も綺麗な海も見たことない!」
「本当だな……。遮るものが何もない。ずっと見ていられるよ」
心地よい潮風を浴びながら、二人は並んで甲板の手摺に寄りかかり、穏やかな時間を過ごした。
隣に立つミーエルから「あちらに見えますのが、この海域にしか生息しない水棲馬です」などと異世界の生態系の解説を受けながら、イルカに似た美しい魔獣の群れが、虹色の水しぶきをあげて跳ねるのを眺める。
やがて訪れた夕暮れ。水平線にゆっくりと沈んでいく太陽が、異世界の海を茜色に染め上げていく。
夜には、天の川がそのまま降りてきたかのような満天の星空が広がり、波の音だけが静かに響いていた。
「一歩、この旅行……本当に来てよかったね」
「あぁ。最高の思い出だな」
二人はこれ以上ないほどロマンチックな雰囲気に包まれ、寄り添い合っていた。
【5日目】
しかし、その平穏は突如として破られた。
バタバタバタと、船員たちが血相を変えて甲板を走り回り、あちこちで緊迫した怒号が飛び交う。
異変を察した二人が部屋から甲板に出て、近くにいたミーエルに詰め寄った。
「ミーエルさん、何かあったの!? 」
「お客様! 今は大変危険ですので、すぐにお部屋にお戻りくださ――」
ミーエルが言い終えるより早く、船のすぐ脇の海面が跳ね上がった。
ザザーーーッ!!! という激しい水音と共に姿を現したのは、ビルほどもある漆黒の触手。
それが何本も、うねりながら空を覆う。
「きゃああああーーーっ! 」
「クラーケンです! ですがお二人共、ご安心ください!」
ミーエルの力強い言葉と同時に、船の直下の海中から、眩い青の光を放つ超巨大な影――この船を守る主、本物の『海竜』が姿を現した。
海竜は雄叫びをあげると、船に絡みつこうとしていたクラーケンの触手を、もの凄い力で次々と噛みちぎっていく。
海が黒い血で染まり、海竜はその巨体ごとクラーケンを締め上げ、深い深い海底へと一気に引きずり込んでいった。
二匹の大決戦を特等席で目撃した二人は、恐怖を忘れて大興奮した。
「す、すごすぎる……! ハリウッド映画のCG超えてるって!」
「あの海竜が船を守ってくれるなら、何が来ても大丈夫だね!」
興奮冷めやらぬ様子で笑い合う二人を見て、ミーエルは目を細めて微笑んだ。
「加護があってよかったです。予想外のハプニングでしたが、海竜が船を港まで守ってくれるので安心ですよ」
【6日目】
明日はついに最終日、帰還の日だ。
二人はあえて特別なことは何もせず、ただ並んで穏やかな海を眺めた。
贅沢な時間が静かに流れていく。
美味しい夕食を終えた後、二人は最後の夜風に当たろうと甲板に向かった。
すると、廊下の向こうから歩いてきたミーエルに声をかけられる。
「夜は手摺が滑りますので気を付けてください。誤って落ちたら取り返しがつかなくなりますので」
「はい、気をつけます」
二人は素直に頷いて、夜の甲板へと出た。
月明かりに照らされた静かな船尾。
穏やかな波の音だけが聞こえる。
「付き合って3年色々あったな……」
「そうだね。喧嘩したりもしたけど、一歩と一緒にいられて私は幸せだよ」
一歩は深雪の手を握り、ずっとポケットに忍ばせていた小さなリングケースを差し出した。
「深雪。現世に帰ったら、俺と結婚してほしい」
深雪の目からぽろぽろと嬉し涙が溢れる。
「……はい! 私、今すごく幸せ!」
二人は強く抱き合い、誓いのキスをした。
「驚きの連続だったけど、楽しい旅だったね」
深雪は夢見心地のまま、幸せの余韻に浸るように、後ろの手摺へと背中から体重を預けた。
「あ、危ないぞ」
一歩が気づいて声をかける。
「大丈夫だよ、こんなに穏やか――」
その瞬間、船底を大きな波が叩き、船体がドンと不規則に激しく揺れた。
夜露で濡れた手摺から、深雪の身体がいとも簡単に滑り、浮き上がる。
「え――」
一歩が手を伸ばしたが、二人の指先は空を切った。
ドッパァァン!
冷たい水しぶきと共に、深雪は一瞬で漆黒の夜の海へと吸い込まれていった。
「深雪ーーー!!」
一歩は狂ったように真っ暗な海を覗き込むが何も見えない。
騒ぎに駆けつけたミーエルに、一歩は胸ぐらをつかまんばかりに叫んだ。
「ミーエルさん! 船を止めてくれ! 救助ボートを!」
「一歩様、アザールの夜の海での捜索は二次災害の危険が高すぎます。規定により、船員を出すこともボートを下ろすこともできません」
「見殺しにしろって言うのかよ!?」
「……」
「海竜の加護はどうしたんだよ?!」
「海竜が守ってくれるのはあくまで船の安全です……」
「クソッ、なら俺が助けに行く!」
一歩は船員たちの静止を力ずくで振り切ると、デッキの小型ボートのロープをナタで叩き切った。
「おやめ下さい、一歩様!」
そして、自らボートごと夜の海へ飛び降りたのだ。
「深雪! 今行くぞ!!」
ランタンの光だけを頼りに、暗闇の中で狂ったように深雪の名前を叫びオールを漕ぐ一歩。
ボートの明かりはみるみるうちに小さくなり、ぽつんと浮かぶ心許ない小さな点となった。
そして――その小さな光の点の下から、信じられないほど巨大な怪物の影が這い上がってくるのが、船の上から見えた。
次の瞬間、ボートの明かりは水中に激しく引きずり込まれるようにして、フッと消えていった……。
後にはただ、冷たい波の音だけが響いていた。
【7日目(現世解散日)】
翌朝、豪華客船は予定通り、朝日に輝く『カイエン港』へと静かに接岸した。
海を見ながらミーエルは手帳を開き、一歩と深雪の名前にゆっくりとバツ印を二つ書き込んだ。
「あと数時間で港でしたのに……本当に、残念でなりません……」
ミーエルは静かに手帳を閉じる。
「……今回のような事故が起こると、本当に悲しいです……」
ぽつりと独り言を呟き、目を閉じた――
ゆっくりと目を開けた彼女の顔には、いつもの笑顔が張り付いていた。
「いかがでしたでしょうか、カップル限定プラン。当社の船旅は、『海竜の加護』により安全に目的の港まで行けますので新婚旅行にもおすすめです!
……今回も、一瞬の気の緩みさえなければ、一生忘れられない記念日になったはずなのですが……。
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」




