第6話 これであなたもお姫様!王城滞在プレミアムプラン
「いつもアザール観光をご利用いただき、誠にありがとうございます。
異世界でのアクティビティは、魔王討伐やダンジョン探検だけではございません。
普段とは違うプレミアムな体験ができる、女性のお客様に大変おすすめのプランがございます」
画面の向こうのミーエルは、まるで高級ホテルのコンシェルジュのような笑顔でパンフレットを差し出した。
【ツアー名】これであなたもお姫様!王城滞在プレミアムプラン
【お客様】幸子様 48歳・派遣社員
【付与能力】絶世の美女への変化
【ご要望】少女漫画で見るような、お姫様の生活を体験してみたい
【旅行日程】
1日目:異国の姫として王城へ 王城連泊
2日目:国賓扱いでお姫様体験 夜は豪華な舞踏会
3・4日目:終日お姫様体験(乗馬や観劇など)
5日目:アザールから現世へ、現世解散
「それでは皆様、どうぞ良い旅を!」
【1日目】
光が収まった先、王城へと向かう豪華な馬車の中。
幸子(48歳)は、震える手で手鏡をのぞき込んでいた。
「これが、私……? 嘘、信じられない……なんて素敵なのかしら!」
鏡に映し出されていたのは、くたびれた中年派遣社員の面影など微塵もない、透き通るような肌と輝く金髪を持つ絶世の美女だった。
「気に入っていただけて何よりです、幸子様」
対面に座るガイドのミーエルがにっこりと微笑む。
「幸子様にはこれから、異国の姫として『国賓扱い』で王城に滞在していただきます。先ほど車内でレクチャーいたしました最低限のマナーさえ守っていただければ、素晴らしい体験をお約束いたします。明日には舞踏会もございますよ」
王城に到着すると、ずらりと並んだ美しい騎士や従者たちが、深々と頭を下げて幸子を出迎えた。
国王との謁見を済ませると、その横にいる、まるで少女漫画から飛び出してきたかのように端正な顔立ちの王子様に幸子は目を奪われた。
案内された部屋は、シルクのカーテンと豪華な天蓋付きベッドが鎮座する最高級客室。
「明日からは、専属の侍女たちが幸子様のお世話をいたします。それでは、夢のような体験を心ゆくまでお愉しみくださいね」
ミーエルが静かに退室すると、幸子はドレスのままふかふかのベッドへダイブした。
「本当にお姫様になったのね、私……。せっかく高いお金を払って申し込んだんだもの、思いっきり楽しませてもらうわ!」
【2日目】
「おはようございます、幸子様」
朝、侍女たちの丁寧な挨拶で目を覚ます。
至れり尽くせりの支度を整えられ、豪華な朝食を済ませた後は、馬車に乗って王都の街を優雅に巡る。
「わぁ、綺麗なお姫様!お姫様ぁー!」
「うふふ」
窓から手を振る子どもたちに、幸子は慈愛に満ちた笑顔で振り返した。
そして夜――きらびやかな光が満ちる舞踏会。
「幸子様、私と踊っていただけますか?」
王子にダンスへと誘われ、耳元で「君の美しさは、この国のどの宝石よりも輝いている」と甘い言葉を囁かれ、幸子は完全に陶酔した。
【3日目】
「幸子、遊びに来たよ。綺麗な湖があるから一緒に行かないかい?」
王子が幸子のもとを訪れ、2人で乗馬や湖畔のピクニックを楽しんだ。
「幸子姫、ご夕飯の時間です。」
周囲の誰もが自分を「姫」と呼び、傅いてくる。
「あの方が噂の幸子姫か。なんと美しい……!」
チート能力で得た美貌のせいもあり、幸子は自分が本当に高貴な異国の姫であるかのような錯覚に陥り始めていた。
【4日目】
王子と観劇を楽しみ、食事をとりながら2人で談笑する。
「幸子はいつまで、ここにいられるんだい?」
「そうですね……。あとで従者に聞いてみますわ!」
その夜。
(うふふ、王子といると本当に楽しいわ。明日はどのドレスを着ようかしら……。でも、明日は確か……。まぁ大丈夫よね、私は姫なんですから!)
幸子が眠りにつくと、自分が「48歳・派遣社員」という記憶は、甘い夢の彼方へと消え去っていた。
【5日目(現世解散日)】
約束の朝、ミーエルが静かに部屋へと入ってきた。
「幸子様、お迎えに参りました。現世へお戻りになるお時間です」
美しいドレッサーの前で髪を梳かされていた幸子は、不機嫌そうに眉をひそめた。
「何を言っているの? 私はまだ、この国に滞在しますわ。王子との約束もありますの」
「かしこまりました。プランの延長(延泊)ですね。……それでは、こちらで手続きを済ませてしまいますね」
ミーエルが差し出したタブレットには、恐ろしい額の「延泊料金・オプション費用」が表示されていた。
しかし、お姫様気分の幸子は、その数字をろくに見もしないまま、現世から持ってきた財布をミーエルに投げつけた。
「フン、私にそんな下世話なものを見せないでちょうだい。適当にやっておきなさい」
「かしこまりました。それでは、こちらで手続きを済ませていただきますね」
ミーエルは落ちた財布を拾い上げ、にこやかにクレジットカードを端末にスライドさせた。
それからの幸子は、ブレーキが壊れたように暴走した。
王子との贅沢なデート、一着でボーナスが吹き飛ぶような豪華なドレスの購入。
ミーエルが「プランを延長されますか?」と尋ねるたびに、幸子は「当たり前よ。私は姫なのよ?」と傲慢に返し続けた。
――そして、数日後。
「幸子様。大変申し訳ございませんが……」
豪華な自室でくつろぐ幸子の前に、ミーエルが静かに現れた。
その手には、決済エラーの赤い画面が表示されたタブレットがある。
「お客様のクレジットカードがすべて限度額に達し、銀行口座の残高も、完全に底を突いたようです。これ以上のプラン延長はできかねます」
「な、何を言っているの!? 滞在費なら、私の国の父が出しているはずでしょう!?」
幸子はヒステリックに叫んだ。
ミーエルは笑顔を崩さず一礼をする。
「幸子様。この度はアザール観光をご利用いただき、誠にありがとうございました。またのご利用を心よりお待ちしております」
「ちょっと待って! 姫である私の言うことが聞けないの――!?」
幸子の身体が眩い光に包まれていく。
彼女が何かを必死に叫んでいるが、そのまま現世へと消えていった。
その直後、王子が部屋にやってきてミーエルに尋ねる。
「幸子はいないか?」
「ああ、王子様。幸子様は、ご自分のお国へお帰りになりましたよ」
「そうか……残念だ。彼女にはもう、二度と会えないのだろうか?」
ミーエルは案内旗を優しく回し、王子に向かって微笑んだ。
「それは……幸子様の、今後の『お財布事情』次第ですね」
ガタッ、と大きな音がして、幸子は目を開けた。
見回すと、そこはいつも通りの中途半端に散らかった、家賃6万円の賃貸アパートの一室だった。
「あ……あ、嘘、私は姫…姫なのよ……!」
幸子は洗面所の薄汚れた鏡の前へと走った。
鏡の中に映っていたのは――白髪の混じったボサボサの髪、深く刻まれたほうれい線、疲れ切った「48歳の派遣社員」の、自分の顔だった。
「ああ……あああ……」
幸子は鏡の前でへたり込み、放心状態となった。
彼女はまだ知らない。
この後、残高0円になった通帳と、来月一斉に押し寄せる恐ろしい額のクレジットカードの請求書が待っていることを……。
ただ、部屋の片隅には、アザールで買った豪華絢爛なドレスだけが、虚しく床に転がっていた。
部屋が暗闇に包まれると、ミーエルが幻影のように現れた。
彼女は手帳の「幸子様」の欄に、満足そうにマル印を書き込む。
「いかがでしたでしょうか、お姫様プレミアムプラン。幸子様にも、大変満足していただけたようで何よりです。
アザール観光では、過酷な冒険だけでなく、女性の夢を叶える体験プランも多数ご用意しております。
もちろん、当社は一切の責任を負いかねますが……。
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております!」




