第5話 ダンジョン初心者におすすめ!神秘の洞窟探検②
【3日目】
「皆様、おはようございます。これより『神秘の洞窟』の内部へと入ります」
洞窟の不気味な入り口を背に、ガイドのミーエルが説明をする。
「洞窟内は完全な暗闇ですが、私が歩いた場所がしばらく淡く光りますので、それを辿ってついて来てください。なお、洞窟内の魔獣は強い光に非常に敏感です。『懐中電灯やカメラのフラッシュは絶対に禁止』です。それでは、行きましょう」
一歩足を踏み入れると、そこは文字通りの一寸先も見えない闇だった。
「たくや……暗くて怖い……」
「大丈夫だって!俺がお前を守ってやるよ――」
一同はミーエルの足元が放つ、蛍のような頼りない光だけを頼りに、お互いの気配を感じ取りながら恐る恐る進んでいく。
しかし、その静寂を最悪の光が引き裂いた。
ピカッ! と、最後尾で目も眩むような強烈なLEDライトが照射されたのだ。
「お客様! 早く明かりを消してください!」
ミーエルの声が響くなか、スマホを掲げた優男はヘラヘラと笑いながら動画を撮り続けていた。
「いや、こんな暗くちゃ撮れ高が作れないでしょ。視聴者もさぁ――」
その時、天井にカサカサカサ、と無数の不気味な音が走った。
見上げれば、おびただしい数の「赤い小さな眼光」が闇の中でまたたいている。
それが一斉に、光の源である優男に向かって激しい雨のように降り注いだ。
「ぎゃああああああああーーーっ!?」
それはネズミほどの大きさの、鋭い牙を持つ肉食魔獣の群れだった。
優男の姿は瞬く間に黒い津波に飲み込まれ、血によりライトの光は赤黒く染まっていった。
「だから申し上げたのに……。さあ皆様、ゆっくりと進んでいきましょうね」
ミーエルはため息ひとつ吐かず、歩を進める。
残り6人。
道すがら、ミーエルは「こちらは古代人が女神を讃えるため手彫りで作った石像です」「ダンジョン内は魔獣が自然発生するんですよ」などと、普通の観光地と変わらないトーンで快調にガイドを続けた。
やがて一行は、壁一面の光苔が淡い緑色の光を放つ、少し開けた広場へと到着した。
「本日はここで野営します。この光苔の範囲内は安全ですのでゆっくりとお過ごしくださいね。ただし『光苔の光が届かない暗闇』には、絶対に近づかないように」
その夜。
全員がテントに入り静まり返った頃、チャラいカップルのテントでひそひそ声が交わされた。
「ねえ、起きて、たくや……」
「んぉ……どしたぁ?」
「……トイレ。ついてきて」
「そこら辺でしろよ、めんどくせえな」
「やだ、恥ずかしいもん! ちょっとだけでいいから、ね?」
「ちっ、しゃあねえな……」
2人はコソコソとテントを抜け出し、光苔の淡い光が届かない、暗闇の方へと歩いていってしまった。
【4日目】
「おや、お2人ほど姿が見えませんね? まあ、いいでしょう。さあ皆様、もう少しで目的地の『輝きの池』ですよ!」
ミーエルが明るく告げる中、眼鏡の男だけは生気のない顔でガタガタと震えていた。
彼は昨晩、見てしまったのだ。
カップルの2人が闇の境界線を越えた瞬間、まるで巨大な「口」のような闇に静かに呑み込まれて消えていくのを。
残り4人。
「この先が最深部『輝きの池』です。ここには『主』がいます。普段は大人しい性質ですが、急に動くと敵と見なされます。目の前に来ても『決して激しい動きはしないよう』にお願いいたしますね」
生き残った4人――老夫婦、小太りの中年男、そして眼鏡の男は、深く頷いた。
「さあ、こちらが輝きの池です!」
開けたドーム状の空間の真ん中に、自ら黄金の光を放つ、息をのむほど美しい池が広がっていた。
「綺麗ねえ、あなた」
「本当だなかあさん、見事なものだ」
「ふっ……これが、このダンジョンの宝ってわけか……」
「すごい……」
4人がその神秘的な光景に圧倒されていると、突然、池の水面が激しく揺れ動いた。
ザバーーッ!! と凄まじい水飛沫をあげて姿を現したのは、見上げるほど巨大な、青く輝く「水竜」だった。
「皆様、決して動かないでください!」
ミーエルの制止を守り、4人は彫像のように硬直した。
巨大な水竜は、値踏みするようにノソリと近づくと、一人一人の匂いを嗅ぎ始める。
お父さんは、震えながらも隣のお母さんの手をぎゅっと握りしめた。
お母さんはそんな夫の横顔を、おっとりと見つめる。
(うふふ、お父さんたら、格好つけちゃって。震えてるわよ)
一方、小太りの中年男は、文字通り頭から滝のような汗をびっしょりとかき、全身を生まれたての小鹿のようにガタガタと震わせていた。
(初心者ダンジョンでこれは、絶対に勝てない系のイベントボス……! 耐えろ、耐えるんだ俺の足……! )
そして、水竜の巨大な鼻先が、眼鏡の男の目の前に迫った。
(ガイドの言う通り、動かない。ガイドの言う通り、動かない……!)
眼鏡の男は必死に見ないように目をつぶっていたが、鼻の穴から吹き出される強烈な熱風と風圧に耐えかね、恐怖のあまり思わず目を開けてしまった。
最悪なことに、水竜のらんらんと輝く眼球と、バッチリ目が合ってしまう。
「わあ、わああああああああーーーーーっ!?」
狂乱した眼鏡の男は、忠告を完全に忘れて脱兎のごとく走り出した。
その「激しい動き」に、水竜が即座に反応する。
グルルッ! と喉を鳴らした水竜が大きな口を開けると、眼鏡の男の背中に向けて、超高熱の青白い炎を吹き付けた。
「ぎゃあああ――」
悲鳴は一瞬。
炎が通り過ぎた後には、風に吹かれてサラサラと崩れる「黒い炭の人形」だけが残されていた。
水竜は、再びのそりと池の底へと帰っていった。
「はい、皆様もう大丈夫ですよ! 現世解散までは自由時間となりますので、記念撮影や、池の水をお土産にお持ち帰りくださいね」
何事もなかったかのようにミーエルが、老夫婦に歩み寄った。
「当社のツアーはいかがでしたか、鬼塚様」
「いやー、主が出てきた時は流石に震えたよ!」
とお父さんが笑う。
「そうなのよ。この人、若い頃にワニに噛まれてから、爬虫類系がすっかり苦手でねえ」
数々の死線を越えてきた老夫婦は、笑いながら池の水を水筒に汲んでいる。
普通に異世界旅行を満喫したようだ。
「では、段野様はいかがでしたか?」
小太りの中年男――段野は膝をガクガクと鳴らしたまま、フッと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「……はっ、初めてのダンジョン探検だったが……俺にかかれば、楽勝だったな」
じっとりとした汗を拭いながら、段野は「ガイドの言うルールを絶対に守る」それが異世界旅行で一番大事だと学んだ。
「皆様、そろそろ解散のお時間です!次の旅も、ぜひアザール観光をご利用くださいませ」
3人は光に包まれ、現世へと帰って行った。
ミーエルは手帳にバツ印を7つ、マル印を3つつけると、パチンと手帳を閉じた。
そして、くるりとこちらを向くと笑顔を浮かべた。
「皆様、いかがだったでしょうか? アザール観光のダンジョンツアー。
今回はお客様が3人も現世に帰られました。
こちらの『神秘の洞窟』は、生存率が非常に高いので、初心者の方にも大変おすすめですよ!
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」




