第4話 ダンジョン初心者におすすめ!神秘の洞窟探検①
現世のとある街角にある、大手旅行会社のカウンター。
仲睦まじく手を繋いだ老夫婦が、パンフレットを片手に旅行の相談に訪れていた。
「本日はどのようなご旅行をお考えですか?」
カウンターの奥で、どこかで見覚えのあるにこやかな笑顔の女性店員が、綺麗に頭を下げた。
「いやね、まだお互い身体が動くうちに、久々にちょっとスリリングな旅がしたくてね」
「そうなのよ。若い頃に2人で行ったアマゾンとか、アフリカの大自然みたいな、本物の『冒険』がしたくて」
「素晴らしいですね! それでしたら……提携している会社のこちらの特別ツアーなど、お目の高いお客様にはぴったりかと思いますよ」
女性店員が差し出してきたのは、手書き風の奇妙なポップが躍るパンフレットだった。
【ツアー名】ダンジョン初心者におすすめ!神秘の洞窟探検
【お客様】定員10名(団体ツアー)
【付与能力】団体ツアーのため、個別チート能力の付与はございません
【ご要望】冒険者の入門ダンジョン『神秘の洞窟』の最深部まで安全にご案内
【旅行日程】
1日目:ダンジョン近くの街(宿屋)にて宿泊
2日目:神秘の洞窟まで徒歩にて移動、洞窟前にて野営
3日目:洞窟内を解説しながら探索、洞窟内にて野営
4日目:最深部『輝きの池』に到着後、アザールから現世へ、現世解散
「あら、洞窟探検なんて楽しそうねえ、お父さん」
「そうだな、かあさん。これにしようか」
「ありがとうございます。……それでは皆様、どうぞ良い旅を!」
【1日目】
光に包まれた先、異世界アザールの辺境にある「始まりの街」の広場には、現世から召喚された10人の男女が集まっていた。
メンバーは、あの仲睦まじい老夫婦。
「やばーい、マジで異世界じゃん!」とはしゃぐOL2人組。
「俺らならチートなくても余裕っしょ」とイチャつくチャラいカップル。
「はいどーもー! 今異世界にいまーす!」とスマホで自撮り配信を続ける優男。
「ふん!はっ!」タンクトップ一枚で筋肉を誇示するマッチョ。
「……暑いな」タオルで熱心に汗を拭っている小太りの中年男。
そして、周囲をキョロキョロと怯えたように見回す、大学生くらいの眼鏡の男。
「皆様、アザールへようこそ。ガイドのミーエルです」
お馴染みの案内旗を持ったミーエルが、いつもの笑顔で一同を迎え入れた。
「1日目の本日は、こちらの宿屋に宿泊となります。注意事項としましては、夜中にどなたかが窓をコンコンと叩いても、『決して』開けないようにお願いいたしますね。特に男性のお客様はご注意ください」
その夜。
一人の男性客の部屋の窓が叩かれた。
そこには羽根の生えた妖艶な美女が顔をのぞかせていた――。
【2日目】
翌朝。
宿屋のロビーにツアー客が集まる中、ミーエルがにこやかに点呼をとった。
「皆様、昨日はよく眠れましたか? それでは、神秘の洞窟へ向けて出発いたします」
その言葉に、眼鏡の男が不安そうに手を挙げた。
「あの……すみません、あのタンクトップの大きな人がまだ来ていないんですが……」
「そうですか……。当ツアーは時間厳守です。それでは皆様、行きましょう!」
ミーエルは全く気にする様子もなく、くるりと踵を返して歩き出した。
その頃、宿屋の2階の一室では――。
全身にキスマークがつき、カラカラに干からびたマッチョの遺体がベッドに横たわっていた。
残り9人。
道中、うっそうと茂る原生林の中を、一行は進んでいく。
「神秘の洞窟までは道が整備されていますが、周りの動植物には絶対に近づかないでくださいね。危険な場合がございますので」
ミーエルが注意を促すそばから、先頭を歩いていたOL二人組が歓声をあげた。
「かな! みてみて、あそこにすっごく大きな花が咲いてる!」
「本当だ! それに、なんだろう……不思議な香りがする――」
2人は引き寄せられるように、道から外れて大輪の花へと近づいていく。
「お客様、列から離れると危ないですよ!」
「ちょっと、写真撮るだけだから――」
ミーエルが2人に声をかけた、次の瞬間だった。
ガサリ、と草むらが揺れ、その美しい花の下から、軽自動車ほどもある巨大なカエルが飛び出してきた。
「きゃあ――!?」
短い悲鳴。巨大カエルは長い舌を伸ばすと、一瞬にしてOL2人組をまとめて口に放り込み、そのまま丸呑みにしてしまった。
お腹が二人の形に膨らみ、カエルは大きなゲップをすると土の中に潜っていった。
「あー……今のは、綺麗な花で獲物を誘い出す、魔獣フラワーフロッグですね。では皆様、先を急ぎましょう!」
ミーエルは何事もなかったかのように案内旗を振り、歩調を速めた。
「いやー、なかなかスリリングだなぁ、かあさん」
「本当ねえ、お父さん。アマゾンを思い出すわね」
何食わぬ顔で歩く老夫婦の後ろで、チャラいカップルも、自撮りスマホを落とした優男も、眼鏡の男も、ガタガタと震えながら必死にミーエルの後ろを追いかけた。
夕方、ようやく鬱蒼とした森を抜け、巨大な岩山の麓にある「神秘の洞窟」の前に到着した。
「本日はこちらで野営いたします。各自でテントを建てていただきましたら、夕食をお配りいたしますね」
客たちがそれぞれ支給されたキャンプギアを開く。
他の若者たちが説明書を片手に四苦八苦する中、真っ先にテントを組み上げたのは、あの老夫婦だった。
眼鏡の男がたまらず老夫婦の元へと駆け寄った。
「あ、あの……! なんで、目の前で人が食べられたり、いなくなったりしてるのに、そんなに普通でいられるんですか……っ!?」
眼鏡の男の問いに、お父さんは優しく笑って答えた。
「いや何、若い頃から二人でいろんな未開の地へ行って、見たり経験したりしてきたからね。どんな場所でも、油断したらそりゃあ、即座に犯罪や事故に繋がるからな」
「そうそう」とお母さんも微笑みながらスープの準備をする。
「自分のよく分からない土地で旅行をする時は、『現地のガイドさんの言うことをちゃんと聞く』。これが一番の鉄則よ!」
「ガイドの言うことを、ちゃんと聞く……」
眼鏡の男が心に刻むように呟いた。
その横で、設営を終えてタオルで汗を拭っていた小太りの男が「うん、うん」と何度も大きく頷いていた。
洞窟の前では優男が動画を撮っている。
「視聴者のみんな、明日はいよいよ洞窟探検だ!今回の旅は一筋縄にはいかなさそうだぜ――。それじゃあ次の配信もよろしく!」
夕闇が迫る中、不気味に口を開ける神秘の洞窟――生き残った者たちの夜が更けていく――。
残り7人。




