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第19話 お試し価格で実施中!悪役令嬢プラン

「いつもアザール観光をご利用いただき、誠にありがとうございます。

現在、アザール観光では皆様からのご要望が多い『悪役令嬢プラン』の正式リリースに向けて、様々な試行錯誤を繰り返しております。

しかしながら……お客様に心から満足いただける結果が出ておりません……。

それでは、実際のサンプルをいくつかご覧ください」


【ツアー名】お試し価格で実施中!悪役令嬢プラン

【旅程】最長7日間(プラン内容により変動)


サンプル①

【お客様】木乃実このみ様 19歳・専門学生

【付与能力】憑依(令嬢サラ)

【ご要望】悪役令嬢に転生して、生意気なヒロインから許嫁を寝取り返したい!


「今回、木乃実様には、貴族の令嬢であるサラさんに憑依していただいております。サラさんは王国の学園に在籍されており、現在の状況としては、許嫁である侯爵令息のロッドさんが、ご学友で平民のシェーシェルさんにご熱心のようです。」


「わかったわ。悪役令嬢の特権をフルに使って、私がロッドから泥棒猫を引き離してみせる!」


木乃実は鼻息を荒くして意気込むと、さっそく舞台となる学園へと向かった。

王国の学園では15歳から18歳までの貴族や平民が、魔法・剣術・教養を学んでいる。

貴族は正しい振る舞いを身につけるため、平民は稀有な才能を埋もれさせないため、身分に関わらず通う場所だった。


木乃実はサラの身体が記憶している感覚に身を任せ、ロッドがいるという中庭へ向かった。

見つけると、ロッドは例の平民女子シェーシェルと、何やら楽しげにお喋りしている。


(……あれ?)


2人の姿を視界に捉えた瞬間、木乃実の脳裏に疑問符が浮かんだ。


(なんか……2人とも、ものすごく普通すぎる。ロッドって男も、別にそんなに格好よくも悪くもないし、ヒロインの子も、取り立てて可愛すぎるわけでもないような……?)


そんな木乃実の戸惑いを余所に、サラの身体は自然と言葉を紡ぎ出した。


「あら? ロッドさん。また、そんな身分の低い平民とおしゃべりしてらっしゃるのね」


(おっ! すごい、このサラ、めちゃくちゃ悪役令嬢っぽい喋り方だわ!)


木乃実は心の中で少しテンションを上げた。


「何だよサラ……。わざわざ人の邪魔をしに来たのかよ」


ロッドが露骨に嫌そうな顔をする。

サラの身体はフンと鼻で笑って見せた。


「たまたま、目に留まっただけですわ。それに、わたくし、お二人がどれほど仲良くしていても、さほど気にしてませんもの」


(んん!? 待って、今のこのサラの本音だわ……! 許嫁が平民の女の子に取られそうになってるんだから、もっと嫉妬に狂ったり焦ったりしなさいよ!)


木乃実がサラの精神の奥底を覗くと、サラ自身は「ロッドみたいな凡庸な男、あの平民にくれてやっても実家の格は落ちないし、むしろ婚約破棄の慰謝料をむしり取れるから好都合」と、極めて冷静な計算をしていた。


木乃実は改めてロッドとシェーシェルを見た。


(うーん、やっぱ2人とも地味というか、普通だわ……。もっと超絶イケメンだったら私もガッツリ寝取り返しに行くけど……。なんか、そこまでして奪い返す熱意というか、感情が動かされないわ……)


「これから、友人たちとお茶会がございますので、ごめんあそばせ」


木乃実は優雅に手を振りながら2人のもとを離れた。


それからツアーの3日間、木乃実はロッドたちに嫌がらせをするでもなく、ただただ令嬢の暮らしと美味しいスイーツを満喫した。


現世への帰還の日。


「いかがだったでしょうか? お試し悪役令嬢プランは……?」


ミーエルが少し不安そうに尋ねる。


「うーん、ロッドが普通すぎて、モチベーションが上がらなかったわ。それと、このサラちゃんの考えも頭に流れ込んでくるから、無理にくっつかなくてもいっか、ってなっちゃって」


「そうですか……。ご要望に添えず、誠に申し訳ございません」


「まぁ、令嬢のきらびやかな暮らしが体験できたからいいや。サラちゃん自体はなかなかの高飛車な性格だったから、悪役令嬢の気分だけは味わえたわ!」


木乃実は満足げに微笑むと、光に包まれて現世へと帰っていった。


サンプル②

【お客様】成恵なるえ様 32歳・弁護士

【付与能力】ドッペルゲンガー

【ご要望】悪役令嬢になって、理不尽な破滅フラグをへし折りたい!


王国の地下深くにある冷たい牢獄。

一人の令嬢が、3日後に控えた国家裁判を前に幽閉されていた。


「今回、成恵様には能力でこちらのカナリアさんに成り代わっていただきます。カナリアさんは、実家の領地での数々の横領の罪により、3日後に裁判が行われる予定です。」


「ふっ、現世で数々の逆転無罪を勝ち取ってきた、弁護士の私に任せなさい! 私があなたの理不尽な破滅フラグを、法律の力で綺麗にへし折ってあげるわ!」


成恵はスーツの襟を正すように、ドンと胸を叩いた。


「わざわざ私を助けたいなんて、物好きな人間もいたものね……。まぁ無理だと思うけれど、あなたと入れ替わっている間、私はこの窮屈な牢獄を出て最後の3日間を楽しませてもらうわ」


本物のカナリアが自嘲気味に笑う。

成恵がアザール観光から付与されたドッペルゲンガーの能力を意識すると、彼女の身体はみるみるうちに、カナリアと寸分違わぬ姿へと変化した。


「それでは成恵様。こちらに罪状を記載した書類と、この王国の法律が網羅された資料を置いておきます。それでは、失礼いたします」


ミーエルは一礼すると、本物のカナリアを連れて消え去っていった。


「さて……。まずは現状の正確な把握ね!」


成恵は鉄格子の隙間から差し込む僅かな光を頼りに、罪状を確認する。


「えーっと……領民からの税を少なく国に申告し、差額を横領。それにより私腹を肥やした上での度重なる贅沢、散財。さらに、国庫の管理を受け持つ役人を誘惑し、肉体関係を盾に国庫からも巨額の金を引っ張っている……。うわ、証拠の裏付けも完璧にされてるじゃないのこれ……!」


冤罪どころか、本物のクロである。


「かなり……いえ、絶望的に難しい案件ね。でも、どんな完璧な訴状にも必ず『穴』はあるはずよ!」


成恵はそこからの3日間、寝る間も惜しんで王国の法律書を読み漁り、罪状の文言や手続きの不備に穴がないか、徹底的にロジックを組み立て、有罪回避のストーリーを作りあげた。


そして、裁判当日。

王宮の厳粛な法廷に立たされた成恵は、不敵な笑みを浮かべていた。


(よし! 証拠の無効性と、役人側の強要罪を主張するルートは完成したわ。どっからでもかかってらっしゃい!)


意気込む成恵に対し、冷徹な目を向けた裁判官が厳かに告げた。


「これから、罪人カナリアの国家横領罪についての裁判を行う。……神官よ、被告人に『真実の魔法』をかけよ」


(えっ!? 何それ、そんなの法律書に書いてなかったわよ!?)


成恵が驚愕する間もなく、高位の神官が杖を掲げると、聖なる光が成恵の全身を縛り付けた。

それは、術中の問いに対して一切の嘘・偽りを告げることができなくなる魔法だった。


「それでは罪状を読み上げる。被告人カナリア、貴様は領民の税を騙し取り、国庫の役人をたぶらかし、金を盗んだ。……以上で間違いはないか? 答えるがよい」


成恵は「異議あり! その証拠は不当な――」と口にしようとした。

しかし、魔法の強制力が、成恵の意思を握りつぶし、その口から全く別の言葉を吐き出させた。


「……はい、すべて真実でございます……。私がやりました……」


成恵の心の叫びは法廷に届かず、魔法によって異議申し立てすら許されなかった。


「ふむ。本人が全罪状を認めた。それでは、カナリアは即座に全ての爵位・領地を剥奪し、国外追放処分とする! これにて閉廷!」


ガァン、と木槌が鳴り響き、裁判はわずか数分であっけなく終了してしまった。


再び、王国の牢獄。

放心状態の成恵の前に、ミーエルと本物のカナリアが姿を現した。


「成恵様、裁判はいかがだったでしょうか?」


「まさか……魔法で強制的に真実しか言えなくなるなんて、完全に想定外だったわ……。ごめんなさいカナリア、あなたの破滅フラグ、折れなかった……」


頭を抱える成恵に対し、カナリアはどこかすがすがしい、少し寂しげな笑顔を向けた。


「ふふ、謝らないでいいわよ。お陰で私は、王国での最後の3日間を過ごせたんだもの。追放先でも、なんとか生きていくわ」


カナリアは微笑んで自ら牢へと戻っていった。

成恵もドッペルゲンガーの能力が解け、元の姿へと戻る。


「……ツアーとしては、いかがだったでしょうか?」


ミーエルが恐る恐る尋ねる。


「この国、裁判まで行っちゃったら、あのチート魔法があるから弁護の余地が一切ないわね……。逆転なんて無理よ。捕まる前の、もっと手前の段階から介入しないと破滅は防げないわ……」


「そうですか……。この度はご要望に添えず、誠に申し訳ございません」


ミーエルが深く一礼すると、成恵は光に包まれ、悔しそうな表情のまま消え去っていった。


サンプル③

【お客様】理沙りさ様 22歳・家事手伝い

【付与能力】食材鑑定

【ご要望】悪役令嬢になって、婚約破棄された先のド辺境の村で、お洒落なカフェを開いてスローライフを送りたい!


理沙が案内されたのは、王国の最果てにある寂れた辺境の村だった。


「理沙様、今回はこちらの村に滞在していただきます。こちらの民家でお過ごしくださいね。村の皆様には、理沙様は『重大な理由があって国を追放された元貴族の令嬢』だと、事前にお伝えしてありますので」


「わかりました! 現世でもお菓子作りや料理は得意なので、ここで頑張って素敵なカフェを開いてみせます!」


ミーエルが笑顔で一礼して消え去ると、理沙はさっそく、村に一軒だけある薄暗い雑貨屋へと足を運んだ。

店内には、この土地で採れたという、見たこともない奇妙な形の野菜や果物が並んでいる。


(すごい! 付与してもらった能力のお陰で、この世界の食材の成分や一番美味しい調理法が、頭の中に直接流れ込んでくる! これなら絶対に美味しいものが作れるわ!)


理沙が目を輝かせていると、カウンターの奥から、髭面の頑固そうな雑貨屋の亭主が、ひどく訝しげな表情で理沙を睨みつけてきた。


「おい、あんた……国で何か大層な悪事をやらかして、この最果ての村に来たんだってな……。こんな何もない村で、これから一体どうするつもりなんだ?」


(きたわね、これよこれ!)


理沙は悪役令嬢特有の「最初は周囲から冷遇されるイベント」の発生に、心の中で小さくガッツポーズをした。


「はい……。わたくし、もともと料理には少々自信がございます。ですので、皆様が集まれるような小さなカフェを開いて過ごそうと思っています。」


「……ああん? この貧しい村で、カフェだぁ?」


亭主はフンと鼻で笑い、呆れたように首を振った。


(よし、予想通りの冷たい反応! ここから私の、どん底からの大逆転追放後スローライフが始まるのね!)


理沙は意気揚々と家に戻ると、まずは部屋の掃除をして客席を整え、流木を集めて可愛らしいカフェの看板を手作りした。


次の日。

鑑定能力を駆使してアザールの特殊な小麦や果実を調合し、焼き菓子と紅茶の仕込みを終えると、理沙はついにカフェをオープンした。


「よーし! 今日から辺境スローライフ、頑張るわよ!」


最初に入ってきた客は、意外にもあの雑貨屋の亭主だった。

理沙が焼き立ての甘いケーキと、香り高い紅茶を差し出すと、亭主は「ふん」と不満げに眉をひそめながらも、一口食べた瞬間に目を見開いた。

そして、一言も喋らないまま皿を平らげると、どこか満足そうな顔をして無言で出ていった。


それからというもの、亭主が村中に口コミを広げてくれたのか、毎日のように村の人々が物珍しそうに訪れた。

それから滞在期間の5日間、理沙は村の子供たちにお菓子を教え、大人たちの相談に乗り、完全に村人と打ち解けて、楽しい日々を過ごした。


現世への帰還の日。


「理沙様、辺境でのカフェ経営はいかがでしたでしょうか?」


「すっごく楽しかったです! 村の人たちもみんな本当に温かくて良い人ばかりで! ……でも、あの」


「でも?」


ミーエルが首を傾げる。理沙は少し困ったように眉を下げた。


「……『追放された悪役令嬢要素』を、あまり感じられなかったというか……。ただの地方移住体験だったような……」


「……あー、そうですよねぇ」


ミーエルは大変申し訳なさそうに一礼し、理沙は光に包まれて現世へと消えていった。


理沙が消え去った、誰もいないカフェの扉がガラガラと開き、雑貨屋の亭主が入ってきた。


「おい、理沙! 今日のケーキは……って、あれ? 理沙はどこへ行ったんだ?」


「……理沙様は、国での容疑が冤罪であったことが証明されまして、先ほど王都へと帰られました」


「そうか……! よかった、あんなに優しくて料理の美味い子が、国を追放されるような悪い事をするはずがねえもんな」


亭主は嬉しそうに笑うと、少し寂しそうにカフェをあとにした。


ツアーを終えたミーエルは、ネリアのいる部屋へと戻ってきた。

室内では、ネリアが相変わらず不機嫌そうな顔で、液晶画面を睨みつけながら激しくキーボードを叩いている。


「いかがでしたでしょうか、お試し『悪役令嬢プラン』は……? そうですよね……理沙様が仰ったように、アザール観光としても圧倒的に『悪役令嬢としての要素やカタルシス』が足りていないことは、重々自覚しているのですが……」


「あぁーーーーもう!!!!! 最初から私は言ってるでしょうが!!! 時間が足りないって!!!」


ネリアが頭をガシガシと掻きむしりながら絶叫した。


「『寝取り返し』も『断罪の回避』も『追放先でのスローライフ』もね! そんな劇的な状況に置かれてるちょうどいい条件の令嬢なんて、都合よく転がってるわけないでしょうが! そもそも、高い延泊料金を払ってもらわない限り、うちのツアーは最長で7日間なのよ!? そのわずかな期間の中で、ドロドロした貴族社会の因縁や、破滅を回避するためのロジックを積み上げるだけの滞在期間が、圧倒的に足りないのよ!!」


ネリアはエンターキーを激しく連打し、そのまま叫びを続けた。


「だいたい、何が『悪役令嬢』よ!普通に令嬢暮らししたり、カフェ開いてスローライフ送るだけなら、悪役令嬢じゃなくてもいいじゃないのよぉおおお!!」


ネリアは「わーん!」と子供のように泣き叫びながら、デスクに突っ伏してしまった。


ミーエルは冷ややかな目でチラリとネリアを見やったあと、手帳に3つのサンカク印をつけると、スッとこちらを向きいつもの笑顔を浮かべた。


「……というような状況ですので、誠に申し訳ありませんが、こちらの『悪役令嬢プラン』のお申し込みは、当分の間、休止とさせていただきます。

もし、現世の皆様の中で『この能力とこのシチュエーションなら、7日間でも完璧な悪役令嬢ライフを送れる!』という画期的なご意見やアイデアがございましたら、ぜひアザール観光までお寄せください。

それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」

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