第18話 伝説の魔獣を従えて!のんびり放浪旅
「いつもアザール観光をご利用いただき誠にありがとうございます。異世界アザールには様々な生き物がいます。森などに住む凶暴な魔獣や、ダンジョンで自然発生する不気味な魔物、あるいは古の魔法によって人工的に作られた奇妙な生き物も存在しますよ。
今回のツアーでは、最近になってようやくその存在が証明された『伝説の魔獣』が登場いたします!」
【ツアー名】伝説の魔獣を従えて!のんびり放浪旅
【お客様】海斗様 18歳・大学生
【付与能力】テイム(1匹のみ)
【ご要望】フェンリルとか伝説の生き物と旅がしたい!
【旅行日程】
1〜3日目:野営しながら異世界を放浪
4日目:アザールから現世へ帰還、現世解散
「それでは、良い旅を!」
【1日目】
「ミーエルさん、まだ歩くの……?」
異世界アザールに降り立ってからというもの、海斗は鬱蒼と生い茂る薄暗い森の中をひたすら歩かされていた。
「もう少しで、海斗様がテイムする予定の魔獣が住む場所に到着いたします! 頑張ってくださいね」
案内人のミーエルは、いつもの笑顔で海斗を促す。
しかし、森の奥からは時折、聞いたこともない不気味な鳴き声が聞こえ、道とも言えない獣道は足を取られて歩きづらい。
現世では普通の大学生である海斗は、ミーエルの歩調について行くだけで既に息が上がっていた。
さらにしばらく歩くと、突如として目の前が開け、色鮮やかな花々が咲き誇る美しい花畑が現れた。
その場所で、1匹の小さな虫がのんびりと飛んでいるのが見えた。
「いましたよ! あれこそが、伝説の魔獣『ゼバブベル』です!」
ミーエルが指差した虫はブーンと大きな羽音を立ててこちらへ飛んでくると、海斗の肩へ、ちょこんととまった。
海斗は肩をすくめ、顔をしかめてその虫を凝視した。
「……ねぇ、ミーエルさん。これ、どう見てもただの『蠅』じゃない?」
それは、海斗の親指ほどの大きさをした、少し大ぶりのよくいる蠅にしか見えなかった。
「いいえ! 伝説の魔獣ゼバブベルです! 最近まで古い文献に目撃情報が残るのみだったのですが、やっと生息地であるこの花畑で発見したんですよ」
ゼバブベルは海斗の周りを、ブーンと羽音を立てながら旋回し始める。
「見てください、ゼバブベルがあまりにも強大すぎるため、この周囲には他の魔獣の気配が一切ないはずです」
確かに周囲は平和そのものだった。
フェンリルやドラゴンを期待していた海斗は、すっかり肩透かしを食らった気分だった。
「やっぱり、ただの蠅にしか――」
「さぁ、海斗様! さっそく付与された能力でテイムしてください!」
ミーエルに押し切られ、海斗はしぶしぶゼバブベルをテイムすることにした。
目を閉じ、頭の中に意識を集中して力を込める。すると、不思議なことにゼバブベルと、自分の魂のようなものがカチリと繋がる感覚があった。
ゼバブベルは海斗の肩にそっと戻ると、じっと前脚を擦り合わせ、まるで次の指示を待っているかのように静かになった。
「海斗様、やりましたね! これで、伝説の魔獣との放浪旅ができますよ。こちらに野営セットを置いておきますので、異世界の旅を存分に楽しんでくださいね。それでは、また明日様子を見に伺います」
ミーエルは一礼すると、空気のようにその場から消え去っていった。
「はぁ……。本当にこいつと旅して大丈夫なのか?」
海斗がポツリと呟くと、ゼバブベルはそれを聞いて怒ったように、海斗の顔の周りを激しく飛び回った。
「わ、悪かったって! ごめん、ごめん! お前を信じるよ!」
海斗が慌てて謝ると、蠅は満足したように再び肩へとまった。
「せっかくだから、お前に名前をつけよう! そうだな……ゼバブベルだから、『ベル』でどうだ?」
そう声をかけると、ベルは海斗の肩の上で、嬉しそうに何度も前脚を擦り合わせた。
海斗はベルを従え、ひとまずこの森を抜けるために歩き出した。
しばらく歩いているうちに、海斗はある異変に気づいた。
あれほど周囲から聞こえていた魔獣たちの鳴き声が、一切聞こえなくなっていたのだ。
最初はビクビクしながら歩いていた海斗だったが、いつの間にか恐怖心も消え去っていた。
夕暮れ時になり、海斗はテントを広げやすそうな開けた場所を見つけ、野営の準備を始めた。
「あー、疲れた。なぁベル。お前が何食べるかよくわかんないから、自分の分は自分で採ってきてよ」
海斗が何気なくそう言うと、ベルはブーンと羽音を残して、またたく間に森の奥へと飛んでいった。
しかし、海斗はすぐに後悔した。ベルがいなくなった途端、ここが獰猛な魔獣がウヨウヨいる危険な森だったということを思い出したのだ。
急に心細くなった海斗は、テントの中に潜り込み、小さくなってベルの帰りを待った。
しばらくすると、暗闇からブーンと羽音が近づいてきた。
「ベル! 待ってたよ!」
海斗がホッとしてテントから顔を出すと、ベルは自分よりも遥かに大きな、桃のような果実を抱えて戻ってきたところだった。
「へぇー、ベルは果物を食べるのか。なんだか可愛いところあるんだな」
海斗は微笑みながら果物を受け取った。
――だが、海斗は気づいていなかった。
ベルの透明な羽根に、べっとりと血が付着していることに。
そして、テントから少し離れた周辺に巨大な魔獣たちの死骸がいくつも転がっていることに――。
【2日目】
翌朝。
ミーエルが海斗の様子を見にやってくると、その場に固まり、驚愕の表情を浮かべた。
「ゼバブベル……増えてますね……」
海斗の周りを、昨日手なずけたはずのベルとは別に、もう1匹の同じ蠅が飛び回っていた。
「あ、ミーエルさん。そうなんですよ、朝起きたらなぜか増えてて……。ベルは言うことを聞いてくれるんですけど、もう一匹の方は僕の命令を聞いてくれないんですよね」
「……ゼバブベルに名前をつけられたのですか?」
「そうです!こっちのがベルです!」
それを聞いた瞬間、ミーエルは張り付いた笑顔を引きつらせ、無言で数歩、海斗から距離を置いた。
「あ、でもベルは果物が主食みたいですよ! 」
「……そうですか。ゼバブベルの生態は全く解明されておりませんので、貴重なデータとして助かります。それでは……また明日、様子を見に来ますね」
ミーエルはどこか引きつった声でそれだけ言うと、そそくさと光の中に消えていった。
海斗が再び歩き出すと、やがて鬱蒼とした森を抜け、目の前には心地よい風が吹き抜ける広大な平原が広がっていた。
一人と2匹は、のんびりと緑の絨毯の上を進んでいく。
ふと海斗が空を見上げると、はるか上空を、巨大な翼を広げた美しい竜が悠々と飛んでいるのが見えた。
「うわぁ、ドラゴンだ……。やっぱり、ああいう格好いいドラゴンとか、フェンリルみたいな伝説の生き物をテイムして一緒に旅したかったなぁ」
海斗が羨ましそうに呟いた言葉を、肩にとまったベルは、じっと前脚を擦り合わせながら聞いていた。
昼頃。
「よし、そろそろお昼ご飯にしようか。2匹とも、自分たちの分を採っておいで」
海斗が声をかけると、新しく増えたもう1匹は近くに咲く花の蜜を吸い始めたが、ベルはブーンと空の彼方へ飛んでいってしまった。
すると数分後、遠くで――ドォォォン!!!と、空間が震えるほどの凄まじい音と、生き物の絶叫のような咆哮が響き渡った。
しばらくするとベルが、自分の何倍もある肉の塊を抱えて帰ってきた。
「ん? 何だその肉。もしかして俺にくれるのか?」
ベルは海斗の目の前に肉の塊を置くと、嬉しそうに周囲を飛び回った。
「何の肉かわからないけど……ありがとう、ベル」
海斗は落ちていた枝を集めて焚き火を起こし、ベルからもらった肉を焼いて食べた。
口に入れると上質な脂がジュワリと広がり、現世の高級ステーキなど比較にならないほど美味しかった。
――海斗は知る由もない。
その肉が、さっきまで上空を飛んでいたドラゴンの肉ということを。
食事が終わり、再び平原を歩き出す。
「はぁ、はぁ……。しかし、異世界をただ歩くのって思ったより疲れるな。なぁベル、お前そんなに強いなら、俺の服でも掴んで抱えて飛べたりしない?」
ベルはすぐに海斗の首元にとまると、小さな細い脚で思い切り海斗の皮膚を引っ張り上げた。
「痛い痛い痛い!! めっちゃ痛い! ベル、やめて、ちぎれる!!」
「ブーン!」と焦ったようにベルが離れると、海斗の首元からは血が滲んでいた。
「あ痛た……。この感じだと、服を掴んでもらっても痛そうだな……。うん、空を飛ぶのは諦めよう」
ベルは申し訳なさそうに羽根を小さく伏せていた。
その日も、平原の真ん中で野営となった。
焚き火の明かりの中、ベルともう1匹は、どこからか採ってきた果実を並んで食べている(ように見える)。
「ベルは本当に伝説の魔獣なのかな……。肉は採ってきたけど、主食は果物と花の蜜だし。もう1匹も、俺に危害を加えるわけでもないしなぁ……」
2匹は、じっと海斗を見つめながら脚を擦り合わせている。
「うーん……やっぱり、どう見ても大きな蠅にしか見えない……」
海斗はそんな2匹を観察しながら、異世界の夜の静けさの中で深い眠りについた。
【3日目】
翌朝。
様子を見に来たミーエルは、昨日よりも明らかに海斗との距離をとっていた。
「海斗様!! なぜ、5匹に増えているのですか!?」
ミーエルが声を張り上げて尋ねる。
海斗が目を覚ますと、テントの周りを5匹のゼバブベルがブンブンと飛び交っていた。
「わかりませんよ! 起きたら勝手に増えてたんですから!」
「……とにかく! 明日は現世への帰還日ですので、それまでは大人しく過ごしてください! いいですか、そのゼバブベルたちに絶対に変な指示は出さないでくださいね! それでは!」
ミーエルは早口でそれだけ告げると、光の中に消えていった。
海斗は首を傾げながらも、再び放浪の旅を再開した。
しかし、周囲を5匹の親指大の蠅にブンブンと取り囲まれて歩く海斗の姿は、客観的に見ると「やたらと大きな蠅がたかっている不潔な人」にしか見えなかった。
しばらく歩くと、巨大な石造りの城壁に囲まれた立派な街が見えてきた。
入口には槍を持った強そうな門番が立っている。
怪しまれて止められるかと思った海斗だったが、門番たちは海斗の姿を見るなり、ガタガタと歯を鳴らして震え出し、絶対にこちらを見ないように目を逸らした。
「あちゃあ……やっぱり、蠅がたかってるから、かかわりたくないんだろうな……」
海斗は苦笑いしながらその横を通り、街へと入った。
中に入ると、行き交う街の人々も足を止め、ひそひそと怯えたように話し始める。
すると突然、前方から、重厚な鎧や仕立ての良いローブに身を包んだ、明らかに屈強な男たちが十数名、海斗を取り囲んだ。
ある者は悲壮な決意を秘めた顔で剣を向け、ある者は震える手で呪文の杖を構えている。
彼らはまるで、魔王でも見るかのような恐ろしい眼差しで海斗を睨みつけていた。
男たちの中から、ひときわ体格の良い、ギルドの長らしき大柄な男が前に出た。
「私はこの街の冒険者ギルドを預かる者だ。……貴公、何の目的でこの街へ来た」
「え? あ、いや……放浪の旅をしてまして、たまたまこの街を見つけたので、ちょっと寄っただけなんですが……」
海斗が愛想笑いを浮かべながら答えると、ギルド長は海斗の周囲を舞う5匹のゼバブベルをチラリと見て、大きく身震いした。
「そうか……。申し訳ないが、こちらに危害を加える気がないのであれば、早々にこの街を出ていってくれないか……?」
「えっ」
「その……その恐ろしい魔獣が万が一にでも暴れだしたら、我々はおろか、この国の大軍を以てしても止められんのだ……! 頼む! 何もせず、どうか慈悲を持って出ていってくれ!!」
ギルド長は、プライドも何もかも投げ捨てた様子で、深く頭を下げて懇願した。
「あ、は、はい……わかりました。じゃあ、出ます。ベルたち、行こう……」
海斗ががっくりと肩を落としながら街の外へと歩き出すと、背後からはギルドの冒険者たちが「助かった……」と腰を抜かして安堵する声が聞こえてきた。
街から十分に離れた場所で、海斗は再び寂しく野営の準備をした。
「あーあ、久しぶりにフカフカのベッドで寝られると思ったのになぁ。こいつら、こんなに大人しいんだから、一晩くらい泊めてくれたっていいじゃないか……」
海斗は肩に乗るベルにそう愚痴をこぼしながら、一人で寂しく夕食を済ませた。
すると、いつの間にかベル以外の4匹の蠅が、ブーンと夜空のどこかへ飛んでいっていた。
海斗は、支給された毛布に包まり、そのまま眠りについた。
――その深夜。
海斗たちが昼間に追い出された街の方角の空が、夜空を真っ赤に染め上げるほどの凄まじい爆炎が上がっているのを、海斗は露ほども知らなかった。
【4日目】
翌朝。
ついに海斗が現世へ帰還する日がやってきた。
テントの外に出ると、ゼバブベルはいつの間にか「10匹」にまで増殖していた。
迎えにきたミーエルは、はるか彼方、小さくしか見えない距離から、必死に叫んでいた。
『海斗様ーー!! 一刻も早く現世へお帰りくださいーー!!』
風に乗ってかすかに聞こえる声に、海斗は不思議そうに首を傾げた。
「なんかミーエルさんが言ってるな……。まぁいいや。ベルたち、色々とありがとうね。お前たちのお陰で、憧れてた異世界の旅ができたよ。ちょっと僕の思ってたフェンリルとかとは違ったけど……楽しかったよ」
海斗が手のひらを差し出すと、ベルはその上で、寂しそうに細い羽根をペタンと下げた。
他の9匹のゼバブベルたちも、海斗の周囲を厳かに旋回している。
ミーエルはその様子を、はるか遠くから冷や汗を流しながら見守っていた。
「じゃあな、ベル! こっちの世界で元気で暮らせよ!」
海斗が笑顔で手を振ると、彼の身体は眩い光の粒子に包まれ、現世へと帰還していった。
海斗が消えたのを見届けると、残された9匹のゼバブベルたちは一斉に別の方角へと飛んでいった。
ベルは名残惜しそうに、海斗が今までいた場所を何度も旋回したあと、どこかへと去っていった。
ゼバブベルの群れが完全に去ったのを確認し、ミーエルは「ふぅ……」と深い息を吐き出した。
そして、手で手帳を取り出すと、『海斗』の名前の横に、マル印を書き込んだ。
「まさか、10匹にまで増えるとは思いませんでした……。流石にあれだけの数のゼバブベルを相手にするとなると、こちらの相当の被害を想定して対応しなければいけませんでした……」
ミーエルはもう一度深く息を吐き、いつもの笑顔へと瞬時に切り替え、こちらに向かって深く一礼した。
「それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」
「ミーエル! ちょっと待ちなさい!!」
その時、空間が激しく割れネリアが、顔を真っ青にして飛び出してきた。
「どうしたんですかネリアさん?」
ネリアがミーエルの耳元で震えながら囁いた。
「えっ?!こちらが付与した能力じゃなくて、本当にテイムしてたんですか!?」
ミーエルの叫びが木霊した。
海斗は知らぬ間にアザールのパワーバランスを脅かす存在になっていた。




