第16話 ギャンブルで大儲け?!賭博街
「いつもアザール観光をご利用いただき、誠にありがとうございます。
現在、人間と魔族の間には不可侵条約が結ばれており、互いに干渉し合わないことで世界の平和が保たれています。ですが、例外的に人間と魔族が共に住む場所が、いくつか存在しています。
――今回の街は、お世辞にも安全とは言えませんが……。
本日のプランはこちらです!」
【ツアー名】 ギャンブルで大儲け?!賭博街
【お客様】翔様(30歳・自称パチプロ)
【付与能力】勝負師の耳飾り
【ご要望】ギャンブルで大勝負して、大金持ちになりたい!
【旅行日程】
1日目〜3日目:賭博の街『べガラス』にて終日自由行動
4日目:アザールから現世へ帰還、現世解散
「それでは、良い旅を!」
【1日目】
人間と魔族の勢力圏のちょうど境界に位置する、とある洞窟。
その暗い洞窟を抜けた先に、人間と魔族が昼夜の区別なく、欲望のままにギャンブルに興じる混沌たる賭博の街『べガラス』は存在していた。
色とりどりの怪しい光が輝くその街へ、自称パチプロの翔が降り立った。
「翔様、本当に手持ちの現金をすべて両替してよろしいのですか?」
受付でミーエルが確認すると、翔はニカッと笑って胸を張った。
「あぁ! 俺の全財産、50万円分すべてを金貨に両替だ! 帰る時には、ちゃんと現世の金に換金して戻してくれるんだろ?」
「はい。我が社の規定に基づき、手数料は頂きますが可能です」
「はっはっはっ! だったら問題ねぇ! 3日後には俺は大金持ちになってるから、楽しみに見てろよ!」
翔はジャラジャラと重たい音を立てる金貨の袋を受け取ると、意気揚々と歩き出した。その後ろ姿に、ミーエルが声をかける。
「翔様! 最初にお伝えした注意事項だけは、絶対に守ってくださいね! ここを支配しているのは『魔族』ですから!」
「へいへい、分かってるって!」
翔はヒラヒラと手を振りながら、欲望の渦巻く街の雑踏へと消えていった。
その様子を見送りながら、ミーエルは小さく呟く。
「……大丈夫ですかね、あの方」
――数時間後。
翔はまず、初心者向けらしきレートの低そうなカジノ店に入った。
薄暗い店内では、人間と怪しげな魔族たちがテーブルを囲み、カードゲームに興じている。
ポーカーに酷似したルールの説明をディーラーから簡単に聞き、翔は席についた。
アザールに着いた際に、ミーエルから手渡された耳飾りの能力を思い出す。
『今回お渡しした「勝負師の耳飾り」は、賭け時になると、翔様にしか聞こえない音を出して知らせてくれます。その音が鳴った瞬間に大きく賭ければ勝てます。この耳飾りは古のアイテムですので、現代のアザールで知っている者はほとんどいません。バレる心配はまずありません。ですが、あまり欲を出しすぎて相手に気づかれると、イカサマ扱いになりますのでお気をつけくださいね』
(ふん、まだ半信半疑だが、負けることはないだろ!)
しかし、ゲームが始まってしばらく経っても、耳飾りは沈黙したままだった。
翔は、自力の勘だけで勝負を続け、見る見るうちに負け込んでいく。
「はっはっはっ、運がねえな兄ちゃん! 降りるなら今のうちだぜ?」
対面の獣人の魔族が牙を剥いて嘲笑う。
「ちっ! いいから次だ、次!」
翔は額に汗を浮かべた。
(ヤバい……。もう軍資金がほとんどねぇぞ……。異世界に来て初日で一文無しかよ!?)
翔の脂汗が止まらなくなったその時――。
――チリーン……。
頭の中に、透き通るような美しい鈴の音が響いた。
(鳴った……! ここか!?)
翔はここぞとばかりに、残りの金貨を全てテーブルの端へ押し出した。
「おいおい、いいのかい兄ちゃん? 今までの様子だと、とても勝てそうにない手札だぜ?」
「うるせぇ、勝負だ!!」
カードがオープンされる。
結果は、僅差で翔の勝利だった。
「よし! これならいけそうだ!」
そこからは、まさに翔の独壇場だった。
耳飾りが鳴らない時はすぐに降りて損失を最小限に抑え、音が鳴った瞬間だけ大金を賭ける。
負けることもあったが、最終的に店を出る頃には、軍資金は元の2倍に膨れ上がっていた。
翔は店から紹介された安宿にチェックインした。
(今日は大勝利だな! この耳飾りさえあれば、ギャンブルなんてチョロいもんだ。よし……! 明日はもっとレートの高いところで一勝負だ!)
翔はギラギラとした欲望を抱きながら眠りについた。
【2日目】
翌日。
翔は街の中で一際巨大で、城のようにそびえ立つ店へと足を運んだ。
店内の中央には巨大な円形の「闘技場」があり、その周囲を取り囲むように、モグラのような奇妙な生き物のレースや、カードゲーム、さらには麻雀に酷似した卓が設置され、熱気に包まれている。
翔は近くにいた案内役の魔族に声をかけた。
「おい、この店で一番熱い、おすすめのギャンブルは何だ?」
「それなら、これから始まる『賭け試合』だな。人間と魔族があの闘技場でやり合うのさ。普通の人間じゃ勝負にならんが、中にはとんでもない強者も混じってるから、賭け金が大きく荒れることが多いぞ」
(よし、一発デカいのを当てるならそれだな)
しばらくすると、ドラの音と共に賭け試合が始まった。
最初の試合は、蝙蝠のような魔族と、見るからに安物の装備を身につけた人間の戦士だった。
当然、オッズの倍率も魔族側が圧倒的だった。
試合が始まると、結果は呆気なかった。
人間の戦士は魔族の爪によって一瞬で引き裂かれ、凄惨な肉塊となって終わった。
血飛沫が舞う凄惨な光景を見て、観客が狂ったように歓声を上げる。
(うわ……。賭けっていうより、ただの残酷ショーだな、こりゃ……)
胸糞悪くなった翔が席から離れようとした、その瞬間。
――チリーン、チリーン!!
昨日よりも激しく、耳飾りの鈴の音が脳内に鳴り響いた。
(おいおい、次が本命ってことか……!?)
次の試合のアナウンスが流れる。
現れたのは、如何にも強そうな、顔に6つの目が並ぶ大柄な魔族。
対するは、細い身体に端正な顔立ちをした、褐色の肌を持つ人間の剣士だった。
オッズのレートを見ると、先程の試合と同じくらい、魔族の勝利に圧倒的な倍率がかかっている。
つまり、その場の誰もが「褐色の剣士が負ける」と踏んでいるのだ。
(だが、耳飾りがこれだけ激しく鳴ったってことは……あの剣士に賭けろってことだな!)
翔は直感を信じ、膨れ上がった金貨の半分をその褐色の剣士の勝利へとつぎ込んだ。
試合開始の合図が響く。
巨漢の魔族が雄叫びを上げ、巨大なトゲ付きの棍棒をブンブンと振り回して襲いかかる。
しかし、褐色の剣士はそれを、ダンスでも踊るかのように華麗な身のこなしですべて回避し、すれ違いざまに鋭い剣筋で魔族の身体を正確に斬りつけていく。
焦った魔族が、全力を込めて上段から棍棒を叩きつけようと振りかぶった。
だが、その棍棒が振り下ろされるより早く、閃光が走る。
気づけば、魔族の両腕は肘の先から綺麗に斬り飛ばされ、地面に転がっていた。
「ぐああぁっ!? ま、参った! 降参だ!!」
魔族がドサリと膝をつき、勝負は決した。
割れんばかりの歓声と怒号が飛び交う中、褐色の剣士は血のついていない剣をサッと鞘に収め、涼しげに微笑んでいた。
(うお、一気に稼げたな……!けどこれは、 見てると心臓に悪いな……。次は別のゲームをやろう……)
翔は賭け試合のエリアを離れ、スロットやダイスなど、他のゲームを手広く渡り歩いた。
昨夜よりも遥かに高級な宿に泊まり、ベッドの上で軍資金を数えると、元手のさらに5倍にまで跳ね上がっていた。
(よしよし、めちゃくちゃ順調だ! ここで稼げるのも明日が最後。明日は文字通りの大勝負に出てやる!)
翔は両手を大の字に広げ、枕の横に金貨の入った袋を置いて眠りについた。
【3日目】
翔はこの街で最も豪華絢爛な店にいた。
客層も仕立てのいい服を着た人間や、見るからに高位の魔族たちが、優雅に酒を飲みながら遊んでいる。
翔はルーレットの卓に座り、耳飾りの音を頼りに勝負を制していた。
音が鳴らない時はちょこちょこ少額を賭けてカモフラージュし、脳内に鈴の音が響いた瞬間だけ、山のような金貨をピンポイントで大きく賭けて大勝ちする。
(ふふん、今のままでも現世に戻れば充分な額だが……せっかく異世界に来たんだ。8桁、いや9桁以上稼いで、遊んで暮らせる富豪になってやる!)
翔の脳内は、肥大化した欲望ですっかり麻痺していた。
店の端に金貨をうず高く積み上げている翔の様子を、冷たい目で見つめるカジノの支配人がいた。
その支配人の横に、不意に気配もなく男が現れた。
「やあ。何やらあそこの卓だけ、妙に盛り上がっているようだね」
「これは……ギルマ様ではないですか! ん? なぜ、そのような人間の姿に変装を?」
支配人が慌てて頭を下げて尋ねると、褐色の剣士――魔王軍四天王の一角であるギルマは、楽しげにフッと笑った。
「ちょっとね。昨日、闘技場で久しぶりに汗を流したくなってさ。それより、あの人間……実に妙な勝ち方をしている。それに、どうやらこっちの人間じゃなさそうだね……」
ギルマは目を細め、翔の左耳で微かに揺れる『耳飾り』を凝視した。
「ふうん……面白い。ちょっと私が、彼と遊んであげようかな」
ギルマが支配人に耳打ちすると、すぐにカジノの黒服の魔族が翔の元へと歩み寄った。
「お客様。お楽しみのところ恐れ入ります」
「あ? なっ、何だよ!?」
翔は内心、耳飾りのイカサマがバレたのかと一瞬心臓が跳ね上がった。
「いえ、あちらにいらっしゃるVIPのお客様が、ぜひお客様とサシで『超高レート』の特別ゲームをしたいと仰っているのですが、いかがでしょうか?」
黒服が指さした方向を見ると、そこには昨日、闘技場で圧倒的な強さを見せていたあの褐色の剣士が座っていた。
翔は「チッ、まぁ、まずは話だけ聞いてやるか」と、金貨の袋を抱えてギルマの座るテーブルへと向かった。
「やあ。随分と勝負の駆け引きが上手いようだね、お兄さん」
「まぁな……これでもプロで通してるんでね。あんた、昨日の闘技場で戦ってたろ?」
「おや、見ててくれたのかい? それなら話が早い。昨日のファイトマネーをもう少し増やしたくてね。ただ、私も明日には国へ帰らなきゃいけない。だから、短時間で決着がつく高レートの勝負がしたいんだよ」
(なるほど、俺と全く同じ状況ってわけか……!)
「レートは……これくらいでどうかな?」
ギルマが提示した金額は、これまでで一番の高レートだった。
(おいおい、マジかよ! でも、これに勝てば目標の億万長者だ!)
「いいぜ。で、どんなゲームをするんだ?」
「ルールはシンプルにいこう。お互いに山札からカードを1枚ずつ引いて、数字が大きい方が勝ち。賭け金を総取りだ。途中で降りたら半額支払い、倍がけ(ダブルダウン)もあり。どうだい?」
「乗った!」
勝負が始まった。翔は完全に調子に乗っていた。「勝負師の耳飾り」がある限り、自分が負けるはずがない。
耳飾りの指示に従って引く時は引き、音が鳴り響いた瞬間には倍がけを要求した。
ゲームは数回で決着がつき、翔の前のテーブルには、視界を遮るほどの金貨の山が築かれた。
「はっはっはっ! あんた、剣の腕は一流かもしれないが、ギャンブルの才能はまるでないようだな!」
「いや〜、まいったよ。本当に君には敵わないな。完敗だ」
ギルマは困ったように頭を掻いた。
「……ただ、ねぇ」
ギルマの目の奥から、すっと温度が消える。
「その『耳飾り』がなければ、どうなるかな?」
ギルマがそう呟いた、次の瞬間。
カシャリ、と肉が裂ける軽い音が響き、翔の左耳に強烈な激痛が走った。
「ぎゃあああああああああああっ!?!?」
悲鳴を上げて床に転がる翔。
ギルマが剣を抜いた瞬間、翔の左耳は耳飾りごと根元から綺麗に斬り飛ばされ、床にポトリと落ちていた。
「『勝負師の耳飾り』か……。古の秘宝がまだ残っていたとはね。これはイカサマの証拠品として、私が貰っておこう」
ギルマは床から、左耳ごと耳飾りを拾い上げ、懐に収めた。
「さて……魔族が支配するこの街で、イカサマをした君を、これからどうすべきかね?」
ギルマの言葉と同時に、武装した魔族たちがゾロゾロと現れ、翔を取り囲んだ。
「ひ、ひぃぃ!! 命だけは! 命だけは助けてくれ!! 俺は、その耳飾りがイカサマになるなんて知らなかったんだ! 騙されたんだ!」
翔はボタボタと流れる血で左耳を押さえつけながら、床を這いつくばって必死に懇願した。
「ふむ。本来なら、ここでイカサマをした人間は、闘技場に出てもらうところだが……君はミーエルのところの客人のようだ。命までは取らないでおいてあげるよ」
その言葉に、翔はハァハァと息を荒くしながら、安堵の表情を浮かべた。
しかし、ギルマは冷酷な笑みを浮かべたまま続けた。
「その代わり、最後に『救済の勝負』をしてあげよう。君が次にこの山札から引くカードが、もし『8よりも大きい数字』だったら、君のその耳を綺麗に繋げて、現世に帰してあげるよ。……もし、それ以下の小さい数字だったら――まぁ、楽しみにしててくれ、殺しはしないからさ」
ギルマは血のついたテーブルの上に、静かにカードの山札を差し出した。
「さぁ、引き給え。君の本当の『運』を、見せておくれよ」
翔は恐怖でガタガタと全身を激しく震わせながら、自分の運命を賭け、血まみれの右手でゆっくりとカードを1枚、引き抜いた――。
【4日目】
翌朝。
指定した帰還場所で、ミーエルが手帳を見ながら翔を待っていると、前方から優雅な足取りでギルマが現れた。
「あら? ギルマさんではないですか。どうされましたか?」
「やぁ、ミーエル。実は昨日、君のところのお客がイカサマをしてね。ルールに従って、ちょっとお仕置き(罰)を与えたんだよ」
ギルマが後ろを指さすと、そこから、虚ろな足取りで翔が姿を現した。
その姿は悲惨だった。
左耳は切られたまま包帯が巻かれ、さらに両手の「10本の指先」がすべて綺麗に切り落とされた状態だった。
「君の顔を立ててね、命までは取らなかったよ。感謝してほしいな」
「ご配慮ありがとうございます、ギルマさん。……それにしても翔様、まさか四天王のギルマさんに目をつけられるなんて、本当に運がございませんね……」
ミーエルが呆れたように溜息をつくと、指先を失った翔が、狂ったような形相でミーエルに詰め寄った。
「ガ、ガイドッ……お前ッ!! お前があんな呪いの耳飾りなんか俺によこさなければ、俺はこんな目に遭わなかったんだ!! 指をどうしてくれるんだよ!? 俺の全財産50万も消えたんだぞ!! どう責任取ってくれるんだよ!?」
激高して怒鳴り散らす翔に対し、ミーエルは張り付いた笑顔のまま冷淡に言い放った。
「翔様。私は最初に『注意事項は必ず守ってください』『イカサマ扱いになるから気を付けて』とお伝えしております。それに――」
ミーエルはそれまで細めていた瞳を大きく見開き、涼しげな声音で微笑んだ。
「生きて現世へ帰れるだけでも、運が良かったじゃないですか」
「ひぃっ!?!?」
ミーエルの冷たい笑みと威圧感に、翔はたじろぎ硬直した。
「あっ! ちょうどお時間ですね。翔様、この度はアザール観光をご利用いただき誠にありがとうございました! 現世に戻られましたら、どうぞお大事になさってくださいね」
ミーエルがいつもの笑顔に戻り一礼する。
「おい! まだ話は終わってねぇ――!」
翔が何かを叫ぼうとしたが、その身体は光の粒子となり、現世へと帰っていった。
「さて、ミーエル。私もそろそろ戻るとするよ」
「はい。今回はお客様への寛大な処置、重ねて御礼申し上げます」
ミーエルが綺麗に一礼すると、ギルマは霧のようにその場から消え去っていった。
一人残されたミーエルは手帳を取り出し、『翔』の名前の横にマル印を書き込んだ。
「四天王のギルマさんに見つかりさえしなければ、大金を持って現世に帰れたと思うと、本当に運の悪いお客様でしたね……」
手帳をパチンと閉じると、ミーエルはこちらに視線を向け、満面の笑みを浮かべた。
「アザール観光では、今回貸し出した耳飾りの他にも、ギャンブルで役立つ能力やアイテムを多数ご用意しておりますよ!
――まぁ、イカサマ扱いになるので、バレた場合の責任は、一切負いかねますが。
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」




