第15話 続・聖剣で一撃!お手軽魔王討伐
「いつもアザール観光をご利用いただき、誠にありがとうございます。今回は『聖剣で一撃!お手軽魔王討伐ツアー』です! お手頃料金で魔王が倒せると、お客様に人気のツアーなんですよ。まぁ、実際に魔王を倒せたのは過去にお一人だけですが……。本日のお客様はこちらです!」
【ツアー名】聖剣で一撃!お手軽魔王討伐
【お客様】 健一様 17歳・高校生
【付与能力】万物を切り裂くチート武器『聖剣』
【ご要望】魔王を倒して、自信をつけたい!
【旅行日程】
1日目:最後の「人間の街」に宿泊
2日目:街から魔王城へ 魔族の街に宿泊
3日目:魔王軍四天王と対峙(記念撮影可) 魔王城に宿泊
4日目:魔王と対峙(討伐予定) アザールから現世へ帰還、現世解散
「それでは、良い旅を!」
【1日目】
「この度はアザール観光をご利用いただきありがとうございます、健一様」
まだ顔に幼さが残る、小柄な学生服姿の健一に、ミーエルが丁寧に挨拶をする。
「……あの、僕みたいな普通の高校生でも、本当に魔王を倒せるんですか? それに……その、危険なこととか、ないですよね?」
異世界アザールに降り立った健一は、自分の身の丈ほどもある重たい『聖剣』を背負い、オドオドとした様子で尋ねた。
学校でもいつも冴えず、周囲の顔色ばかり伺っている彼は、この旅で自分を変えたい一心だった。
案内人のミーエルは、いつもの笑顔でそれに答える。
「はい! 健一様ご自身の身体能力は上がっていませんが、そちらに付与いたしました『聖剣』があれば、魔王なんて一撃で倒せますよ! 『私の案内に従って頂ければ』、安全に魔王のところまでご案内いたします」
健一が案内されたのは、人間社会の最果てにある、ひなびた薄暗い宿屋だった。
「明日の朝、いよいよ魔王城に向けて出発いたします。ここから先はしばらくフカフカのベッドでは寝られませんので、今夜はゆっくりお休み下さいね」
夕食として出されたのは、水分が完全に抜けたカチカチの黒パンと、得体の知れない泥のようなドロドロしたスープ、そして何かの魔獣のパサパサした干し肉だけだった。
健一は一口食べたものの、口に合わず、ほとんど残してしまった。
案内された部屋のベッドも、藁が雑に詰まったガチガチに固いものだった。
「はぁ……。僕のお小遣いでも来れるぐらい格安だったからなぁ……。でも、異世界には本当に来れたわけだし……。この聖剣があれば、僕でも……」
健一は薄暗い天井を見上げ、不安を漏らしながらも、聖剣を強く抱きしめて眠りについた。
【2日目】
翌朝。
「ここから魔王城へは馬車で行きます。周りの森には凶暴な魔獣がウヨウヨいますので、休憩の時も絶対に私から離れないでくださいね」
ミーエルに促され、健一はガタゴトと激しく揺れる簡素な馬車に乗り込んだ。
道は舗装すらされていない荒れ地だ。
窓の外からは、聞いたこともない不気味な地響きや、獣の猛々しい鳴き声が絶え間なく響いてくる。健一は耳を塞ぎ、ガタガタと震えながら耐えた。
昼食に出されたのは、パサパサした携帯食だった。
「ねぇ、ミーエルさん……魔王城って、本当に安全なんですか?」
「いいえ」
「えっ!?」
ミーエルの即答に、健一は飛び上がった。
「人間が許可なく魔族の領域に入れば、普通に襲われます。ですが、今回はツアーを組んでいますので、無闇に襲われることはありませんよ」
「そうですか……」
笑顔で不穏なことを言うミーエルに、健一はさらに不安を募らせた。
夕暮れ時。
ついに馬車は、どす黒い禍々しいオーラを放つ魔王の城下町へと到着した。
「ここからは魔族の街になります。馬車から降りて魔王城に向かいますよ。大変危険ですので、私のそばから絶対に離れないで下さいね」
「は、はい……」
馬車を降りた瞬間、周囲を行き交う異形の魔族たちが、ギロリと人間である健一を鋭い眼光で睨みつけた。
「ヒィ!!?」
健一は飛び上がって怯えたが、魔族たちは睨みつけるだけで、それ以上は襲ってこない。
「聖剣があるからといって、魔族に立ち向かっては駄目ですよ。私についてきてくださいね」
健一はミーエルの服の裾を掴まんばかりの勢いで、必死に彼女の背中を追いかけた。
しばらく歩くと、一軒の奇妙な店の前でミーエルが立ち止まった。
「こちらが魔族のお土産屋です! ぜひお買い物をしていってください」
恐る恐る健一が骨でできた扉を開けると、店内には呪われそうな禍々しい装飾品がズラリと並び、カウンターの奥にはトカゲのような顔をした巨大な魔族の主人が佇んでいた。
「あぁ? 人間が来るのは久しぶりだな」
主人は健一を値踏みするように見た後、その後ろに立つミーエルに視線を移した。
「ちっ……アザール観光の旅行者か……。っで、どれを買うんだ?」
「……えっと」
健一が気圧されて黙り込むと、主人の声が低くなった。
「冷やかしってわけじゃねぇよな、あぁん!?」
主人がギロリと健一を睨みつけ、鋭い牙を剥く。
「ヒィ! か、買います、買います!」
健一は慌てて周囲を見回し、棚にあった鋭い牙がいくつもあしらわれた骨製の腕輪を手に取った。
「こ、これをください!」
「ふん……『牙の腕輪』か。毎度あり」
代金を支払う健一の横で、ミーエルが解説する。
「その腕輪をつけると、少しだけ恐怖心がなくなるんですよ。いいものを選びましたね」
健一はさっそくその腕輪を腕に装着してみた。すると不思議なことに、あれほど恐ろしかったトカゲの主人が、さほど怖くなくなっている自分に気づいた。
健一が店の外に出ると、心なしか魔族たちの見え方が違って感じられた。
よく見れば、魔族たちも普通に買い物をしたり、会話をしたりして街で生活している。
中には完全に殺し合いの喧嘩をしていたり、急に他の魔族を襲う凶悪な異形も交ざってはいるが――腕輪のおかげで、足が震えることはなかった。
魔族の宿に着くと、夕食に「目玉が浮いた紫色のスープ」と「巨大なバッタの串焼き」が出てきた。
それに、魔族たちが、人間の健一をヨダレを垂らしながら見てくる。
健一はそれらを食べずに、すぐに固いベッドへと潜り込んだ。
そして、暗闇の中で『牙の腕輪』を見つめる。
(……この腕輪があれば、魔王を倒さなくたって、学校で僕をからかってくる奴らなんか怖くないんじゃないか? ……いや、ダメだ。僕は魔王を倒して、本当の強さと自信を手に入れるんだ!)
聖剣があるせいか、あるいは腕輪のおかげか。
健一の気持ちは、かつてないほど昂ぶっていた。
【3日目】
「これからいよいよ魔王城に入ります。あちこちにトラップが仕掛けられているので、気を付けてくださいね」
「はい!」
健一は昨日とは打って変わって元気よく返事をし、重厚な魔王城の門をくぐった。
城内は青白い松明の炎が怪しく揺らめき、不気味なほど薄暗い。
「まずは、四天王の部屋へまいります。必ず、私の歩いた場所を歩いてください」
健一はミーエルに言われた通り、一歩一歩慎重に歩いた。
途中、「そこ、屈んでください!」「その像を右に180度動かしてから扉に触れてください。そうしないと首が飛びます」と、ミーエルから淡々と恐ろしい指示を受けて進んでいく。
そしてついに、大きな四天王の扉の前に辿りついた。
「中に四天王がいますので、気を引き締めてください!」
ミーエルが扉をゆっくりと押し開くと、健一は聖剣の柄を強く握りしめた。
しかし、中にいた光景は想像と違っていた。
鏡を持って自分の顔をうっとりと見つめているダークエルフのような男、身体中にヘビを這わせている妖艶な美女、鬼のような角が生え体に火を纏っている大男、そしてフードを被った顔が半分骨になっている老人が円卓を囲んでいた。
だが、全体にどこかまったりとした、弛緩した空気が漂っている。
「あら? 本当に来たのね、ミーエル」
蛇を纏った美女がこちらに気付き、退屈そうに声をかけてきた。
「カーミラさん、ツアーのお客様がいらっしゃったんですから、もっと緊張感を持って待ってもらわないと困ります」
ミーエルが少し呆れたように言うと、カーミラと呼ばれた美女は笑いながら答える。
「だって〜、予定を組んでもここまで辿り着く人間なんて、ほとんどいないじゃないの」
あまりにも緊張感のないやり取りに、健一は拍子抜けして困惑した。
「健一様、ご紹介いたします。こちらは四天王の『淫魔の女王 カーミラ』さんです。そして、あちらの3人は『漆黒の剣士 ギルマ』『獄炎の覇者 オーガル』『死界の門番 アンデ』です」
ミーエルが紹介するが、他の3人はこちらを見向きもしない。
「四天王の皆様と記念撮影ができますが、どうされますか?」
「あ、あっ、はい。じゃあ……せっかくなので、お願いします」
健一は言われるがまま、自分のスマホをミーエルに手渡した。
「あら、坊や可愛いわね〜。魔王様に会う前に、私が食べちゃおうかしら」
「カーミラさん、おやめください」
「ふん、美しく撮ってくれたまえよ。私の髪型が崩れていないかね?」
「俺はデカいからなぁ、画角に見切れるんだよなぁ……ちょっとしゃがむか」
「最近の現世の映写機は本当に小さいのぉ」
四天王たちが文句を言いつつも、ワイワイと健一の周りに集まり、楽しげにフレームに収まる。
「それでは撮りますよー。はい、チーズ!」
カシャリ。
健一も緊張しつつ、ピースサインをしながら四天王との記念撮影を終えた。
四天王たちに「魔王戦、頑張ってね〜」と手を振られながら部屋を後にした健一は、その夜、魔王城の一室へと案内された。
食事は部屋に、一つ目の魔族のコックが運んできた。
ネズミのような魔獣の丸焼き、ピクピクと生きているように動いているサラダ、そして赤い湯気が立ち上っている真っ赤なパン。
健一は「うわ……」と引いて残そうとしたが、食べ終わるまでコックが腕組みをしてギロリと睨みつけたまま部屋を動かないため、無理矢理すべて平らげた。
急いで詰め込んだので、味は全くわからなかった。
(……ふぅ。でも、やっと明日で魔王討伐だ! 四天王があんな感じだったし、僕にはこの聖剣がある。きっと、簡単にやれるぞ……!)
健一はこれまでの旅の中で、一番まともなフカフカのベッドに横たわり、すぐに深い眠りへと落ちていった。
【4日目】
翌朝。
健一とミーエルは、ついに最奥にある魔王の部屋の前に立っていた。
ミーエルがギィーと重々しい音を立てて扉を開ける。
そこには、城下の魔族たちとは格の違う、圧倒的な黒いオーラを全身から滾らせた魔王が玉座に深く腰掛けていた。
ミーエルは臆することなくツカツカと魔王に歩み寄り、綺麗に一礼した。
「お久しぶりですルシフェラスさん。本日はツアーへのご協力、よろしくお願いいたしますね」
それに対し、魔王は地響きのような重い声で口を開いた。
「女神の眷属よ……。なぜ、魔王たるワレが貴様らの戯言に付き合わねばならぬのだ……?」
魔王の怒りに呼応するように、黒いオーラが爆発的に広がり、部屋の空気を圧迫していく。
しかし、ミーエルが頭を上げると、その顔には張り付いたような冷徹な笑顔が浮かんでいた。
「ルシフェラスさん、魔王軍との間には30年前に取り交わした『アザール条約』がございます。従っていただかないと困ります……。それとも、また300年前のような戦争をお望みですか……?」
「ひぃっ!?」
ミーエルと魔王の間で、空間が目に見えて歪むほどの凄まじい力場が生まれ、健一は背筋が凍りついた。
「ふん……貴様とやり合っても決着はつかんわ」
魔王は忌々しげに吐き捨てると、視線を健一へと移した。
「っで……今回のワレの相手は、その奥にいる貧弱な小僧か?」
魔王がギロリと健一を睨みつけ、凄まじい殺意のオーラを向けた。
その瞬間――パキィィィン!!と高い音が響き、健一の腕の『牙の腕輪』が、たった1本の牙を残して粉々に砕け散った。
「ひゃあぁあああ!?」
「本物の死の恐怖」が舞い戻り、健一の心は一瞬でへし折れた。
あまりの恐ろしさに膝の力が抜け、その場に激しく尻もちを着く。
「健一様、今です! 聖剣を抜いて一振りしてください!」
ミーエルが叫ぶが、それよりも早く、健一は床に額を擦り付け、全力で土下座をしていた。
「すみません!! すみません!! 僕には魔王討伐なんて絶対に無理です! ごめんなさい! 帰らせてください!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ健一の声だけが、広い室内に響き渡る。
完全な無音が訪れ、魔王の禍々しいオーラが萎んで小さくなっていった。
「……ふん、くだらん。興が削がれたわ」
魔王は心底つまらなそうにそう言うと、霧のように静かにその場から消え去っていった。
「……健一様。あの聖剣を一振りさえすれば、魔王なんて一撃で倒せたんですよ?」
ミーエルがため息混じりに声をかける。
「す、すみません……。腕輪が壊れた瞬間、怖くて頭が真っ白になっちゃって……」
健一は情けなさに涙を流しながら、床に転がっていた腕輪の「残った最後の牙」をそっと拾い上げ、ポケットに押し込んだ。
「今回も魔王は討伐できませんでしたが、仕方ありませんね……健一様、そろそろ現世へのご帰還のお時間です」
「ミーエルさん……色々と、ありがとうございました。こんな臆病な僕でも、魔王のところまで来ることだけはできたから……」
「はい。もし次回がございましたら、今度こそ魔王を討伐してくださいね。それでは、またのご利用をお待ちしております」
ミーエルが静かに一礼すると、健一の身体は光に包まれ、アザールから消え去っていった。
現世に戻った、健一の通う高校。
放課後の教室で、健一が帰る準備をしていると、普段から彼をからかってくる生徒たちがニヤニヤしながら近づいてきた。
「おい健一〜、ちょっと購買でジュース買ってこいよ」
いつもなら、ビクビクしてすぐに財布を取り出していた健一だった。
しかし、今の健一は違った。
彼等に振り返り、その目をまっすぐに見据えて静かに言い放った。
「嫌だよ。自分で買いに行けよ」
「……あァ? てめえ、何生意気なこと言って――」
不良が胸ぐらを掴もうと手を伸ばしたが、健一の目は微塵も揺らがなかった。
健一には、魔王の圧倒的な殺意の記憶が焼き付いている。
それに比べれば、目の前の同級生の脅しなど、あまりにもちっぽけなものだった。
本当に「本物の恐怖」を知った健一の眼光に気圧され、彼等は思わず一歩後ずさりした。
「……ちっ、なんだよ。急に気味の悪い奴になりやがって。行くぞ」
彼等は文句をブツブツと言いながら、足早に去っていった。
健一はふっと息を吐き、制服のポケットに手を入れた。
そこには、あの世界で手に入れた『残った最後の牙』が静かに収まっていた。
誰もいなくなった魔王の部屋。
ミーエルは手帳を取り出し、『健一』の名前の横にサンカクの印を書き込んだ。
手帳をパチンと閉じると、ミーエルはスッとこちらを向いて、いつもの笑顔を浮かべた。
「今回は惜しくも魔王を討伐できませんでした。
ですがアザール観光では、『我こそは!』という勇気あふれるお客様をいつでも募集しております。途中のお土産屋さんでは、レアアイテムも手に入るかもしれませんよ?
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」




