第14話 海の民が住む深海のユートピア!海底神殿
現世のとある大手旅行会社のカウンター。
一組の仲睦まじい老夫婦が嬉しそうに声をあげた。
「ミーエルさん! お久しぶり!」
カウンターの奥で、お馴染みの笑顔を浮かべた女性店員が深く一礼する。
「これは鬼塚様!お久しぶりです」
「前回のダンジョンツアーがとっても楽しかったからねぇ、またアザール観光さんにお願いしようと思って来たのよ」
妻がニコニコと微笑むと、夫も満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。今回はどのような旅をお考えですか?」
「今回は海がいいと思ってね!」
「海の中を探検できたら素敵よねぇ」
「かしこまりました。それでは、こちらのプランはいかがでしょうか?」
【ツアー名】アザール深海のユートピア!海底神殿
【お客様】 鬼塚夫婦(熟年夫婦)/ 佛原夫婦(新婚夫婦)
【付与能力】水の腕輪(水中での自由な活動・呼吸が可能)
【ご要望】 海の神秘を体験したい。
【旅行日程】
1日目 シーホースの馬車で深海へ(車中泊)
2日目 海底神殿着(連泊)
3日目 深海の暮らしを体験
4日目:アザールから現世へ、現世解散
「アザールには深海に人が住んでいるのか!?」
「いいわねぇ、まるで竜宮城みたいで。それにしましょうお父さん」
「ありがとうございます。それでは――良い旅を!」
【1日目】
「今回は、鬼塚様と佛原様、ご一緒の旅程となります」
アザールの海辺に立つミーエルの横には、鬼塚夫婦だけでなく、まだ結婚したばかりで初々しい雰囲気をまとった佛原夫婦が緊張した面持ちで立っていた。
「あらあら、お若い方と一緒なんて嬉しいわねぇ」
鬼塚の妻が優しく微笑むと、新婚夫婦がペコリと頭を下げた。
「異世界旅行も、夫婦生活もまだまだ初心者なので……よろしくお願いします、鬼塚さん」
夫の佛原 将太が挨拶すると、妻の湊も恥ずかしそうに身を寄せる。
「わしらもアザールは2回目だがな! ミーエルさんの言うことを聞いていれば大丈夫だから、一緒に楽しもうじゃないか」
鬼塚の夫が頼もしく胸を叩いた。
「それでは皆様、水中でも大丈夫なようにこちらの『水の腕輪』を身につけて、馬車に乗ってください」
ミーエルに案内されたのは、4人がゆったり寝られるスペースが確保された不思議な馬車だった。
それを牽くのは、足に水かき、お尻に立派な尾ひれがついた2頭の馬型魔獣「シーホース」である。
4人は意気揚々と馬車に乗り込んでいく。
「それでは、出発いたします!」
ミーエルが御者台に乗り、手綱を引いて合図を送ると、シーホースたちは勢いよく青い海へと潜っていった。
不思議なことに、馬車の窓を閉め切っているわけでもないのに、中には心地よい空気が満ちていて非常に快適だった。
窓の外には、現世では見たこともない色とりどりの魚や、サンゴ礁が広がっている。
「綺麗ね、将太!」
「そうだな、湊! ほら、今あそこにめちゃくちゃデカいのが泳いでいったぞ!」
新婚夫婦が窓に張り付いてはしゃいでいる。
しばらく進むと、御者台からミーエルの涼やかな声が響いた。
「これより、現世の光が一切届かない『深海』へと入ります」
その言葉通り、辺りはじわじわと明度を失い、やがて完全な暗闇に包まれた。
時折、馬車の光に照らされて、不気味に自発光する深海魚や、ギョロリとした目を持つ巨大なウミヘビが窓の外を通り過ぎていく。
「うわっ……ちょっと、怖いですね……鬼塚さん……」
将太が怯えて後ろを振り返ると――鬼塚夫婦はすでに毛布に包まれ、仲良く寝息を立てていた。
「……大物すぎる」
時折、馬車にドンとぶつかってくる深海生物の音が気になり、新婚の佛原夫婦は一睡もできないまま夜を明かすこととなった。
【2日目】
朝。
深海のはずなのに、窓の外が不思議と明るくなっていく。
「皆様、起きてください。そろそろ、海の民が住む海底神殿ですよ!」
ミーエルの声に導かれて外を見ると、そこにはルビーやサファイアのような輝きを放つ『宝石珊瑚』に囲まれた、無数の穴がくり抜かれている巨大な岩山がそびえ立っていた。
「綺麗ねぇ、お父さん」
「うむ、これは見事なもんだ」
熟睡して元気いっぱいの鬼塚夫婦は、仲睦まじく手を取り合ってその絶景を眺めている。
「そう、ですね……綺麗、です……」
一方、徹夜明けの佛原夫婦は目の下にクマを作り、今にも眠りそうだった。
岩山に到着し、4人は馬車から降りた。
付与された『水の腕輪』の効果により、全身が薄い空気の層で包まれている。水圧も感じず、息も普通にできて、服が濡れることすらない。
「こちらが、この街を治める海の民『マーマン』です!」
ミーエルが紹介した先には、魚の体に直接たくましい人間の手足が生えたような亜人がいた。
新婚夫婦の顔が露骨に引きつる。
「ブクブクブク(こんなところまで来るなんて、物好きがいたもんだ)」
「『旅人よ、心から歓迎する』と言っております」
ミーエルが流暢(?)に通訳する。
「ブクブクブク(おいお前ら、そろそろこのへんに狂暴な魔獣が出てくる時間だから、危ねえから中に入んな)」
「『さぁ、どうぞ中へお入りください』と言っています」
案内されて岩山の中に入ると、そこには削り出された石や、海藻でできた家具が並んでいた。
「ブクブクブク(おい、ちょうど昨日の残り物があるんだが、お前ら食うか?)」
「『皆様のために、ご馳走を用意した』と言っています」
マーマンが差し出してきたのは、生の魚、不気味な色の海藻、そして魚卵のようなものだった。
当然、水の中なので火は通っていない。
「ブクブクブク(口には合わなかったら、残していいぞ)」
「『せっかくのご馳走なので、残さず食べてください』と言っています」
それを聞いて、佛原夫婦は怪訝な顔をした。
「普段から刺身を食ってるから大丈夫だろ」
「そうねぇ。現地の人にイモムシ出されたこともあるものね。」
鬼塚夫婦は一切の躊躇なく、料理を口に運んだ。
「ほう! この魚、しっかり味付けされてるな! うまい!」
「こっちのプチプチした卵はとっても甘いわねぇ、お父さん」
二人は本当に美味しそうにバクバクと平らげていく。
「……あ、あの、ミーエルさん。私たちはちょっと、これは……」
湊が顔を青くして、ミーエルの耳元で小声で囁いた。
「ご安心ください、佛原様。マーマンの食文化が苦手な方のために、馬車に携帯食を用意してあります。後ほどそちらをお召し上がりくださいね」
ミーエルがウインクする。
鬼塚夫婦がおいしそうに食べる姿を見ていたマーマンが、目を丸くした。
「ブクブクブク(俺たちの飯をこんなに旨そうに食う人間、はじめて見たぞ!)」
マーマンは嬉しそうに口から大量の泡を出した。
「ブクブクブク(気に入った! よし、明日、女王に伝えて盛大な宴を開くから、楽しみにしていろよ!)」
「『明日、皆様のために歓迎の宴を開いてくれる』そうです」
食事を綺麗に平らげてマーマンたちと一度別れると、ミーエルは岩山のさらに奥へと4人を案内した。
奥は広大なドーム状の空洞になっており、そこには活気あふれる海の民の街が広がっていた。
4人は市場を巡り、宝石珊瑚で作られた美しい装飾品など、マーマンたちの独自の文化を存分に堪能した。
「明日は、マーマンたちの『魔獣狩り』と『海藻家具作り体験』を予定しております」
ミーエルの言葉に、佛原夫婦は「魔獣狩り!?」とギョッとして顔を見合わせた。
【3日目】
翌朝。
「おはようございます。本日は、男性陣は『魔獣狩り』、女性陣は『海藻家具作り体験』へと分かれて行動していただきます」
それを聞いて、湊はホッと胸を撫で下ろした。
女性二人は、宿に残ってマーマンの女性たちから海藻を編む技術を教わる。
「さっきミーエルさんに聞いたけど、この海藻は、水の外に出すと乾燥して、丈夫な日用品になるそうよ」
鬼塚の妻が手際よく編んでいくのを見ながら、湊も笑顔で籠を編み始めた。
一方、男性陣。
「では、男性の方は狩りに行きましょう!」
ミーエルが明るく声をかけるが、新婚の将太は完全にゲンナリしていた。
しかし、隣の鬼塚は釣り堀にでも行くかのように楽しそうだ。
ミーエルと男二人は、鋭い銛を持ったマーマンの男衆と共に、街の外へと泳ぎ出していった。
宝石珊瑚の光が届くか届かないかの、暗闇の境界線。
一人の若いマーマンが、ため息をつきながら前に出た。
「ブクブクブク(はぁ……今回は俺が囮の担当か……。死にたくねえな……)」
「『マーマンの勇気ある若者が、先陣を切って魔獣をおびき寄せる』ようです」
若いマーマンは決死の覚悟で暗闇の奥へと泳ぎ去っていった。
数分後――ゴオオオオ!という地鳴りのような水音と共に、若いマーマンが猛スピードで戻ってきた。
その背後からは、トドに無数の牙が生えたような、大型の魔獣が凄まじい勢いで追いかけてきている。
「ひぃっ!? 」
将太は驚きのあまり、その場に尻餅をついて腰を抜かした。
「おおお! 大物じゃないか!」
鬼塚は逆に目を輝かせて笑っている。
マーマンの男衆が一斉に動き、特殊な海藻が巻き付けられた銛を投げつけた。
銛が魔獣に絡みつき、その巨体の動きをじわじわと鈍らせていく。
そして、次々と銛が打ち込んでいった。
「さぁお二人も、そこの銛を持って投げてください!」
ミーエルに促され、将太はガタガタと震えながらも、妻にいいところを見せたい一心で勇気を振り絞って立ち上がった。
「こ、こなクソォ!!」
渾身の力で投げた銛は、見事に魔獣の脳根に突き刺さった。
「やった……! 当たったぞ!」
「おお、将太くんやるなぁ! じゃあ、わしも負けてられん。そりゃあ!」
何本もの銛を突き立てられた魔獣は、やがて静かに海の底へと沈み、動かなくなった。
「ブクブクブク(ふぅ……今回は死人が出なくてよかった)」
「『お二人の勇気を、心から讃える』とのことです」
ミーエルが拍手する。
狩りを終えた3人が女性たちの元に戻ると、鬼塚の妻と湊は楽しげに大きな籠を編み終えたところだった。
「将太、おかえり! 見て見て、これ私が編んだのよ!」
「お、上手に出来てるじゃないか! 俺もさ、こんなに大きな魔獣を倒したんだぞ!」
将太が身振り手振りで自慢すると、湊は「すごーい!」と目を輝かせる。
新婚夫婦はお互いの無事を喜び、楽しそうに寄り添った。
「皆様が編んだ籠は、ぜひお土産にお持ち帰りくださいね」
「あら嬉しいわぁ。現世に戻ったら何を入れようかしらねぇ」
その夜、街の広場でマーマンたちによる歓迎の宴が催された。
広場の中央には、今日男たちが狩った魔獣の巨大な骨が記念に飾られ、その前には色鮮やかな鱗を持つマーマンの女王も出席している。
マーマンたちが骨の周りを囲み、独自の奇妙なステップでぐるぐると踊り狂う。
運ばれてくる食事は、今日獲った魔獣の肉や、深海の珍味がこれでもかと並んでいた。
もちろん、すべて生だ。
「かあさん、どれもうまいな!」
「お父さんたちの獲ってきた魔獣、不思議な歯ごたえで本当においしいわねぇ」
鬼塚夫婦は、出された食事を楽しんでいる。
「……せ、せっかく自分で苦労して獲った肉だからな」
将太は意を決して、恐る恐る魔獣の肉を口へ一切れ放り込んだ。
「! ……う、うまい! これ、肉と魚の両方の味がするよ!」
「本当!? ……じゃあ私も! ――んんっ! 本当においしい!」
佛原夫婦も、アザールの深海料理を食べられたようだ。
「ブクブクブク(ほら、お前らこれも食べてみろ。すごくいい気分になるぞ)」
一人のマーマンが、不気味な黒い実を海藻からもぎ取って4人に手渡した。
「それはマーマンたちがお酒代わりに嗜む実ですね。食べると心地よくなりますが、強いので食べ過ぎないようにしてくださいね」
ミーエルの言葉通り、その実を齧ると、全身がふわっと温かくなり、幸福感が押し寄せてきた。
4人は夜遅くまで、海の民たちとの宴を満喫した。
【4日目】
「皆様、そろそろ現世への帰還のお時間ですよ」
4人並んだ前で、ミーエルが告げる。
「鬼塚さん、今回はご一緒できて本当に良かったです! 何でも怖がらずに挑戦してみるのって、大事なことなんだと思えました」
将太が清々しい顔で言うと、湊も大きく頷いた。
「私たちも、鬼塚さんたちみたいに、何年経ってもずっと仲のいい夫婦になります!」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわねぇ。私たちも佛原さんたちと過ごせて本当に楽しかったわ。ねぇ、お父さん」
「そうだな、かあさん。若いエネルギーをたくさんもらったよ」
4人が固い握手を交わして別れの挨拶を交わしていると、ミーエルがスッと鬼塚夫婦に近づいた。
「鬼塚様。こちらはマーマンの女王からのお土産です。長年連れ添った鬼塚様御夫婦であれば、問題ございませんのでお渡ししますね」
「おぉ、わざわざお土産を! 嬉しいなぁ」
「綺麗な箱ねぇ、お父さん」
それは、眩い宝石珊瑚で精巧に作られた小さな小箱だった。
それを見た佛原夫婦が羨ましそうに声をあげる。
「ええーっ! ずるい、私たちにはないんですか?」
ミーエルは佛原夫婦を見て、意味深にふっと微笑んだ。
「お渡ししても構いませんが……もし開けるのであれば、今から『40年後』ぐらいにするのが良いと思いますよ?」
「40年後……? なんでそんなに先なんだろう」
「……でも、せっかくの記念だし、思い出に貰っておいてもいいよね?」
将太と湊が相談し、「いただきます」と手を出す。
「では、お渡ししますね。――それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」
4人の身体が光に包まれ、アザールの深海から消えていった。
現世に戻った鬼塚夫婦の自宅。
二人はリビングのテーブルに、貰ったばかりの宝石珊瑚の小箱を置いた。
「お土産、何が入ってるのかしら。さっそく開けてみましょうよ、お父さん」
「そうだな、開けてみよう」
鬼塚が箱のフタをパカッと開けた。
その瞬間、箱の中からもの凄い勢いで真っ白な煙が立ち込め、瞬く間に二人の身体を包み込んだ。
ゴホゴホと咳き込みながら、煙が収まるのを待つと。
「ゲホッ……おい、かあさん! お前、ばあさんになってるぞ!」
煙の向こうの妻を見た鬼塚が、目を丸くして叫んだ。
妻は呆れたようにクスリと笑った。
「何を言ってるんですか、お父さん。私は元からおばあさんですよ。それより、お父さんこそ、すっかりおじいさんになってますよ?」
「そうだった、わしらは元からじいさんとばあさんだったな!」
二人は顔を見合わせ、これまで共に歩んできた長い歳月を愛おしむように、大笑いした。
一方、佛原夫婦のマンション。
二人はテーブルの上の小箱を前に、深刻な顔で悩んでいた。
「ミーエルさん、40年後に開けろって言ってたよな……」
「……うん。でも、めちゃくちゃ気になる……今すぐ開けちゃダメかな……?」
「ダメだって! 異世界のアイテムだぞ、何が起こるか分からないって!」
その後、好奇心に負けて箱を開けてしまったのか、それとも40年間大事に保管したのか――知っているのは将太と湊の2人だけ。
その頃、海底神殿では。
4人が現世へと消えたのを見届けたミーエルは、手帳を取り出し、『鬼塚夫婦』『佛原夫婦』にマル印をそれぞれ書き込んだ。
そして、手帳をパチンと閉じると、ミーエルは笑顔でこちらを向いた。
「現世のお客様には、一言添えてお土産をお渡しするだけで、とても喜んでいただけますね。
――まぁ、私もあの白い煙に、どんな効果があるのかは知らないのですが……。
開けるか開けないかは、すべて『自己責任』ということで……。
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」




