第11話 アザール観光が自信をもってオススメするイチ押し能力!女神の加護②
【3日目】
「……っ、ここは、どこだよ……?」
昇が目を覚ますと、そこは辺り一面が赤黒い岩肌に覆われ、あちこちから溶岩が噴き出す火山地帯だった。
「今日は『環境耐性』のチェックよ!ほら、立ち止まってないで頂上まで歩きなさい!」
度重なる恐怖で、すでにネリアに抵抗する気力すら薄れかけていた昇は、文句を言う元気もなくトボトボと歩き始めた。
「はぁ、はぁ……」
加護のおかげで「熱い」という感覚はないはずが、なぜか滝のように大量の汗が全身から噴き出して止まらない。
「うーん。運動によるものか、周りの熱さでの汗か……。判別がつかないわね」
ネリアが顎に手を当てて観察していた、その時。
ズガァァァン! と足元の岩盤が弾け飛び、大量のマグマが昇を直撃した。
「ひぃっ!?」
熱さも痛みもない。
だが、マグマに覆われ、質量と重みで身動きが一切取れなくなってしまう。
「ふむ、物理的に埋まると脱出不可能、と。まぁ、こんなものかしらね」
ネリアが、中から昇を引きずり出す。
「はぁ……はぁ……」
全身煤まみれになった昇は、息も絶え絶えで地面を這いつくばった。
「完全に動けなさそうね。本当は午後から『極寒の雪山』の予定だったけど、今日のテストはこれくらいにしてあげるわ」
ネリアがパチンと指を鳴らすと、周囲の景色が一瞬で掻き消え、昇の視界は再び初日の暗闇に包まれた。
「うっ……うっ……。何で、何で俺がこんな目に……っ」
冷たい床の上で、昇は静かに、声を殺して泣いたが、目からは一滴の涙も流れなかった。
【4日目】
「ほら朝よ、起きなさい」
「……」
翌朝、ネリアの声が響くが、昇にはもう答える力すら残っていなかった。
「あんた、こっちに来てから一度も食事をしていないことに気付いてる?」
「……あ?」
「空腹は感じてないようだけど、食事は必要なようね」
目の前に、簡素なパンと温かいスープ、そして水が差し出された。
飢餓感はなかったはずなのに、食べ物を見た瞬間、昇はそれらに飛びつき、貪るように胃袋へ流し込んだ。
「しっかり味わいなさい。今日はしっかり食べて休んでいいわよ」
ネリアの言葉通り、その日は昼も夜も食事が運ばれてきた。
久しぶりにまともな扱いを受け、少しだけ人心地がついた夕食の最中。
「どう? こっちの食事は」
「……まぁ、まぁ、だな……。普通に食える……」
「そう。よかったわ。――あ、ちなみに、今日出した食事には全部『猛毒』がたっぷり入ってるんだけどね」
「ぶーーっっ!!!!」
昇は口に含んでいたスープを、盛大にブチまけた。
「ふむふむ、経口摂取による毒素も問題なく無効化、と。……あ、それと今夜からは『不眠耐性』のテストに移るわね。寝そうになったら脳を強制覚醒させるから、そのつもりで。今夜から、寝かさないわよ」
ネリアは眼鏡の奥で可愛らしくウィンクをしてみせると、闇の中へと消えていった。
【5日目】
昇は昨日から一睡もしていないはずなのに、不思議なほど頭は冴え渡り、眠気は一切なかった。
「おはよう! 今日からは一泊二日のジャングルツアーに連れてってあげるわ!」
ネリアが声をかけ、昇が瞬きをすると――目の前には、巨大なシダ植物や見たこともない巨木が鬱蒼と生い茂るジャングルが広がっていた。
そして昇の目の前には、サファリ風のガイド服に身を包んだ、あの見覚えのある女性が立っていた。
「本日は『ガアラの密林現地ツアー』にご参加いただき、誠にありがとうございます」
「今回はミーエルも同行してくれるわよ」
ネリアの言葉を聞いた瞬間、昇の脳裏にカウンターでの出来事がフラッシュバックした。
「あっ……て、てめぇぇぇ!! カウンターにいた女だな!! よくも俺を騙しやがったなァ!!」
怒り狂った昇が、ミーエルの胸ぐらにつかみかかろうとする。
「がっ……!?」
しかし、あと一歩というところで、昇の身体が硬直した。
凄まじい圧力が全身にかかり、その場に強制的に膝をつかされる。
「騙してなどおりませんよ。ご自身の同意のもとで、こちらのプランにサインされたのですから。私はただ、ご要望通り『一番強力な能力』を付与してアザールへお連れしただけですよ」
ミーエルが微笑むと、昇の拘束が解けた。
昇は荒い息を吐いて地面に手をつく。
「この『ガアラの密林』は、まだアザール観光でも安全確保のルート構築が出来ていない未開拓エリアです。現地調査を兼ねて、最奥にある『闇の男神の石像』まで進みます。それでは昇様、私について来てくださいね」
そう言って朗らかに歩き出すミーエルの後ろを、昇は恨みがましい目を向けながら、ついていくしかなかった。
道中、ツアーは悲惨を極めた。
カブトムシ型の巨大魔獣に突撃され、木の上から落ちてきた毒ヘビに首筋を噛まれ、挙句の果てには巨大な食人植物に頭から丸呑みにされかけた。
加護のおかげで、そのすべてにおいて「無傷」ではあったが、昇の精神は摩耗していた。
やがて訪れた夕暮れ。
「はぁ……はぁ……、頭が、ボーッとする……」
「ふむ……疲労と不眠はある程度抑制されてるみたいだけど、スタミナはもうないみたいね。よし、一旦ここで休憩にしましょう」
ネリアの指示が出た瞬間、昇は渡された携帯食料を無理やり口に押し込むと、地面に大の字になって寝そべった。
少し離れた焚き火のそばで、ミーエルとネリアが話し始めた。
「しかし、こんな危険な場所にわざわざ来たがる現世の人間なんて、本当にいるのかしらね?」
「現世でも未開のジャングルや秘境へ行きたがるお客様はいらっしゃいますから、ご要望には出来る限りお応えしたいですね。ただ、今のところ『女神の加護(サンプル版)』でやっと安全が担保できるレベルですが――」
二人が仕事の話に熱中し、こちらを一切見ていない。
泥の上に寝そべっていた昇の目が、ギラリと怪しく光った。
(……今だ。今しかない……!今のうちにバックレてやる! この無敵の能力があるうちに、このジャングルを抜け出して逃げてやるんだ! そうすれば、俺は異世界で無双して暮らせる……!)
足音を殺し、静かに二人から距離を取る。
ある程度離れ確信を得た瞬間、昇は全力でジャングルの奥へと走り出した。
「へへっ、ざまぁみろクソ女ども! 俺は自由だ――」
ズボッ!!!
「ぐあっ!?」
昇が足元を見ると、落ち葉に隠されたドロドロの底なし沼に両足が深く沈み込んでいる。
「やばっ、やばい! 早く抜け出さねぇと!」
焦って暴れれば暴れるほど、容赦なく下へと引きずり込んでいく。
「た、助けてくれ!! 誰か! 誰か助け――」
とうとう昇の頭頂部まで泥の中に沈みきった時、上から人が冷ややかな視線で昇を見下ろしていた。
「ハァ……逃げ出せると思うなんて、本当にバカね。それに、能力は明後日には切れるわよ?」
ネリアがあきれ果てたようにため息をつく。ミーエルが沼の前にしゃがみ込み声をかけた。
「ちゃんと指示に従っていただけるなら助けますが、いかがいたしますか、昇様?」
「ゴボゴボ(いいから助けてくれ)!!」
泥の中から、命乞いをする気泡が浮かび上がる。
ミーエルが、泥まみれの昇を引きずり出した。
「ゲホッ、ゴホッ……!! 気持ち悪い……、それに臭ぇ……ッ!!」
「なるほど、悪臭による精神的嫌悪感は加護の対象外と……」
ネリアが冷酷に手帳にメモをとる。
ミーエルはビジネススマイルを浮かべ、案内旗をパッと掲げた。
「逃げ出す元気がおありなら、先を急ぎましょう。夜間のデータも取りたいですしね」
ミーエルは満面の笑みのまま、昇を連れ夜通しジャングルを歩き続けた。
【6日目】
いくつかの最低限の休憩と食事は挟んだものの、丸二日間の不眠により、昇の意識は朦朧とし、ミーエルの後ろをフラフラとついていくだけで精一杯だった。
夕方。
ようやくジャングルの最奥、『闇の男神の石像』に一行は辿り着いた。
「お疲れ様でした。こちらが、魔族たちが崇拝している『闇の男神』の石像です。古の時代に作られたもので、この像を媒介にして、数々の神託を授けていたそうですよ」
「はぁ……はぁ……。そんなこと……どうでも、いいから……。ちょっと、休ませ……」
限界を迎えた昇が、ふらつきながら石像の台座に手を突いた、その瞬間。
――バリバリバリバリィィィィィンッッッッ!!!!!
轟音と共に、石像から禍々しい「黒い稲妻」が放たれた。
女神の加護があるはずの昇の身体を、漆黒の電流が駆け巡る。
「ぎゃあああーーーーっ!!」
「闇の男神の残滓が、まだ像に残っていたようですね……」
「加護を貫通して、ダメージが通ってるわね。……死んではいないようだけど」
ミーエルとネリアが冷静に分析している中、何日ぶりかの痛みを感じ、昇は涙と泡を吹いてそのまま意識を失った。
次に目を覚ました時、昇は冷たい石造りの台の上に、大の字で張り付けにされていた。
黒焦げになっていた身体は元通りで、痛みも消えていた。
「うっ……ううっ……」
自分が置かれた異常な状況に、昇は静かに泣いた。
すると、暗闇の中からツカツカと足音を鳴らし、ネリアが丸眼鏡を光らせて現れた。
「起きたわね。テストができるのは、今日が最後の夜よ。頑張ってね、昇くん」
「も、もう勘弁してください……っ! お願いします、現世に帰してください……! お願いします……っ!!」
昇は張り付けにされたまま懇願した。
「安心して、死にはしないから。それじゃあ、最後の拷問――じゃなくて、テストを始めるわね。アザールでの最後の夜を、私と一緒に思いっきり楽しみましょ」
不気味に笑うネリアはヘッドホンのような物を、昇の耳に当てレバーを引いた。
「ギャーーー!!!」
頭が割れるような爆音を聞かされながら、夜が明けるまで昇の凄まじい絶叫が木霊し続けた。
【7日目】
帰還の日。
「――それでは昇様、そろそろお時間となります。いかがでしたでしょうか?」
ミーエルがいつもと変わらぬ笑顔で問いかける。
「……」
問われた昇の頬は限界までやつれ、その目の焦点は虚空を彷徨っている。
全身も小刻みにガタガタと震えて止まらない。
「もし現世に戻りたくない、異世界に残りたいというなら、このままアザールにいても構わないわよ? 昇くん」
不気味に眼鏡を光らせながら、ネリアが背後からそっと耳元で囁いた。
「ひっ……!!!」
その声を聞いた瞬間、昇は床に額を何度も叩きつけながら土下座を繰り返した。
「帰してくださいぃぃぃ!もう二度と異世界なんて言いません! 現世に帰してくださいぃぃぃぃぃ!!」
「ふふ、今度は是非、通常のツアーをお申込みくださいね。それでは、またのご利用を心よりお待ちしております」
ミーエルが案内旗を優しく振ると、土下座をして泣き叫ぶ昇の身体は、眩い光となって現世へと掻き消えていった。
「あーあ。せっかく良いおもちゃ――じゃなくて、良いテスターだったのに残念ねー」
「ネリアさん、それで、加護のデータはどうでしたか?」
「私たちに付与されてる『女神の加護』と比べて全然ダメね。維持コストが馬鹿みたいに高い割に、実用化には程遠いわ。しばらく一般提供は無理ね」
「そうですか……。この能力が完璧に付与できれば、皆様にアザールを安全に楽しんでいただけると思ったのですが……」
ミーエルは少しだけがっかりとした顔を浮かべた。
昇が現世の自室に戻ってから、しばらくの月日が流れた。
かつてあれほど溺愛していたネット掲示板を開いても、画面に『異世界転生』『無双チート』といった文字が視界に入るたび、昇の身体は激しく拒絶反応を起こしていた。
「ひぃっ!? い、異世界……! 頭が……頭が割れるっ……! ネリアさん……もう許して!!」
アザールでの記憶が鮮明にフラッシュバックし、「異世界アレルギー」になっていた。
だが、そんな昇には、新しく始めたことがあった。
「――はい、それでは今回の新薬の治験に関する説明は以上となります。昇さん、こちらの同意書にサインをお願いできますか?」
白衣を着た医師から書類を渡された昇は注意事項をくまなく読み、満面の笑みで答えた。
「いやー! 先生、ただベッドで寝て、ちょっと注射されて採血されるだけで、こんな大金が貰えるなんて最高じゃん! 治験マジ最高! 」
アザールで壮絶な耐久テストをした昇にとって、現世の治験は天国そのものだったのだ。
昇の目には、どこまでも虚ろな闇が宿っていたが。
そんな昇の様子を遠くから見て、ミーエルは微笑んでいた。
「うふふ。自分の体を張って、現世の医療の発展に尽くす……。立派な社会貢献ができるようになって、よかったですね昇様」
ミーエルは手帳を開くと、昇の名前の横に『マル印』を笑顔で書き込んだ。
手帳をパチンと閉じると、ミーエルはくるりとこちらを向き、いつもの笑顔を浮かべた。
「皆様、私が言うのも大変おこがましいのですが……世の中の『無料』という甘い言葉には、どうかくれぐれもお気をつけくださいね。
まだ先のお話にはなりますが、今回の『女神の加護』が実用化された暁には、皆様にもより安全にアザールをお楽しみいただけると思いますので、その時は是非、ご利用くださいね――
言うまでもありませんが、当社は一切の責任を負いかねますが。
それでは皆様、またのご利用を心よりお待ちしております」




