第10話 アザール観光が自信をもってオススメするイチ押し能力!女神の加護①
現世の大手旅行会社のカウンター。
平日の夕方、どこかで見覚えのある輝くような金髪の女性店員が、営業スマイルを浮かべて座っていた。
そこへ、ヨレヨレのジャージ姿にサンダル履きの若い男が、ドカドカと足音を荒くして近づいてきた。
男はカウンターに肘をつくと、店員を値踏みするように睨みつける。
「……あんた、アザール観光の人間だろ?」
店員はピクリとも表情を崩さず、むしろ嬉しそうに目を細めた。
「そうですが? よく分かりましたね」
「ネットの裏掲示板で見たんだよ。本物の異世界に連れてってくれる旅行会社があるって噂をな……。ずっと探し回ったんだ。おい、俺に付与能力で一番強いやつをつけて、アザールに連れてってくれ!」
男の名前は昇。
長年実家に寄生しているプライドだけが高い無職だった。
「……かしこまりました。それでは、まずはこちらの用紙に要望などをご記入ください」
差し出された申し込み用紙に、昇は汚い字で殴り書きしていく。
書きながら、ふと思いついたように顔を上げた。
「なぁ、これって異世界にそのまま残ることは出来ねえのか? 」
「あいにく、当社は移民や移住の斡旋は行っておりません。ですが、現地での行動はすべてお客様の『自己責任』ですので……ツアー最終日までに行方が分からなくなり、そのまま現世に戻られないお客様は、稀にいらっしゃいますね」
「そうか……! なるほどな……!」
昇の口元が醜く歪む。
(へっ、好都合だぜ! 異世界に行ったら最強能力で無双して、そのまま最終日までにバックレてやる! 誰がこんなクソみたいな現世に戻るかってんだ!)
「よし、これで頼む!」
昇は自信満々に用紙を突き戻した。
ミーエルは受け取った用紙の要望欄に目を落とす。
「ご要望、確かに拝見いたしました。……ところで昇様、こちらのツアー代金のお支払い方法はどのようにお考えですか?」
「……あ? チッ、うるせえな。親にあとで払わせるよ。請求書実家に送っとけ」
ミーエルは一瞬だけ、冷たい目を昇に向けたが、すぐに満面のビジネススマイルに戻った。
(……支払い能力のない20代の健康な無職男性ですか。ちょうどよさそうですね。)
「かしこまりました。それでは昇様、もし弊社にご協力いただけるのであれば、旅行代金が【無料】になるこちらの特別プランはいかがでしょうか?」
【ツアー名】アザール観光が自信をもってオススメするイチ押し能力!女神の加護
【お客様】昇様(25歳・無職)
【付与能力】女神の加護 ※サンプル版(物理・魔法ダメージ無効、状態異常無効、環境耐性・大 ※予定)
【ご要望】一番強力な能力をつけて、アザールに連れてってくれ!
【旅行日程】
1日目〜6日目:アザール観光がとっておきの現地アクティビティをご用意いたします。
(※ご協力いただけた場合、費用は弊社が全額負担いたします)
7日目:アザールから現世へ、現世解散。
「代金タダ!? 最高じゃん、それでいい! それにしろ!」
「ありがとうございます。それでは、こちらは能力の付与に関する誓約書と、ツアーについての免責事項となります。よろしければ、こちらの同意書にサインをお願いいたします」
昇は規約の細かい文字をろくに読みもせず、殴り書きで自筆のサインを叩きつけた。
「お手続き完了です。それでは昇様、どうぞ良い旅を!」
【1日目】
昇が目を開けると――そこは一切の光がない、不気味な暗闇の中だった。
「うおっ!? どこだここ!? 異世界って、普通は草原とか王宮スタートじゃないのかよ!?」
静まり返った闇の中に、ツカ、ツカ、ツカ、と硬い足音が響き渡った。
そして「丸眼鏡にそばかすの女性」が闇の中から青白い光に照らされながら現れた。
「ふっふっふっ。ようこそ異世界アザールへ、昇くん」
「あ、あんた誰だよ!? 噂だと案内人は金髪の女じゃなかったのか!?」
「私はアザール観光・顧客審査部のネリアよ。これからあんたには、現在開発中の能力『女神の加護』の耐久テストをやってもらうわ!」
「はぁ!? 耐久テストぉ!? 人体実験じゃねえか! そんなこと聞いてねえぞ!」
「ハァ? あんたが説明をちゃんと聞きもせず、同意書を1文字も読まないでサインしたからでしょうが! 自業自得よ。でも安心なさい、ちゃんと『とっておきのアクティビティ(過酷)』には連れてってあげるから!」
ネリアがパチンと指を鳴らした瞬間、昇の足元の床がガラガラと崩れ、底へと落ちていった。
「わあぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」
ドシンッッ!!! と凄まじい衝撃音が響き、頭を強打した昇はそのまま白目を剥いて気絶した。
暗闇から再度現れたネリアが、気絶した昇の身体をツンツンと小突く。
「ふむ……骨折も内出血もなし、外的ダメージは完全に無効化されてるわね。でも、落ちた衝撃そのものは脳にダイレクトに伝わって気絶した、と。衝撃の伝達率に関しては要チェックね……」
ネリアは手元のクリップボードに素早くメモを取った。
「よし、初日はこのまま寝かせてあげるわ。明日からが本番よ、楽しみね、昇くん」
眼鏡の奥の目をギラリと光らせ、ネリアは不気味な笑みを浮かべた。
【2日目】
「……う、うーん……ふぁぁ。いつの間にか寝てたか……」
昇が顔をしかめながら目を覚ますと、そこは巨大な古代闘技場の真ん中だった。
「……なんだよ、まだ夢の続きか……」
昇が再びゴロリと横になって目を閉じようとした、その時。
「夢じゃないわよ、昇くん!! 起きなさい! 今日は『斬撃』と『魔法』への耐性チェックよ!」
闘技場の観客席の上から、拡声器を持ったネリアが容赦なく怒声を浴びせてきた。
昇は跳び起きると、這うようにして壁際へと逃げ惑う。
「夢でいいじゃねえかよ! クソが、俺は人体実験なんてやらねえぞ! 現世に帰せ! 今すぐ帰せよ!!」
「無駄よ。帰還できるのは7日目なんだから、大人しく従いなさい。ほら、今日のテストのために、アザールで名を馳せる『剣士』と『魔法使い』を特別講師としてお呼びしたわよ!」
ネリアが指差したゲートの奥から二人の人物が現れた。
一人は、全身から凄まじい剣気を放つ、鋭い眼光の武士。
もう一人は、長い髭を蓄え、怪しげなルーンが刻まれたローブを纏った老魔法使い。
武士は腰の太刀に手をかけ、ネリアを見上げて尋ねた。
「ネリア殿、この者、本当に一切の手加減なしで斬り捨てても良いのだな?」
「いいわよー。どうせ死なないから、全力でいっちゃって!」
「承知」
武士の身体がブレた、と思った瞬間。
凄まじい風圧と共に、武士は目にも止まらぬ速さで昇との間合いを詰めていた。
キィィィィィン!!!
「ぎゃあああああっ!!」
昇の絶叫が響く。
しかし、武士の放った鋭い一閃が昇の首筋に直撃したものの、刀の刃は昇の皮膚を1ミリも裂くことができず、火花を散らすだけだった。
「……ん? 痛く、ない……?」
「ふむ、ならばこれはどうだ」
武士の猛攻が始まる。
袈裟斬り、胴切り、容赦のない刺突。
そのどれもが昇の身体に傷一つ付けられない。
「ハハハハ! なんだよこれ、全然余裕じゃん! 俺、マジで無敵の最強じゃねえか!」
調子に乗った昇が腰を抜かしたまま勝ち誇った、その瞬間。
「なるほど、ならばこの一撃を受けてみよ!」
武士が刀を上段に構え、力を込めて振り下ろした。
ドガァァァァァンッッ!!!!
刃は通らなかったが、昇の身体を文字通り地面へと叩き伏せた。
闘技場の石畳がバキバキに砕け散り、昇を中心に巨大なクレーターが出来上がる。
「ぐふっ……っ!?」
内臓へのダメージこそ無効化されているものの、脳を揺らす強烈な重力と衝撃に耐えきれず、昇は泡を吹いて再び気絶した。
「やっぱり外的負傷はゼロ。でも衝撃は防げないから脳震盪を起こす、と……メモメモ。ほら起きなさい、昇くん! 」
ネリアは外的ダメージがないことをいいことに、気絶している昇の脇腹をドカドカと蹴り飛ばして強制的に叩き起こした。
「う、うーん……はっ!? て、てめぇ! 人の身体で人体実験なんて人権侵害だろ! 」
「何言ってんの。あんた、同意書にサインしたでしょ? それに――ここは現世じゃなくて異世界のアザールよ! じゃあ次、魔法テストお願いねー」
ネリアが合図を送ると、ローブの老魔法使いが一歩前に出た。
「ほっほ、それでは小手調べに、基本的な魔法からいくかのぅ」
魔法使いが杖を掲げて呪文を唱えた瞬間、昇の頭上から、業火の炎、絶対零度の氷塊、そして轟音を立てる雷撃が次々と降り注いだ。
「ひいいいぃぃっ! 痛くないけど、めちゃくちゃ怖いぃぃぃ!!」
ダメージ自体は完全にシャットアウトされているが、五感を襲う視覚的・聴覚的恐怖は全く無効化されない。
昇は涙と鼻水を流して絶叫する。
「ふむ、ダメージは完全無効じゃな。では、次は『状態異常魔法』じゃ」
魔法使いが不気味な色をした様々な霧を放つ。
毒、麻痺、石化。
昇の身体は霧に包まれるが、「状態異常無効」によって完全に弾かれていた。
しかし、魔法使いが最後に不敵に微笑み、杖を優しく振った。
「――『スリープ(強制睡眠)』」
「ふぁぁ……むにゃむにゃ……」
昇はどさりとその場に倒れ、一瞬で深い眠りに落ちてしまった。
「あー、やっぱりね。毒や麻痺みたいな肉体的なバッドステータスは防げるけど、『脳への精神干渉』は防ぎきれないわけね……」
ネリアが満足げにファイルにチェックを入れる。
実験が一区切りつき、闘技場の真ん中で、武士と魔法使いが腕を組んでフゥとため息をついた。
「それにしてもネリア殿、最近の現世から来る人間というのは、どうしてこうも軟弱な者が多いのですかな?」
「本当じゃのう。わしらがこのアザールに呼ばれた時代は、着の身着のままで放り出され、何の説明もなかったからのう……」
「本当よねー」と、ネリアも深く同意して首を振る。
「私たちの時は死に物狂いでアザールに馴染んで、自力で力をつけて生き抜いてたものよね。まぁ、それも300年以上前の話だけどねー」
300年前に自力で這い上がってきた元・現世の人間たちは、すやすやと眠る現代の無職を見下ろしながら、楽しそうに昔話で笑い合うのだった。
アザール観光が自信を持ってオススメする、最強能力の『耐久テスト』。
昇の地獄のモニターツアー終了(現世帰還)まで、残り――あと5日。




