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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第8話 金と死と時間

 ヴィーレの朝陽が白銀の街並みを照らす頃、セナたちは活動拠点となる冒険者ギルドへと駆け込んでいた。


 大理石の床に金細工の窓枠。豪華なギルド内には、すでに多くの冒険者が集まっていたが、その視線はどこか冷ややかで、「金」の匂いに敏感だった。


「……すみません。今、受けられる依頼はありますか?」


 セナが受付の女性に尋ねると、彼女は三人の装備を眺めて鼻で笑った。


「推薦状のない新人さんなら……これくらいね。迷い猫の捜索よ」


「猫探しで銀貨5枚!? さすが物価が狂ってるな……」


 セナたちはその依頼書を握りしめ、早々にギルドの外へと踏み出した。


 ――だが、出口を塞ぐようにして、派手な集団が立ちはだかった。


 宝石を散りばめた杖を持つ青年。ヴィーレで二番目の権力を持つスクルト家の跡取り、ルシア・スクルトだ。


ルシアはセナを一瞥もせず、隣に立つリリアとアヤを舐めるように品定めした。


「ほう……。その女二人は、なかなかの掘り出し物だ。おい、そこのガキ、その二人を僕に売れ。一生遊んで暮らせるだけの金貨をくれてやるぞ」


 その言葉に、リリアがいち早く噛みついた。


「……悪いけど、あんたみたいな金の匂いしかしないおじさんに買われるくらいなら、野宿の方がマシだよ!」

「断る。貴殿のような男に預けられる命など持ち合わせていない。……失せろ、不快だ」


 アヤの氷のような一言に、ルシアの顔が真っ赤に沸騰する。


「……いいだろう。ならば、その傲慢な態度がいつまで続くか試してやる! やれ!」


 ルシアの号令と共に、取り巻きの影から魔力の黒い大蛇が這い出した。リリアが放った魔法は別の蛇に防がれ、アヤの一閃も増殖する蛇の物量に押し切られ、愛剣を弾き飛ばされる。


 セナは全神経を集中させて『刻術』を発動した。世界がモノクロに染まり、蛇の動きが鈍化する。だが、セナにはまだ蛇を仕留める決定打がない。


「……っ!?」


 術が切れた隙を突かれ、無数の蛇がセナの四肢を拘束し、宙へと吊り上げた。首に巻き付いた蛇が、意志を持ってギリギリと喉を締め上げる。


 視界が真っ赤に染まり、セナの意識は二度目の終焉を迎えた――。


「……次は、この小娘からだ」


 事切れたセナを一蹴し、ルシアがリリアの頬へ指を伸ばす。その指先が彼女の肌に触れる、その直前。


「――その汚い手で、触れるな」


 絶対的な拒絶の声が響いた。


 次の瞬間、ルシアの右腕が、肩から先、空間ごと消失した。


「ぎ、あ……あああああああああ!?」


 立ち上がったセナが、絶叫するルシアを見下ろす。駆け寄ろうとした取り巻きたちに対し、セナは指を鳴らした。


「……目障りだ」


 極限まで加速した『刻術』。魔術師たちの時間は一瞬で数十年分も早送りされ、彼らは悲鳴を上げる間もなく老いさらばえ、灰となって崩れ落ちた。


 セナは動けないルシアに歩み寄り、その足を、もう片方の腕を、逃げ場を奪うように一つずつ壊していく。


「……少しはマシになったかと思ったが、相変わらずだな」


 ふと、セナは自らの手を見つめ、不敵に口角を上げた。


「……ほう。俺が留まれる時間が、前よりも伸びているな。……まぁいい」


 ルシアに消えない恐怖を刻み込み、ギルド中の記憶を書き換える。


「これだけの人数を一度に書き換えるのは……この体ではやはり負担か」


 「俺」の意識が消え、セナに戻る間際、彼はアヤとリリアに向かって不敵に呟いた。


「……こいつも、少しは強くなったか? まぁなんだっていいが……『あそこまで』には間に合わせないと意味がないからな」


 その言葉と共に、セナの周囲の空間が激しく歪み、眩い光が発生した。霧散していた強大な魔力が渦を巻き、セナの胸元へと吸い込まれていく。


 静寂が戻ったギルドの前。


「……セナ?」


 リリアは、初めて目の当たりにした「別の誰か」の残影に、震える声で呟き、戸惑いを隠せない。


 対してアヤは、あの時戦った力はやはりセナの中に眠るものだったのだと確信し、その恐ろしいまでの敵意が自分たちに向けられていないことに、深く安堵の息を吐いた。


 意識を取り戻したとき、セナは膝をついていた。


「……はぁ、はぁ……今、何が……?」


 混乱する頭とは裏腹に、体中を巡る力が確かな感覚として残っていた。二度目の死と引き換えに、セナは魔力を自らの意志で制御する「魔力武装」の片鱗を、その身に刻み込んでいた。


 セナはフラフラと立ち上がり、手に握ったままの紙を見つめる。


「……あ、そうだ。……まずは、この猫を探さないと」


 つい数秒前まで惨劇の舞台だった場所で、セナは何事もなかったかのように、「猫探し」の依頼書を広げた。

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