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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第7話 物価の洗礼

 アステリアから数日。

ようやく辿り着いた黄金の街『ヴィーレ』は、これまでの旅の常識を根底から覆す場所だった。


「……何、ここ。全部、白金プラチナでできてるの?」


 リリアが呆然と呟く。

汚れ一つない大理石の舗装。街路樹は等間隔に整えられ、噴水からは清らかな水が音を立てている。行き交う人々は皆、宝石のような装飾品を身に纏い、優雅に談笑している。


 三人はまず、マルコの納品先である『ロベリオ商会』へと向かった。無事に荷を下ろしたマルコは、安堵の表情でセナたちに向き直り、革袋から金貨を取り出した。


「約束の報酬だ。……済まない、今の僕に払えるのはこれが限界だ」


 手渡されたのは、金貨五枚。この世界の貨幣価値は、十進法で定められている。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、さらにその上には白金貨が存在する。


「銀貨一枚あれば、普通の人間が丸一ヶ月は暮らせる」。それが大陸の常識だ。金貨五枚といえば、一般家庭が数年は遊んで暮らせるだけの大金のはずだった。


 だが、マルコは苦渋に満ちた顔で、通り沿いの露店を指差した。


「……見てくれ。あのパン、一個で銀貨一枚だ」


「はぁ!? パン一個で一ヶ月分の生活費!?」


 リリアが素っ頓狂な声を上げる。この街は世界中の富が集まりすぎて、価値観が狂っているのだ。


 マルコと再会を約束して別れた後、三人はギルドへ完了報告を済ませた。外に出ると、空はすでに琥珀色に染まっている。


「……散策は明日にしよう。今日はもう、限界だ」


 セナの言葉に、二人が力なく頷く。


 ようやく見つけた宿は、安い部類だったが、それでも夕食付きの宿泊費は目玉が飛び出るほどだった。食堂で、二人分のコース料理を三人で分け合って食べる。


「……あーあ。お腹、半分も膨らまなかったなぁ」


 リリアが空になった皿を見て溜息をつく。だが、空腹よりも先に、強烈な睡魔が襲ってきた。


 案内された部屋に入ると、そこには豪華なキングサイズのベッドが一つだけ置かれていた。三人は重い鎧を脱ぎ捨て、装備を外していく。アヤが躊躇いなく白銀の鎧を脱ぎ、軽装になった姿を見て、リリアがぱっと顔を輝かせた。


「……アヤさん、やっと私たちの前で鎧脱いでくれたんだ。なんだか、私たちを信じてくれたみたいで嬉しいな」


「……ああ。このパーティは、もう背中を預けられる場所だからな」


 アヤがわずかに微笑む。そんな二人のやり取りを横目に、セナは吸い込まれるようにベッドへ倒れ込んだ。三人は一つのベッドに川の字になり、泥のように眠りに落ちた。



 ……数時間後。深夜の尿意で、セナの意識がふらふらと覚醒した。寝ぼけ眼のままベッドを抜け出し、トイレだと思い込んでバスルームのドアを開ける。


「…………あ」


「――――ッ!?」


 そこには、一人で最後に入浴していたリリアの、湯気に濡れた裸体があった。一瞬の静寂。セナの脳が状況を理解するより早く、


「変態ぃぃぃぃぃ!!」


 リリアの絶叫と共に、凝縮された水塊が炸裂した。


至近距離で魔法を浴びたセナは、文字通り廊下まで豪快に吹き飛ばされ、壁に激突する。その凄まじい衝撃音に、アヤが「敵襲か!?」と、何故か上裸にサラシという無防備な姿で大剣を構えて飛び出してきた。


「セナ、リリア! 無事か! 何があった!」


 殺気走るアヤの気迫に、セナは鼻を押さえながら必死に手を振る。


「ま、待てアヤ! 違うんだ、これは……覗いてなんか……っていうか、アヤ、なんて格好してるんだよ!」


 露わになった白くしなやかな肩と、サラシに包まれた胸元のライン。普段の鉄壁の騎士からは想像もつかない姿に、セナは思わず目を剥く。


「見ないでセナの変態! 万死! 万死に値するよ!!」


 脱衣所から顔を出したリリアが、セナの視界を遮るようにタオルを巻きアヤとの間に割り込んだ。


「アヤも早く服着て! セナがこれ以上、変な目で見ちゃうから!」


「……? 敵ではないのか? ならば問題――」


 アヤが拍子抜けしたように剣を下げようとした、その時だった。リリアの視線が、セナの背後で止まった。


「……あ、あれ? セナ、後ろ……」


 セナが引き攣った顔で振り返る。そこには、先ほどの魔法の衝撃を物語るように、ピキピキッと明確な「ヒビ」が高級宿の壁に刻まれていた。三人は一瞬で沈黙した。パン一個で銀貨一枚。この街の異常な物価が、全員の脳裏を高速でよぎる。


「……この壁の修理費。金貨何枚、請求されると思う?」


セナが震えながら問いかけた


「……肯定したくはないが、我々の全財産を差し出しても足りないだろうな。……逃げるぞ」


 アヤが即座に、かつ冷徹な声で宣告する。リリアも青ざめながら、力強く頷いた。


 最強のパーティを目指す三人の絆が、皮肉にも「逃亡の決意」によって一つにまとまった夜だった。


お読みいただきありがとうございます!

今回は少しご褒美回を入れてみました!

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