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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第5話 『生存』の試験

 翌朝。ギルド裏の訓練場には、張り詰めた沈黙が流れていた。


 アヤは木剣ではなく、自身の愛剣――抜き身の真剣を静かに構えている。


「魔法の訓練ではない。これは『生存』の試験だ」


 アヤから放たれる、本物の殺気。死線をくぐり、一度は「死」を経験した者特有の冷たい圧が、セナとリリアを射抜く。


 リリアはセナの隣でその気迫に気圧され、言葉を失っていた。止めるべきだと分かっているが、アヤの瞳に宿る「ある種の覚悟」が、彼女の足を一歩も動かせない。


「……ッ、来い!!」


 アヤが踏み込む。最速の一太刀。


 セナは包帯で幾重にも巻かれた左手を前に突き出し、指を弾いた。


 パチン。


 乾いた音が響くたび、セナの左手の包帯からは赤黒い血が滲み、白い布を汚していく。


(止まれ、止まれ……! 届かせるな!!)


 セナは必死にアヤの剣先を見つめ、術を繰り返す。

 しかし、アヤは驚愕していた。


 斬り伏せるつもりはない。だが、本来なら数合で終わるはずの模擬戦。なぜか、自分の体が泥沼に沈んだように重いのだ。


(……動きが、鈍い? 違う、空間が私を拒んでいるのか!?)


 セナ自身は気づいていない。彼はアヤの剣だけではなく、無意識にアヤの肉体そのものに刻術を纏わせ、彼女の時間をコンマ数秒ずつ、幾層にも重ねて奪い取っていた。アヤからすれば、自分を囲む空気そのものが凝固し、まとわりついてくるような異常な感覚。


「ハァッ、ハァッ……!!」


 セナの限界は近かった。魔力を絞り出すたびに脳が焼けるように痛み、ついに膝が折れる。


 アヤの剣先が、セナの喉元数センチのところでぴたりと止まった。


 その刹那だった。


 荒い息を吐くセナの瞳が、一瞬だけ、底知れない闇のように黒く濁った。


「――ッ!?」


 アヤは本能的に一歩飛び退き、再び剣を正眼に構えた。


 セナの背後に、あの地獄で見た「死神」の残影が、揺らめく陽炎のように重なって見えた気がしたのだ。だが、アヤが瞬きをした時には、そこにはただ疲れ果てた15歳の少年がいるだけだった。


「……そこまでだ」


 アヤは剣を鞘に収めた。その手は、先ほどの「何か」への戦慄で微かに震えている。


 膝をつき、血の滲んだ左手を押さえて荒い息を吐くセナ。アヤはそのボロボロの包帯を見下ろし、かつて幼い頃に一度だけ目にした少年の面影を重ねていた。


「……死にたくなければ、その痛みを忘れるな」


 アヤは一歩踏み出し、膝をつくセナの目線に合わせて腰を落とした。そして、震える少年の肩を、逃がさないように強く、力強く掴む。


「……強くなったな、セナ。昨日までの努力、無駄ではなかったようだな」


 アヤはわずかに口角を上げると、それ以上は何も語らずに立ち上がった。


 セナには分からない。なぜ彼女が、自分の「昨日までの努力」だけでなく、まるで「もっと昔からの成長」までも肯定するような眼差しを向けたのか。


「セナ……!」


 弾かれたようにリリアが駆け寄り、セナを強く抱きしめる。


 リリアはセナを支えながら、去りゆくアヤの背中をじっと見つめた。その瞳には、恐怖ではなく、セナの仲間として見合うだけの強さを手に入れようという、静かな、だが鋼のような決意が宿っていた。


(……ようやく、この時が来たか。見届けさせてもらうぞ、セナ)


 去りゆくアヤの背中は、昨日までのような冷徹な監視者のものではなく、一人の仲間としての確かな温かさを帯びていた。

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