第3話 再起動(リブート)
「……はっ!?」
セナは、硬い救護室のベッドの上で跳ねるように飛び起きた。
視界が激しく揺れる。全身を突き抜けるような悪寒と、左胸を直接掴まれているような鋭い痛みに、思わず呻き声を漏らした。
「セナ……! よかった、目が覚めたんだね……っ」
隣から聞こえたのは、震えるリリアの声だった。
目を開けると、そこは冒険者ギルドの救護室。リリアとアヤがいたが、二人とも顔色は青白く、その瞳には色がなかった。
「リリア、アヤさん……? あ、あ……よかった、生きてる……生きてるんだね……!」
セナは混乱しながら、泣きそうになりながら二人の無事を確かめる。
「……ええ。でも、あんなの……夢じゃないよね。私の首、確かにあの化け物に掴まれて……」
リリアが自分の首を両手でさする。そこには指の跡一つ残っていない。だが、骨が砕けるあの嫌な音と、視界が暗転した瞬間の絶望は、今も彼女の心に冷たい棘を突き立てている。明るかった彼女の指先は、小刻みに揺れていた。
「救助隊の話では、ダンジョンの入り口で三人とも重なり合って倒れていたそうだ。……だが、おかしい」
部屋の隅で大剣を抱えるように座っていたアヤが、重い口を開いた。
「私たちは確かに、あの奥で殺された。私は体を裂かれ、リリアも首を……。だが、今の私たちの体に傷一つない。……セナ、お前、最後にあそこで何を見た」
アヤの瞳には、以前のような冷たさではなく、正体のわからないものへの「警戒」と「畏怖」が宿っていた。
死の間際、視界の端で見た漆黒の瞳。空間を食い潰したあの理不尽な力。彼女はそれを見間違いだと思おうとしたが、セナの胸を見て言葉を失った。
「……う、あ……何、これ……」
セナが肌着をめくると、心臓を貫かれた場所を中心に、まるで黒い鎖が肌に食い込んだような、禍々しい『死神の呪印』が刻まれていた。今のところ痛み以外の害はないようだが、その存在感は不気味そのものだ。
「分からない……本当に、何が起きたのか……」
セナは、胸の痣を震える手で押さえた。
アヤはそんなセナを鋭い目で見つめたまま、内心の葛藤を押し殺していた。
(……死に際、私はこいつの変貌を見た。だが、こうして私たちが生きているのも、こいつが何かをしたからではないのか。騎士として、命を救われた恩義を忘れるわけにはいかない。……だが、もしこれが人にあるまじき禁忌の力だというのなら、その時は……)
「セナ、アヤさん……。あはは、変なの。私、最強になるって言ったばっかりなのに、腰が抜けちゃって。……でも、生きてるなら、またやり直せるよね?」
リリアが震える手で無理やり笑顔を作り、セナの顔を覗き込む。その健気さが、セナの心をさらに切り刻んだ。
その日の夜。
セナは一人、ギルドの裏手にある誰もいない訓練場に立っていた。
胸の呪印が鼓動に合わせてズキズキと重く脈打つが、構わず右手を前方へ突き出す。
「『刻』よ……! 止まれッ!!」
乾いた指パッチンの音が夜の静寂に響く。
標的として置いた木の人形。その周囲、わずか数センチの空間が一瞬だけ歪み、静止する。……だが、それだけだ。瞬きをする間もなく、人形は再び何事もなかったかのようにそこに佇んでいる。
「……っ、ハァッ、ハァッ……!」
何度も、何度も指を鳴らす。
指先は摩擦で赤く腫れ、魔力を絞り出すたびに脳を焼かれるような激痛が走る。
魔法の才があるわけでも、派手な攻撃ができるわけでもない。
自分の誇っていた『刻術』は、死神の鎌が仲間を屠るコンマ数秒の間、ただ呆然と「死の瞬間」をスローモーションで眺める時間を与えてくれただけだった。
「……あんなの、もう嫌だ。」
わけのわからない力で「生かされた」自分を許せない。その屈辱と無力感が、胸の呪印よりも熱く、鋭くセナの心を抉っていた。
心臓を貫かれた時の冷たさを思い出すたび、震える右手に左手を添えて固定する。
「止まれ……止まってくれ……ッ!!」
今はまだ、コンマ数秒しか止められない地味な魔法。
だが、あんな地獄を二度と繰り返さないために。自分の意志で、今度こそ仲間の命を守り切るために。
月明かりの下、少年の終わりなき指を弾く音が、夜が明けるまで響き続けた。
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