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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第21話 異空間の扉と地獄の夢

 まばゆい光の粒子を散らしていた矢が完全に消え去るのを見届け、セナはまず、ベランダの窓を閉めてカーテンをぴっちりと引いた。


 部屋の中には、まだ裏ギルドの圧倒的な実力に対する張り詰めた空気が漂っている。アヤもリリアも、そして自分の家がマークされたエルナも、知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっていた。


「よし、明日は気を引き締めていこう!」


 セナがぽんと手を叩き、少し大きめの声でそう告げると、三人はハッとしたようにセナを見た。


「セナ……そうね、私たちが今から怯えてどうするのよ!」


 リリアがふっと表情を緩め、エルナも胸に手を当てて小さく安堵の息を漏らす。アヤも深く息を吐きながら、いつもの冷静な瞳に戻って頷いた。


「そうですね。相手がどれほどの手練れだろうと、やるべきことは変わりません」


 セナが自ら緊張の糸を解いたことで、部屋の空気は一気に前向きな士気へと変わっていった。


 ――その夜。セナは酷く奇妙な夢を見た。


 視界のすべてが、赤黒い火の海に包まれている。


 見たことも、行ったこともない、知らない異国の街。そこへ、上空から嵐のような質量で無数の魔法が降り注ぎ、建物が次々と爆音をあげて崩壊していく。まるで、世界の終わりを描いた地獄そのものの光景だった。


 熱風と悲鳴が渦巻く中、セナが思わず一度だけ、強く瞬きをした瞬間――。


 目の前に、突故として『黒い翼を持った何か』が姿を現した。


 それはセナのすぐ目の前で、何かを必死に訴えかけるように口を動かしている。けれど、どれだけ耳を澄ませても、セナの耳には音の一切が届かない。


「……っ!」


 ハッと息を呑んで跳ね起きると、そこはトルク家の静かな客室だった。


 背中にはべっとりと冷や汗が張り付いている。窓の外を見やると、夜明け前の一番深い闇が広がっており、まだ辺りは暗かった。


 あまりよくは覚えてはいないがただの悪夢、のだった気がする。まだ寝ぼけているせいだろうか。視界の端で、部屋の輪郭がぐにゃりと歪んでいるように見えた。それはセナが、『刻術』を酷使した時に感じる、空間がねじ切れるような不気味な感覚と酷く似ていた。


 セナは深く息を吐き出し、呼吸を整える。


 歪んで見えた景色を振り払うように、もう一度ベッドへ深く身体を沈め、静かに目を閉じた。


 ――そして、迎えた裏ギルド潜入当日の夜。


 セナ、アヤ、リリア、そしてエルナの四人は、約束通りトルク家の頑丈な鉄門の前に立っていた。


 周囲に人影はなく、夜風が冷たく通り抜けていく。しかし、指定された「夜」になってしばらく経つが、肝心のワディの姿はどこにもなかった。


「もう、ワディのやつ遅いじゃない」


 リリアが退屈そうに地面の小石を蹴りながら、呆れたような愚痴をこぼした。


「前回もだけどさ、時間を指定してくれないと分かんないじゃんね。夜だけだと、いつまでここで待ってればいいのよ」


「まあ、そう言うなよ。彼なりの隠密行動かもしれないし……」


 セナが苦笑交じりになだめようとした、その時だった。


「お待たせ。じゃあ、向かおうか」


 背後の闇から、何の足音も気配もなく、ワディがひょっこりと姿を現した。アヤがわずかに肩を震わせ、即座に警戒の視線を走らせる。ワディはいつもの人当たりの良い笑みを浮かべたまま、セナたち四人を促してルフニカの夜の街へと歩き出した。


 案内された先は、大通りの路地をいくつか曲がった先にある、ごく普通の住宅街だった。


「……ここ?」


 リリアが怪訝そうに声をあげる。エルナも自分の見知った街並みの中に、そんな怪しい場所があっただろうかと周囲を見回した。


「ここで良いかな」


 ワディが立ち止まったのは、どこにでもある『ただの一軒の民家』の前だった。二階の窓からは、ごく一般的な家庭の、暖かみのあるオレンジ色の明かりすら漏れている。


 裏ギルドのアジトとは到底思えない光景に、アヤやエルナたちが首を傾げる中、ワディは楽しげに口元を歪めると、その民家の木製のドアへとそっと片手をかざした。


刹那、ドアの表面に目に見えない魔力の波紋が、静かに走る。


 カチャリ。


 ワディがノブを回し、ゆっくりとドアを開け放った。


 ――次の瞬間、セナたちの目の前に広がったのは、外から見えていた狭い玄関や家庭的な内装などでは、断じてなかった。


 そこに広がっていたのは、どこまでも天井が高く、無数の蝋燭の炎が怪しく揺らめく、広大で薄暗い『ギルドの集会所』だった。


完全に空間そのものが別の場所へと繋がっている――。


言葉を失って立ち尽くすセナたち四人を振り返り、ワディは両手を大げさに広げ、底の知れない笑みを深めてみせた。


「ようこそ! 裏ギルドへ!」

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