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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第17話 暗がりのコインと裏の顔

 お父様の重い言葉が消えた後、応接間には砂を噛むような沈黙が流れた。


 かつてルフニカの頂点に立ち、民から絶大な支持を得ていた前王が、王としての威厳をすべて剥ぎ取られ、ただの老人のように怯え、泣きじゃくりながら連行されていった――。


 そのあまりにも無残で不気味な光景は、聞き手であるセナたちの胸に、冷たい違和感とざらついた怒りを残した。


 そこへ、コンコンと控えめなノックの音が響き、先ほどの使用人が静かに入室してきた。


「失礼いたします。――ヴァルター様、例の帳簿の件ですが、いかがいたしましょうか」


「ああ、それなら後で私が確認する。今は下がってくれ」


 お父様が静かに応じたその瞬間、それまで不自然なほど背筋を伸ばして硬直していたアヤが、弾かれたように顔を上げた。


「……ヴァルター……? まさか、かつて前王様の元で国家財政を建て直し、その智謀から『王国の頭脳』とまで称えられた、あの大商人ヴァルター卿ですか……!?」


 アヤの驚愕に満ちた声に、お父様――ヴァルターは、少し困ったように、しかしどこか懐かしむようにふっと目を細めた。


「おや。随分と腕の立つ剣士とお見受けするが……よく知ってくれているね。新王の世になってからは、ただのしがない老いぼれ商人さ」


 エルナのパパが、まさかそこまでの大物だったとは。リリアが大いに驚く中、セナはヴァルターの理知的な眼差しを見据えたまま、静かに問いかける。


「ヴァルターさん。……前王様が連行されたあと、この街はどう変わったんだ? ただ税が重くなっただけじゃないんだろう? 」


 セナのその問いに、ヴァルターはしばらく彼をじっと見つめていたが、やがて深く、重い息を吐き出して、ふっと口元を緩めた。


「ハハ……。流石はエルナを救ってくれた冒険者だ。街の異変に気づいているね。……そう、あの方はただ恐怖で泣きじゃくっていたわけではなかったんだよ」


 ヴァルターは上着のポケットから、古びた一枚の硬貨を取り出し、ローテーブルの上へと滑らせた。カラン、と寂しい音が響く。


「それは……新王様の硬貨ではないですね?」


 アヤが、ようやく少し落ち着きを取り戻して視線を落とした。


「そうだ。これは前王様の時代に作られた硬貨だ。……あの夜、兵たちに無残に引きずられていく前王様が、私の目の前を通り過ぎる瞬間、震える手で石畳に落としていったものだよ」


 ヴァルターは指先で硬貨の表面を指し示す。そこには、針の先で突いたような小さな傷が三つ、三角形を形作るように打たれていた。


「これはね、我々商人なら誰もが知る隠語、一種のサインなんだ。通常、この『三角形の点』は……【ここには信頼できる仲間がいる】、あるいは【ここは安全だ】という意味を持つ」


「安全……?」


 リリアが首を傾げる。連行される絶望的な状況で「安全」というサインを残すのは、あまりにも矛盾している。

「だが、よく見てごらん」


 ヴァルターが促し、セナが硬貨を手に取って光に透かした。


 三角形の点を貫くように、不器用な、しかし深い『一本の縦線』が刻み込まれていた。引きずられる間際に、前王が石か何かで必死に引っ掻いたような、執念の跡。


「……商人の世界では、サインに縦線が入ると、その意味は『真逆』になる」


 ヴァルターの言葉に、エルナが息を呑んだ。


「逆って、じゃあ……」


「【信頼していた者に裏切られた】。そして、【ここは完全に敵の支配下にある】……。前王様は、泣きじゃくりながらも、このルフニカが何者かに根底から乗っ取られたことを、命がけで私に伝えてくれたのだよ」


 ヴァルターは立ち上がり、夕闇に完全に呑まれ、冷酷な光を放ち始めた窓の外の王城を見つめた。


「この街には、表の商人では決して触れられない『裏の顔』……通称、『裏ギルド』と呼ばれる組織がある。今の新王は元々、その闇の世界を牛耳っていた人間なのだ」


「なぜ、ヴァルターさんがそこまで知っているの?」


 セナの問いに、ヴァルターは静かに、しかし商人のトップとしての矜持を滲ませて微笑んだ。


「驚くことはないさ。商人の情報網というのは、君たちが思っている以上に広い。表の流通だけでなく、裏の金の流れまで掴んでこそ、一流の商人だからね。新王の出自も、彼が敷いたあの不可解な『法』の狙いも、すべては繋がっている」


 そこまで言うと、ヴァルターは硬貨を再び手元に戻し、机の引き出しに仕舞い込んだ。


「だが、話はここまでだ」


 その表情は、知的な大商人から娘を案じる父親のものへと戻っていた。


「これ以上は危険すぎる。新王の正体を知る者が集まる『裏ギルド』という場所もあるが、そこは命の保証がない無法地帯だ。私は顔が割れているから動けないし、君たちのような命の恩人を、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。……エルナ、ルフニカのことは諦めなさい。セナ君たちも、明日にはこの街を出るんだ」


 冷たく突き放すような、しかし優しさに満ちた制止。


 だが、セナは迷うことなく、その言葉を遮るように立ち上がった。


「……いや。そこに行けば、前王様がどこへ連れて行かれたのか、何が起きているのかが分かるんだな」


「セナ君! 本気か!? 相手は街そのものを乗っ取った化物だぞ」


「パパ」


 ヴァルターの焦る声を、エルナの静かな決意が止めた。エルナはセナの隣に並び、強く拳を握りしめていた。


「私、逃げたくない。私が新王の法に騙されたのが、前王様を慕って、あの時代の誠実な商売を信じ続けていたからだっていうなら……。その想いを弱点として喰らう不条理な仕組みを、私は絶対に許さない。私たちがその裏ギルドへ行くわ」


 娘の、見たこともないほど力強い眼差しに、ヴァルターは絶句した。


 セナの瞳の奥にも、静かに、しかし人智を超えた「刻術」の進化を予感させるような、底知れない光が宿っている。

 ヴァルターは若者たちの顔を見比べ、やがて降参したように苦笑して肩を落とした。


「……本当に、強い目をしているな。分かったよ。止められないなら、せめて商人の意地として、裏ギルドの案内人と話をつけておこう。……娘を、よろしく頼む」


 こうして、一行の次なる目的地は、ルフニカの深淵――『裏ギルド』へと決まった。


 話がまとまり、応接間を出るためにセナが歩き出す。

 その背中を追うアヤは、周囲のシリアスな空気を利用して、必死に自分を鼓舞していた。


(よし、重大な任務だ。これで朝の失態は完全に上書きされたはず……!)


 ふと、前を歩くセナが「とりあえず宿に戻って、作戦を立てようか」と自然に振り返り、目が合った。


「……っ!!」


 ガタガタ、とアヤの全身が不自然に硬直する。やはり全く上書きされていなかった。顔が見られない。


 アヤは耳まで真っ赤にして、ロボットのようにカチコチのまま足早に去っていった。


 セナはその背中を見送りながら、「やっぱり、まだ怒ってるのかな……」と、自分の圧倒的な治癒力でとっくに消え去った頬の跡を、不思議そうになぞるのだった。


お読みいただきありがとうございます!

お話書くのは大変ではありますが楽しいですね!

応援よろしくです!

あとやってみたかったのでやります!

ここで現在のルフニカでの現時点での登場人物を紹介します!

セナ:主人公

リリア:セナの幼馴染

アヤ:セナの仲間(元騎士)

エルナ・トルク:大商人の娘

ヴァルター・トルク:エルナの父親(伝説の大商人)

前王(名前不明、行方不明):新王に連行された先代の王

新王(名前不明):『裏ギルド』の元トップ/現在の王

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