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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第16話 再会、そして偽りの終焉

ルフニカの街の喧騒から少し離れた高級住宅街。その一角に、エルナの実家である豪邸はあった。


かつてはルフニカの至宝とまで称されたその屋敷は、今もその壮麗さを保ってはいたが、どこか生気を失っていた。手入れの届かない庭園には雑草が混じり、かつては何十人もいたはずの使用人の姿は、数えるほどしかない。


一行が門をくぐると、数少ない使用人が「お嬢様……! お嬢様ですか!?」と声を震わせ、涙を流して出迎えた。


「……ただいま。パパは、書斎?」


エルナの問いに使用人が頷く。広い廊下に自分たちの足音だけが空虚に響く中、一行は屋敷の奥へと案内された。


その道中、セナは自分の左頬を指先でなぞっていた。


(……今朝はあれほどヒリヒリしていたのに)


朝、宿を出る時にはリリアに「見事な手形」と揶揄されるほど残っていた赤みが、今はもう、跡形もなく消えている。痛みすら引いていた。セナの身体に馴染み始めた刻術が、彼の細胞の時間を加速させ、人智を超えた速度で傷を治癒させてしまったのだ。


セナは「やっぱり寝ぼけてたのかな」と首を傾げるが、隣を歩くアヤは、そんなセナと視線が合うのを恐れるように不自然なほど背筋をピンと伸ばし、壁に飾られた絵画を親の仇のように凝視して、一言も発さない。その硬直ぶりは、誰が見ても何かがあったと物語っていたが、セナが触れられないほど彼女の周囲の空気は張り詰めていた。


やがて、重厚な扉が開かれた。


書斎の机で、山積みの帳簿を前に頭を抱えていた一人の紳士が顔を上げる。


「……パパ……ただいま」


エルナの声に、お父様は眼鏡を落としそうになりながら立ち上がった。


「……ああ、エルナ。よく、帰ってきたな」


その短い一言に、娘の行方を案じ続けていた父の苦悩と安堵のすべてが詰まっていた。エルナはお父様の胸に飛び込み、しばし親子の再会を噛みしめる。


やがて落ち着きを取り戻した一行は、応接間へと移動した。お父様は三人の前に立ち、一人一人の目を真っ直ぐに見つめ、深く頭を下げた。


「……未熟な娘を絶望の縁から救ってくれたこと、一人の父として、そして商人として、心より感謝する」


温かい茶が運ばれてきたところで、エルナが重い口を開いた。


「ごめんなさい、パパ。私、新王様にやられちゃったの。商人として大成するって言ったのに、あの不条理な仕組みに嵌められて、全部奪われて……」


悔しさに声を震わせる娘を、お父様は悲しげな目で見つめ、静かに首を振った。


「……エルナ。お前が騙されたのは、お前の商才が足りなかったからじゃない。お前が、前王様が守ってきた誠実な商売を信じていたからだ。」


その言葉に、エルナが顔を上げる。


「今の王が作った法は、真面目に汗を流す商人ほど真っ先に足元を掬われ、すべてを吸い取られるように巧妙に設計されている。お前のように相手を信じることから始める者は、今の王にとっては格好の餌食なのだよ。それはお前一人の問題ではなく、この街からかつての良心を根絶やしにするための、巨大な罠なのだ」


お父様は立ち上がり、夕闇に沈み始めた窓の外、遠くにそびえる王城を見つめた。


「私はあの日、城の近くにいた。……前王様が、今の王の兵たちに囲まれて連行されるところを、この目で見たんだ」


お父様の背中が、わずかに震える。


「……だが、あの日私が見たのは、王としての威厳をすべて剥ぎ取られ、ただの老人のように怯え、連行される前王様の姿だった。……あの恐怖に満ちた瞳を、私は一生忘れられない」


ルフニカを覆う影の正体。その核心に触れるお父様の言葉が、静まり返った応接間に重く響き渡った。

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