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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第15話 残響の夜、頬に刻まれた勲章

 圧倒的な力を見せつけられた兵士たちは、仲間を担ぎ上げ、這走するようにして夜の闇へ逃げ去っていった。


「……もう関わらないでくれ! 頼むから!」


 助けたはずの町人も、呪詛のような言葉を吐き捨てて自宅へと駆け込んでいく。静まり返った石畳の上に、セナたちはただ立ち尽くしていた。


「……帰りましょう。これ以上ここにいても、彼らを追い詰めるだけです」


 アヤの沈痛な声に促され、一行は重い足取りで宿へと戻った。


 宿の部屋には、気まずい沈黙が流れていた。


 アヤは「監視」という名目でセナと同じ部屋のベッドに入ったが、背中を向けたまま一言も発しない。セナもまた、町人の拒絶と、自身の刻術の奇妙な進化について考え込みながら、いつの間にか深い眠りに落ちていた。


 ――異変が起きたのは、深夜だった。


「……ん……」


 アヤが目を覚ました。


 なんだか体が重い。それに、いつもよりずっと温かい。


(……私、リリアと寝ていたかしら……?)


 寝ぼけ眼をこすりながら、腕の中に収まっている「塊」を愛おしげに抱きしめ直す。だが、その感触はリリアよりもずっと固く、そして何より、自分の顔のすぐ近くから聞こえる吐息が、あまりに低い。


 アヤの意識が、急速に氷水を浴びせられたように覚醒した。


 恐る恐る目線を下ろす。


 そこには、自分の寝相の悪さゆえに隣のベッドから転がり落ち、あろうことかセナを抱き枕のようにガッチリとホールドしている自分の姿があった。


 そして。


「…………っ!!」


 セナはといえば、アヤの腕の中で完全に熟睡していた。


 無防備にもほどがある。彼はアヤの胸元に顔を深く埋めたまま、規則正しい寝息を立てている。スヤスヤと、実にかわいらしく。


(な、な、な……っ!?)


 アヤの顔が、一瞬で沸騰したかのように真っ赤に染まった。


 状況を整理する。自分が転がっていった。自分が抱き込んだ。セナはただ、寝ていただけだ。


 だが、理屈ではない。この「かつてない屈辱」と「恥ずかしさ」を、どこへぶつければいいのか。


「この……破廉恥男ーーーーーーッ!!」


 夜のルフニカに、軍兵の怒号よりも凄まじい絶叫と、乾いた「打撃音」が響き渡った。


 セナは、自分がなぜ殴られたのかも分からぬまま、意識を刈り取られるような衝撃で夢の続きへと強制送還された。


 翌朝。


 宿のロビーに降りてきたセナの左頬には、芸術的なまでに鮮やかな五本指の「赤い手形」が刻まれていた。


「……おはよう、セナ。……って、うわあ」


 リリアがセナの顔を見るなり、露骨に一歩引いた。


「セナ。……前のは事故だって信じてあげたかったけど、それは流石に、弁解の余地がないんじゃないかな?」

 リリアの冷ややかなジト目が、何も覚えていないセナを刺す。


「いや、本当に記憶がないんだ……。気づいたら世界が回ってて……」


「黙りなさい! 貴方の存在自体が罪です!」


 横で顔を真っ赤にしているアヤが、今にも二撃目を放ちそうな勢いで剣の柄を握りしめている。

 

 そんな修羅場の中、一人深刻な表情で階段を下りてきたのはエルナだった。彼女は赤い手形のついたセナを見て一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに表情を引き締め、一行を見据えた。


「……私、決めたよ。パパに会いに行く」


 その瞳には、昨日の怯えだけではない、強い決意が宿っていた。


「パパなら……商人のギルドの繋がりで、今の王様が何を企んでいるのか、前の王様がどうなったのか……何か知っているかもしれない。……案内するね。私の家、ここからすぐだから」


 セナはヒリヒリと痛む頬を抑えながら、力強く頷いた。


「……わかった。行こう、エルナ」


 赤い手形の残る「無自覚な覗き魔(?)」と、顔を真っ赤にした「鉄壁の元騎士」、そして呆れ顔の「魔法使い」。


 一行は、ルフニカの闇の深部へと切り込むべく、エルナの実家へと向けて歩き出した。

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