第14話 報われぬ救済
冒険者ギルドで受け取ったばかりの「銀貨5枚」は、宿のカウンターであっけなくその輝きを失った。
「一晩、二部屋で銀貨一枚になります。……こちらが納税分です」
宿の主人が提示した金額に対し、横に控えていた役人が、感情の失せた手つきで淡々と銀貨を仕分ける。
「はい、確かに」
役人は一度も顔を上げず、事務的な所作で金を懐へ入れた。そこには、奪う罪悪感も同情もない。ただ「法」という名の機械が作動しているだけだった。
「……ねえ、エルナ。今日は実家に帰らなくていいの?」
リリアの問いに、エルナは力なく首を振った。
「……商人として大成するって言って、パパに送り出してもらったのに。結局騙されて、全部失って……そんな情けない今の私をパパが見たら……」
俯く彼女の肩を、リリアが優しく支える。今はまだ、父に合わせる顔がない。その小さな背中を、リリアが優しく支えるように歩き出した。
案内された部屋は二部屋、ベッドは各二つ。
「あら。じゃあ、部屋は男女で分かれるとして……一人余っちゃうね」
リリアが困った顔で首を傾げた。
「じゃあ、私、セナの部屋に行くよ! 護衛だし、近くにいた方が安心だもん」
リリアがパッと顔を輝かせると、アヤが音速で割って入った。
「待ちなさいリリア! 貴方は忘れたのですか? ヴィーレでこの男に覗かれたことを! こんな危険人物と同じ部屋にするなど、元騎士として許可できません!」
「もう! あれは事故だって言ってるでしょ! アヤさんこそ、そうやって理由をつけてセナを独り占めしたいだけでしょ!」
「なっ、独り占め……!? 違います、これは純粋な危機管理の問題です!」
真っ赤になって反論するアヤと、ぷくーっと頬を膨らませるリリア。呆れ果てたセナをよそに、二人の「楽しい喧嘩」はしばらく続き、結局「監視」という名目でアヤがセナと同室に決まった。
少しだけ和んだ空気の中で、遅めの夕食を摂っていた時だった。外から、夜の静寂を切り裂くような怒号と悲鳴が響いた。
「助けてくれ! 金は、金はさっき払ったはずだ!」
「納税が一日遅れたのだ。その分は『命』で払ってもらう。王命に従えぬ者は、この街に必要ない!」
窓の外、軍の兵士が町人に剣を振り上げている。それを見た瞬間、セナは席を蹴った。
「行くよ、二人とも!」
宿の外へ飛び出したセナの瞳に、鋭い刻術の光が宿る。兵士の剣が町人の首筋に届く寸前、セナがその場に踏み込んだ。
「お前たちの王は、ただの強盗か?」
「なんだテメェ……反逆者か! やれッ!」
三人の兵士が同時にセナへ躍りかかる。だが、セナが指先を弾いた瞬間、世界から音が消えた。
――刻術。
兵士たちの動きが極限まで引き伸ばされ、空間に固定された像のように静止する。
(……また、伸びてる)
セナは、自身の感覚が「静止した世界」の中に長く留まれるようになっていることに気づく。ヴィーレにいた頃よりも、時の隙間が明らかに広く、深くなっている。その感覚に一瞬の戸惑いを覚えながらも、セナは止まった剣筋の間を、羽毛のように軽やかにすり抜けた。
一人目の顎に掌打を叩き込み、二人目の膝を蹴り抜く。三人目の背後に回り込んだ瞬間、セナは術を解いた。
「ガハッ……!?」
「あぎゃあ!」
時間が正常に戻った刹那、兵士たちは何が起きたか理解できぬまま、全方位へ吹き飛び石畳に叩きつけられた。
「逃がさないよ! ……『光の檻 (ライトバインド)』!」
リリアの放った魔力が残りの兵士の足を縛り、アヤがその武器を次々と叩き折る。エルナもまた、恐怖を押し殺して兵士の注意を逸らすべく石を投げ、背後から懸命に加勢した。
一瞬で決着はついた。セナは呼吸を整えながら、自分の掌を見つめる。明らかに刻術の「精度」が上がっている。だが、その感慨に浸る時間はなかった。
「……もう大丈夫だ。立てるか?」
セナは町人に手を貸そうとした。だが――。
「……なんてことを、してくれたんだ……!」
町人はセナの手を振り払い、絶望に染まった瞳で叫んだ。
「兵隊を傷つけたりして……明日から、僕らはどうすればいいんだ……! 家族も、隣人も……みんな連れて行かれる。どうすれば……明日から、どうやって生きていけばいいんだッ!!」
救ったはずの民からの、悲痛な拒絶。
感謝の代わりに突きつけられたのは、「明日を失った」という慟哭だった。
アヤが、リリアが、そしてエルナが愕然として立ち尽くす。
セナは伸ばした手を止めたまま、暗い夜の街に立ち尽くした。




