第13話 自由という名の檻
ルフニカの街の門は、エルナが言った通り驚くほどあっさりと開かれた。通行料もなく、門番たちは「歓迎するよ、旅の御一行」と爽やかにすら感じる笑顔で一行を通した。
「……よかった。門の警備が厳しいかと身構えていたけれど、杞憂だったかしら」
アヤが僅かに肩の力を抜く。
「言ったでしょう? ルフニカは、来るものを拒まない街なんです!」
エルナは誇らしげに胸を張り、セナたちの腕を引くようにして街の中心部へと向かった。
最初に向かったのは冒険者ギルドだ。扉を開けた瞬間、熱気と笑い声が一行を包み込んだ。
「ガハハ! 昨日の獲物は高く売れたぜ!」
「こっちの依頼、誰か受ける奴はいねえか!」
酒の匂いと、依頼を求める冒険者たちの活気。そこはヴィーレのギルドよりもずっと明るく、健全な賑わいに満ちていた。
「すごいな……。本当に、普通のいいギルドだ」
セナは少し驚きながら、受付で護衛任務の完了を報告する。
「はい、確認いたしました。無事の到着、何よりです。こちら、報酬の銀貨5枚になります。お疲れ様でした!」
受付の女性は、心からの笑顔で袋を差し出した。銀貨5枚。護衛任務としては十分すぎるほどの、正当な対価だ。
ギルドの中は相変わらず、冒険者たちの快活な笑い声で満ちている。彼らは新王が即位したことは知っていても、その王が町にどんな「毒」を撒き始めたかはまだ知らない。武力を持つ彼らにはまだ牙を剥かず、味方につけておく。新王の統治は、驚くほど計画的だった。
「さあ、お仕事はこれで終わりです! セナ様、お礼に私が街を案内します! 美味しいお店もたくさん知ってるんですから!」
報酬を受け取って足取りの軽くなったエルナに連れられ、一行は再び街へ出た。
だが、ギルドを一歩出た瞬間の「違和感」を、セナは見逃さなかった。大通りに面した市場。そこには確かに客がいて、売り買いが行われている。……けれど、ギルドの中にあった「笑い声」が、ここには一つもなかった。
「あ! あそこ、私の仲間の魔法道具屋さんです! 行ってみましょう!」
エルナが駆け寄ったのは、色とりどりの魔石が並ぶ洒落た外観の店だった。
「トビアスさん! 私です、エルナです!」
店奥から出てきた青年を見て、エルナが息を呑む。かつては恰幅が良く、自慢げに魔道具を語っていたはずのトビアスは、頬がこけ、目元には深い隈が刻まれていた。
「……エルナか。……ああ、無事だったんだな」
トビアスの声は、カサカサに乾いていた。
「どうしたんですか、その姿! それに、この店……あんなにたくさん並んでいた魔法ランプや杖はどうしちゃったの!?」
「……消えたよ。商品を売るたびに、中身を削り取られるみたいにね」
トビアスは、店外の角に立ってこちらをじっと監視している役人を顎で示した。役人は、まるで今日の夕飯のことでも考えているかのように退屈そうに、事務的な手つきで帳簿をつけている。
「新王様が言ったんだ。『商売の利益は、6割を国に納めろ』って。……俺たちは必死に商品を売る。でも、客から代金を受け取った瞬間に、あの役人が横から『6割』を奪っていくんだ。商品を売っても仕入れ代すら残らない。棚は空になっていくのに、俺の手元にはパン一つ買う金も残らないんだよ。……ただ、在庫が吸い取られていくだけの商売さ」
「そんな……! だったら、お店を畳んで、一度街を出て……」
「……できないんだよ、エルナ。商売を辞めることも、資産を持って街を出ることも『反逆罪』になる。昨日、隣の服飾屋の主人が夜逃げしようとして……門のすぐ先で、見せしめに斬られたんだ」
エルナの顔から血の気が引き、その場に崩れ落ちそうになるのをリリアが慌てて支えた。
「そんな……エルナちゃんの故郷なのに、こんなのひどすぎるよ……」
リリアの瞳に涙が浮かぶ。一方で、アヤは抜く手のない憤りを湛えた瞳で役人を射貫いていた。法を、民を蹂躙する鎖に作り変えた新王への、元騎士としての静かな、そして深い軽蔑。
セナの耳の奥で、ドクン、と脈打つ音がした。
ギルドの連中が笑っていられるのは、単にこの「檻」の恐ろしさをまだ知らないからに過ぎない。彼らに渡される報酬も、その出どころは……。
笑顔で客を招き入れ、商売という「日常」を続けさせながら、その裏では逃げ場を完全に塞ぎ、法という名目で利益を根こそぎ奪っていく。頑張れば頑張るほど王が太り、商人は飢えていく。真面目に生きようとする人間の想いを、システム一つで踏みにじるその狡猾さが、セナにはどうしても許せなかった。
「……汚いな」
セナの口から、低く鋭い声が漏れた。
何が法だ。ただの卑怯な搾取じゃないか。
理不尽を「正当なルール」のように振る舞う新王のやり口は、セナにとって吐き気がするほどの冒涜だった。
「……こんなものが、許されていいはずがない」
ドクン、と心臓が跳ねる。
セナの身体から、怒りに呼応した刻術の圧力が溢れ出した。静かな、けれど苛烈な怒り。その衝動に呼応するように、セナの周囲の空間が目に見えて歪み始める。大気がねじれ、視界が波打ち、地面の石畳がミリミリと音を立てて軋んだ。無意識のうちに漏れ出したその力が、周囲の現実を削り取ろうとしていた。
「……セナ、落ち着いて」
アヤが、セナの震える肩にそっと手を置いた。
「今ここでその力を解放しても、この歪んだ法は壊せない。……まずは、落ち着ける場所へ行きましょう」
セナは深く呼吸をし、溢れそうになる魔力を無理やり抑え込んだ。歪みがゆっくりと収まっていく。
「……ごめん。……そうだね。宿を探そう」
セナは、トビアスに背を向けて歩き出した。手にした報酬の銀貨5枚が、奪われた誰かの血の重さのように感じられ、ひどく重く、そして冷たかった。
お読みいただきありがとうございます!
構成を考えそれを文章にするのはとても難しいのですね。
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