第12話 焚き火と、家庭の味
なんとかエルナの案内で辿り着いた場所は、水場が近く、背後を岩壁に守られた「一級品」の野営地だった。
「さあ、ここからは私の出番です! ルフニカへの道中、皆さんの胃袋は私が完璧にプロデュースしてみせますから!」
エルナはそう鼻息荒く宣言すると、ヴィーレで仕入れたというサシの入った見事な肉と新鮮な野菜を取り出した。ここまでは実に頼もしかった。……が。
「……エルナさん。立派な食材を揃える情熱はあるのに、調理法については無頓着なのね……」
アヤが、大きな肉の塊をそのまま火の中に放り込もうとするエルナを見て、呆れたように声を出す。
「えっ? ……はい。火を通せば食べられると教本に……えっ、切る、という工程が必要でしたか?」
「それ、料理じゃなくてただの丸焼きよ……」
ナイフを手に、食材を「理論」で調理しようとしてパニックになるエルナ。どうやら彼女、最高級の素材を揃える商才はあっても、それを「料理」にする生活能力は、どこか異次元に置いてきてしまったらしい。
「もうっ、見てられないわね! エルナさんはそこで座ってて!」
割って入ったのはリリアだった。手際よく焚き火を調整し、慣れた手つきで野菜を刻み始める。
「しっかり見ててよね、セナ。お母さんからみっちり仕込まれたんだから」
リリアはそう言って、隣で涼しい顔をしているアヤをチラリと一瞥した。
刻術の適合者としてセナと深い繋がりを持ちつつあるアヤに対し、リリアが抱いているのは、言葉にできない焦燥と嫉妬だ。戦闘での絆がまだ劣っているなら、せめてこの場所では負けたくない。そんな意地が、包丁の音を小気味よく響かせていた。
やがて、夜の空気に抗いがたいほど食欲をそそる香りが漂い始める。
「はい、セナ! 出来たよ。熱いからフーフーしてね。……はい、あーん」
アヤに見せつけるように、リリアはセナの唇にスプーンを寄せる。
「えっ、あ、自分で食べられるから……」
「ダメ! 私が作ったんだから、私が最初に食べさせてあげるの!」
リリアの猛攻にタジタジになりながら、セナはその家庭的なスープを口にする。
「……美味しいよ。リリア、料理上手なんだな」
「えへへ、でしょ!」
(……ふふ、子供ね)
アヤは心の中でそう呟いた。
満足げなリリアに続いて、アヤの分も器に盛られる。
差し出されたスープを一口、静かに口に運んだアヤ。一瞬、驚いたように眉を動かしたが、何も言わずにただ美味しそうにその熱を喉に流し込んだ。
食後の穏やかな時間。パチパチと爆ぜる焚き火を囲み、一同に静寂が訪れる。
エルナが炎を見つめながら、ぽつりと言葉を漏らした。
「……実は私、ルフニカでちょっぴり有名な商人の娘なんです。今回はヴィーレへは商談を目的に行ったんです。」
膝を抱えて視線を落とす彼女に、三人は静かに耳を傾ける。
「商談は最初、とても順調でした。でも、契約書を交わすその直前になって、ヴィーレの商人が笑いながら言うんです。『君の国の王様が変わった。新しい王が作った法では、この取引は重罪になるぞ』って……」
エルナは、悔しさに唇を噛み締めた。
「結局、私は商談のために預かっていた資金も商品も、新王様の作った法のせいで、すべてその場で奪われてしまいました。手元には、最初に買っておいたこの食材以外、自分の身を守るお金すら残らなかったんです」
エルナは、震える肩を抱くように膝に顔を寄せた。
「商家の娘として、そんな無様な姿で帰るわけにはいきません。父からは『商売に失敗し、護衛の一人も雇えなくなった未熟者は、二度と家の敷居を跨ぐな』と厳しく言い渡されていました。……帰る場所を失い、ヴィーレの街角で途方に暮れていた私を救ってくれたのは、セナ様たちなんです」
エルナの話を聞きながら、セナは静かに拳を握っていた。
「……わかった。そのルフニカまで、僕たちが責任を持って送り届けるよ」
セナの言葉に、リリアとアヤも静かに頷いた。
パチリ、と薪が爆ぜる。
ただの護衛任務は今、一人の女性の故郷を取り戻すための、小さくも確かな一歩へと変わった。
お読みいただきありがとうございます!
なんだか難しいお話を書き始めてしまった気がしていて大変なことに足を突っ込み始めてしまったと思っております。
ですが何とか頑張っていくので応援よろしくお願いします!




