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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第11話 冒険の始まり

 ヴィーレの巨大な石門が、背後で重々しく閉まった。


 街道へ一歩踏み出した瞬間、肺に流れ込んできたのは、金と欲望の匂いがしない、澄んだ土と草の香りだった。


「……ふぅ。やっと、息ができるね」


 セナが呟くと、隣を歩く依頼主であるエルナ・トルクが、頼もしく胸を張った。


「お任せください、セナ様。ルフニカまでの道程はすべてこの頭に入っています。最短ルートで、かつ安全な野営地を私が完璧にナビゲートしますから!」


 エルナは亜人特有のしなやかな動きで、テキパキと荷物のバランスを整え、一行を先導する。その姿はまさに「理想のガイド」だった。

 ――が、その五分後。

「……エルナさん。そこ、崖だよ?」


「えっ!? ……あら。おかしいですね、地図ではここは広々とした草原のはず……ああっ! 上下逆さまでした!」


「……エルナさん。上下以前に、それ、裏表も逆じゃないかしら?」


 アヤの冷ややかな、けれどどこか楽しげな指摘に、エルナは「あ、本当です……」と顔を真っ赤にした。しっかりしているようで、決定的なところが抜けている。そんな彼女の存在が、旅の緊張感を程よく解いてくれた。


 しかし、その平穏は長くは続かなかった。


 街道の先、ヴィーレから後を追ってきたような、薄汚れた革鎧の男たちが数人、道を塞ぐように現れた。


「おいおい、金持ちが街を出るって聞いたが、ガキと女だけかよ。まぁいいや、抵抗もできねえ『手頃なカモ』じゃねえか」


 男たちは下品な笑みを浮かべ、獲物を抜く。ヴィーレが吐き出した、暴力という名の残滓だ。


「……下がっていて、エルナさん。ここは私たちが」


 アヤが前に出ようとしたとき、セナがその肩にそっと手を置いた。


「アヤさん、またあれをやるよ」


「ええ……あの感覚、もう一度確かめたかったところよ。お願い」


 セナが「刻術」をアヤの肉体に流し込むと、彼女の動きは残像すら残さず消えた。超加速したアヤの剣が、盗賊たちの武器を次々と弾き飛ばしていく。


「……やはり凄まじいわね。まるで世界が止まっているかのようだわ」


 その無双ぶりを見ていたリリアが、ついに耐えかねたように頬を膨らませて詰め寄ってきた。


「ちょっとセナ! アヤさんだけずるい! 私にも、私にもかけてよ!」


「えっ、でもこれ、一人にかけるのが精一杯で……」


「いいから! 私もあの『すごいの』やってみたい!」


 リリアの勢いに押され、セナはアヤへの術を解いた。アヤを包んでいた熱い波動がふっとセナの手元へと戻り、それをそのままリリアの細い指先へと流し込む。


「……あ、これ……すごい! 血液が熱くなるみたい!」


 リリアが火球の呪文を唱えた。詠唱は早送り再生のように一瞬で終わる。


「いっけえぇぇ!」


 放たれた火球は、本来の軌道を無視して、標的に向かって文字通り「直線」で突き抜けた。コントロールすら効かないほどの、圧倒的な飛翔速度。ドォォン!という爆発音よりも先に衝撃波が空気を裂き、男たちの目の前の地面を抉る。


「ひ、ひぃぃぃぃっ! 化け物だぁ!」


 戦意を喪失した盗賊たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていく。


「ふふん、どう? 私だってすごいでしょ!」


 満足げなリリアの一方で、セナは肩で息をついていた。


「……一人ずつが限界か。でも、魔法そのものの速度まで変えられるなんて……」


 エルナが、目を丸くして立ち尽くしていた。


「……すごいです。あの速度、回避も防御も不可能ですよ。

セナ様、本当にあなたたち、新人なんですか?」


「……はは、ただの運が良いだけの新人ですよ」


 セナは苦笑いして、慌てて地図を(正しく)持ち直したエルナを促した。


「さあ、先を急ごう。エルナさんが見つけてくれた『最高の野営地』に着かないと」


「はいっ! ……あっ、また道が右と左でわからなくなりました!」


 四人のルフニカへの旅路は、こうして賑やかに幕を開けた。

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