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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第10話 ルフニカへの招待状

 ギルドの喧騒は、今日もどこか浮ついていた。酒場の方からは、冒険者たちの下世話な噂話が波のように押し寄せてくる。


「……聞いたか? あのルシア様が精神を病んじまったらしいぜ」


「ああ、何があったか知らねえが、今は部屋の隅でずっと震えてるんだとよ。呪いか何かに触れたんじゃねえかって話だ」


 その声を背中で聞き流しながら、セナは手元の数枚の硬貨を見つめて、静かに息を吐いた。


 この街の空気は、日を追うごとに重く、そして息苦しく感じられる。


 猫探しで必死に稼いだ銀貨五枚。……喜んだのも束の間、この街では、硬いパンに薄いスープの夕食だけで、その大半が消えてしまう。新人の僕たちが必死に稼いだ金が、上位ランカーが飲み屋でこぼす酒一杯の値段にも満たない。この街は、生きているだけで心が「赤字」になっていく。


「……ここ、僕たちの身の丈に合わないよ。もっと、静かな場所へ行こう。このままじゃ、ただ生きるためだけに自分たちがすり減っちゃう」


 セナの言葉に、アヤとリリアも深く頷いた。今の自分たちの貯えと歩幅では、この強欲な大都市はあまりに刺激が強すぎたのだ。


 だが、現実は甘くない。


「ですから! 他都市への移動を含むような護衛依頼なんて、今はありません!」


 ギルドの受付で、受付嬢がピシャリと言い放つ。


「アヤさんはCランクですが、新人の二人を連れながら、さらに護衛対象まで守り切るなんて無理に決まっています。ギルドとしても、そんな無謀な編成は許可できません!」


「……っ」


 受付嬢の正論に、アヤは剣の柄を強く握りしめた。元騎士の彼女にとって、守るべきセナたちを危険に晒すような提案は、本来なら自分自身が一番許せないことだったからだ。反論できない悔しさが、彼女の視線をわずかに落とさせる。


「それに、今ある移動依頼はどれも大口の商会ばかり。護衛報酬の基準もヴィーレの相場により額が跳ね上がっています。実績のないあなたたちに、そんな高額な仕事は回せません!」


 ヴィーレの異常な物価と、硬直したランク制度。


 行き詰まった三人が顔を見合わせたその時、怒声と金貨の音が響くギルドの中で、その声だけが不自然なほど透き通って響いた。


「……あの、もしよろしければ、私が個人的に依頼をさせていただいてもよろしいでしょうか」


 振り返ると、そこには柔らかな獣の耳を覗かせた、一人の亜人の女性が立っていた。


 使い古されているが、手入れの行き届いた質素な服。金銭の匂いが一切しない彼女の存在は、泥沼のようなこの街で見つけた、唯一の出口に見えた。


「私はルフニカという国へ帰らなければならないのですが……ここのギルドの報酬基準は、私にはあまりに高すぎて。どれだけ窓口でお願いしても、『その額では依頼として成立しない。誰も受けない』と門前払いされてしまったのです」


 彼女が用意できるのは、ヴィーレの強欲な冒険者たちが鼻で笑うような、細々とした蓄えだけだった。だが、今のセナたちにとって、それは「街を出る正当な理由」として十分すぎるものだった。


「……ルフニカ。亜人の国か。ここからはかなり遠いが、確かに平穏な場所だと聞く」


 アヤが、少しだけ表情を和らげて言った。


「その依頼、僕たちが引き受けます。ギルドの規定がどうあれ、僕たちが納得して受けるなら文句はないはずだ」


 冷ややかな視線を送る受付嬢をよそに、セナは亜人の女性に向き直り、その細い手を取った。


「僕たちも、この街を出たいと思っていたところなんです。ルフニカまで、一緒に行きましょう」


 不気味な噂と、金銭の執着が渦巻く大都市を背に、三人は新たな旅路へと足を踏み出す。


 二人の新人と、一人の騎士。そして、故郷を夢見る依頼主。


 身の丈に合った「本当の冒険」が、ここから始まろうとしていた。


お読みいただきありがとうございます!

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