第68話:Home
あの町を発ってから、何日が過ぎただろうか。
途中立ち寄った町や村で宿を取りながら、俺たちはスーちゃんの背中に揺られ、あの場所を目指した。
道中、これといったトラブルに見舞われることはなかった。単に、運が良かっただけかもしれない。おかげで、流れ行く景色や自然をゆっくりと鑑賞することができた。
そして、あの森――俺たちの家が見えてきた瞬間、肩に入っていた力が、いつの間にか抜けていた。
「ただいまー!」
ミーが、真っ先に飛び跳ねる。
「やっぱり、ここが一番ね」
ヒーが、静かに呟いた。
フーは、ゆらゆらと揺れながら、小さく「うん」と同意した。
スーちゃんも、安心したように足を止めると、フーのそばへゆっくりと歩み寄った。
(帰ってきたんだな……)
見慣れた木々の匂いを吸い込むと、旅の疲れが少しだけ抜けていく気がした。
◆◇◆
「よっちゃん、せまそうー」
ミーが、世界樹ヨヴェルの鉢を覗き込みながら言う。
「そういえば……ずっと鉢植えのままだったな」
王都で受け取ってから、ろくに植え替えもせず、ここまで連れてきてしまっていた。
「確かに……前より葉も大きくなった気がするし、この鉢じゃさすがに窮屈かな。でも勝手にここに植えて大丈夫かな……」
「そうね。でも王は、この鉢のまま育てろとは言ってなかったわ。枯らさずに育てれば、きっと大丈夫よ」
「そうだな……じゃあそうするか!」
少し迷ったが、この森に植えることに決めた。俺は苗を抱え、森の中を歩いた。
しばらく進むと、花畑を見渡せる小高い丘に出た。日当たりも良く、風通しも良さそうな場所だった。
「ここなら、良さそうだな」
土を掘り、ヨヴェルとマドンナリリーを、鉢からそっと取り出す。根を傷つけないよう、丁寧に地面へ移し替えた。
両手で土をかけ、根元をそっと押さえる。
その瞬間、ヨヴェルの葉が、ふわりと淡く光った気がした。
(また、光った……?)
「わーい!」
ちょうどその時、ミーが勢いよく飛び跳ねる。
(ミーの方が嬉しそうだな……)
フーも、嬉しそうにその周りを飛び回った。
再びヨヴェルに視線を戻すと、以前と変わらない、緑色の葉のままだった。
(光る条件も、そのうち分かるか……)
やがて、丘に差し込む朝日を浴びて、ヨヴェルは淡い金色を帯びた。
「綺麗だな」
俺は、そう呟くことしかできなかった。
マドンナリリーの花びらも、王都で見た時よりも張りがあり、生き生きとして見えた。まるで、最初からこの場所に根を張っていたかのようだった。
「土地の魔力ね。この土地は、エネルギーに溢れているもの」
ヒーが、ぽつりと言った。
「そうか、それなら良かった」
この景色が、その証だと思った。
◆◇◆
スーちゃんはというと――丘を下った先に広がる、たんぽぽの花畑から、まったく離れようとしなかった。
「またあそこだー!」
ミーが、はしゃぎながら言う。
スーちゃんは、あのお花畑がすっかり気に入ったようだ。
「スーちゃんは、フーにべったりね」
ヒーが、くすりと笑う。
「スーちゃん……」
俺は、花畑を眺めながら呟いた。
「それに、フーのエネルギーも欲しいのかしら?」
そういえば、スレイプニルは魔力を糧にすると、以前ヒーが言っていた。
もしかすると、あの花畑にも、魔力が溢れているのだろうか。そう思うと、スーちゃんが花畑の近くを離れないのも、頷ける気がした。
スーちゃんはただ、花畑を眺めるように、そばに横たわっていた。
「放っておいても大丈夫かな?」
「スレイプニルは、基本的に温厚な生き物よ。この森であれば、問題ないでしょう」
「そうか。それじゃ、好きにさせておこうか」
声をかけると、スーちゃんは嬉しそうに花畑を駆け回った。
その姿を見ているだけで、自然と頬が緩んだ。
それから、何日かが過ぎた。
ミーは相変わらず森のあちこちを駆け回り、フーは花の様子を眺め、ヒーはそんな二人の様子を楽しんでいる。スーちゃんは、この場所を知ろうとしてか、散歩をしている。
いつも通りの、変わらない日常だった。
「やっぱり、ここが落ち着くな」
誰に言うでもなく、そう呟く。
ずっとこの日々が続けばいい。ふと、そう思った。
その日の夜のこと。
すっかり日も落ち、そろそろ眠ろうかという頃だった。
「ヤマダさーん!」
外から、誰かが呼ぶ声がした。
(……うーん?)
「ヤマダさーん!」
(この声……)
聞き覚えがある気がした。
俺は身を起こし、洞窟の外へと向かった。




