第66話:No Regrets
医者が老人の容体を確かめていると、集まった人だかりの中から声が上がる。
「町長が倒れてる!」
「町長、しっかりしてください!」
(町長……この人が)
身につけている上質な上着と、杖の装飾。
改めてみると、ただの老人ではないようだった。
医者の指示で、近くの建物へと運ばれていく。俺も、後を追うようについていった。
◆◇◆
しばらくして、町長は目を覚ました。ベッドの上で、ゆっくりと上体を起こす。
「すまんな、迷惑をかけた」
「いえ、無事で良かったです」
部屋には、俺と町長だけだった。
その時、部屋の外が急に騒がしくなった。
「町長、大丈夫ですか!?」
「お加減は?」
心配した町の人たちが、なだれ込むように部屋へと押し寄せてきた。
町長は、疲れた様子を見せながらも、声を張った。
「もう大丈夫だ。心配をかけたな。皆、戻りなさい」
その一言で、集まっていた人たちは、渋々といった様子で散っていく。
部屋には、また静けさが戻る。
町長は、窓の外を見つめた。夕暮れの光が、彼の白髪を橙色に染めている。
「情けない話だが……最近、ろくに眠れておらんのだ」
俺は、ただ黙って見ていた。何か理由があるのだろうか。
急かす気にはなれなかった。
「……聞かないのか?」
「え、ああ、いろんなご事情があると思いましたので」
「そうか……」
町長は、ふっと表情を緩めた。それから、ゆっくりと語り出す。
「もう、随分と昔のことだ。この町の若者たちが、冒険に出たいと言い出してな。わしは、止めるべきだった。だが、あの子らの目は輝いておってな……」
町長の声が、微かに震える。
「あのあたりは、元々は安全な場所だった。だから、わしも止める理由が見つからなかった。北の山に凶暴な魔物が棲みついていたと知ったのは……あの子らが帰ってこなくなってから、しばらく経ってのことだった。誰も、帰ってこなかった」
部屋に、重い沈黙が落ちる。
(そんな……)
「あの時、わしが、止めていれば……」
町長は、拳を握りしめていた。
「最近になって、この町に冒険者たちが訪れてな。その者たちに、馬鹿なことを言ってしまった。あの子らの面影が、重なって見えてしまってな」
町長は、自嘲するように笑った。
「歳を取ると、行き過ぎたことばかりしてしまう。だが……その者たちが、北の山で、まさにその魔物を討伐したのだと知った」
(討伐……)
「仇は討たれた。それなのにわしは……安堵していいのか、喜ぶべきなのか、分からなくなってしまった」
町長は、深く息を吐いた。
「もう何もかも遅い……わしは、間違えてしまった。なのに……あの山を見てしまう」
しばらく言葉を探して、俺は口を開いた。
「あなたの思いを汲む人は、きっといますよ。若者たちを止められなかったこと、ずっと悔やんでたんですよね。それだけ、大事に思ってたってことじゃないですか」
町長は、こちらをじっと見つめた。
「その気持ちは、きっと誰かが分かってくれるって。ちゃんと見ていてくれるって、俺は思うんです。さっきの町の人たちが、その証じゃないかって」
根拠のある言葉ではなかった。それでも、伝えずにはいられなかった。
町長は、しばらく黙っていた。
「……ありがとう。旅の者よ」
その声は、少しだけ穏やかになっていた気がした。
「ヤマダー、リュックー」
ちょうどその時、背負っていたリュックの中から、くぐもった声がした。
「ヤマダはリュックじゃないぞ」
突っ込みながらも、リュックを外して床に置く。中から、ミーがぴょこりと顔を出し、続けてフーとヒーも姿を現した。
「な、なんじゃ……!」
町長が、目を丸くして仰け反った。
「あ、すみません! でも、大丈夫です。この子たちは、人に危害を加えたりしませんので」
俺は慌てて補足する。
「本当に、安全なのかね……」
「はい、本当です」
「ミーは、安心安全♪」
ミーは、また例のアレを歌い出した。フーもそのメロディーに合わせて揺れる。
町長は、しばらくミーとフーとヒーを見比べていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうか。あんたが、そう言うのなら」
ミーは、リュックの奥から、何かを取り出した。
「おじちゃんにね、これあげるー」
差し出されたのは、光の加減で色を変える、あの宝石だった。
驚いて、思わず声を上げそうになる。
町長も、目を丸くしていた。
「これは……?」
「これはねー、ミーの大事にしてるものー。おじちゃん偉いから、これあげるー」
「そうか……ありがたく受け取るよ」
町長は、静かにそう言うと、窓の外へと視線を向けた。
茜色はすでに薄れ、藍色に沈みかけた空。
あの小さな光は、はっきりと瞬いていた。




