第65話:ポラリス
村を出て、俺たちはスーちゃんの背に乗った。
(また、あの時みたいに、急に加速したりしないかな……)
内心少し身構えていたが、杞憂だったらしい。スーちゃんの足取りは軽く、心なしか機嫌も良さそうだった。
「スーちゃん、ご機嫌だなー」
問いかけると、スーちゃんは小さく鼻を鳴らした。スーちゃんはいたって落ち着いた足取りで、街道を進んでいる。
どうやら、今度は俺のペースに合わせてくれているらしい。少しだけ肩の力が抜けた。
◆◇◆
旅は、いつも通りの賑やかさだった。
「はやく、おうちかえりたいー」
スーちゃんの頭の上で、ミーがぽつりと呟く。
「まあまあ、ゆっくりね」
ヒーがなだめるように言う。フーは俺の肩の上で、ゆらゆらと揺れながら聞いていた。
街道の両脇には、色づき始めた木々が続いている。時折すれ違う旅人や商人の荷馬車が、遠くから会釈をしてきた。
「あそこに何かいるー」
ミーの声に釣られて視線をやると、木の枝の上を小さな影が駆け抜けていった。
「本当だ」
「はやかったー」
(小動物かな? リスとか)
そんな他愛のないやり取りを重ねながら、俺たちは進んでいく。
太陽は少しずつ傾き、街道を照らす光の角度が変わっていった。
◆◇◆
やがて、遠くに町並みが見えてきた。
深い赤色の煉瓦と、白い漆喰のコントラストが美しい、どこか西洋の絵本から抜け出してきたような町だった。
夕日が、その色合いを一層濃く染め上げている。
町を囲むように、緑深い山々が連なっていた。
「綺麗な町だな……」
思わず声が漏れる。
スーちゃんの足取りが、自然と緩やかになった。まるで、俺たちを町の入り口までそっと送り届けるようだった。
スーちゃんから降り、手綱を軽く撫でた。
「今日はありがとう」
その声に反応したのか、気持ちよさそうに鼻を鳴らした。
スーちゃんを外に繋ぐと、少し町を歩いてみることにした。
中心部は賑わっていた。パン屋の店先から、香ばしい匂いが漂ってくる。子供たちが数人、通りを笑いながら駆け回っていた。
(活気のある町だなぁ)
そんな空気に誘われるように、さらに足を進める。
だが、町の外れに近づくにつれ、人通りは少なくなっていった。見晴らしの良い、静かな通りだった。ここからは、遠くの山々がよく見える。
(こんな場所もあるんだな……)
そう思いながら歩いていると――
道の端に、人が倒れているのが見えた。
白髪の、老人だった。
「大丈夫ですか!」
思わず声をかけていた。
駆け寄って抱え起こすと、老人はうっすらと目を開けた。
息はある。
ひとまず安堵する。
日陰になるよう体の向きを変え、上着を丸めて頭の下に敷く。
周囲を見回しても、人の気配はない。
(早く助けを呼ばないと……)
「誰か! 誰かいませんか!」
声を張り上げると、しばらくして通りの奥から人影が駆けてくる。
「な、なんだ、どうした!」
「倒れている方がいます。医者を呼んでもらえますか!」
「わ、分かった、待っていてくれ!」
その人物は、慌てて町の方へと走っていった。
そう時間が経たないうちに、医者らしき人物が駆けつけてくる。
「意識は?」
「あります。でも、少し朦朧としている感じで」
医者は手早く様子を確かめると、俺に向かって頷いた。
「よくやってくれた。あとは任せてくれ」
(役に立てた、のかな……?)
安堵の息を吐きながら、俺はその場に立ち尽くしていた。
ふと見上げた空には、まだ夕暮れの名残が滲んでいた。
それでも――その中に一つ、小さな光が瞬き始めていた。




