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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第63話:ヤマダ・イン・ワンダーランド

 目を開けた瞬間、視界いっぱいに広がったのは、鮮やかな色彩だった。


(……ここは?)


 目の前には、空まで届きそうな巨大なゲートがそびえ立っている。


「遊園地……?」


 思わず呟く。

 ゲートの横には、小さな受付があった。

 そこには、白い髭を生やした老人が座っている。


「入場料は、980円だよー」


 のんびりとした声だった。


(安いな……行ってみるか)


 俺はポケットを探る。

 すると、そこには見覚えのあるものが入っていた。

 千円札。


(助かった。ちょうどいい)


「すみません、これで」


 千円札を差し出す。

 しかし老人は、首を傾げた。


「おや、少し足りないみたいだね」

「え? 980円って……」

「あっ、これ税抜金額だから」


(消費税もか……)


 ここまで来たら行きたくなってきた。もう一度ポケットを探る。

 すると、今度は500円玉が一枚出てきた。


(よし、これなら!)


「これでお願いします」


 千円札と500円玉を差し出す。

 老人は、また首を横に振った。


「おや、まだ足りないね」

「え?」

「税込金額で3,920円だよ」


(消費税、何%だよ!? 本体価格を遥かに上回ってる……)


 思わず心の中で叫ぶ。いや、待て。

 税金に文句を言っても仕方がない。

 そういうルールなのだ。


 そう自分に言い聞かせ、もう一度ポケットを探る。

 すると、指先に硬い感触があった。

 取り出してみると、そこにあったのは――

 金貨。しかも三枚。


(助かった!)


 金貨だ。これなら大丈夫なはず。迷わず俺は金貨を差し出す。


「これでお願いします」


 老人は金貨を見て、少し驚いた顔をした。


「おや、金貨かい」

「はい、足りない分はこの金貨から差し引いてもらいたくて」

「おやおや、うちは金貨は扱ってないんだけどねぇ。それに、全然足りないよ」

「え?」


(そんな、まさか……)


 肩を落とした俺を、老人はしばらく見ていた。そして、優しく言った。


「仕方ない、それでいいよ」

「え?」


 あまりにもあっさりしていた。


「ちなみに、この金貨……三枚でも100円にも届かないからね」

「そんな……」


(金貨安い……! いや、円が強すぎるのか……? 円高ゴールド安……)


 そんなことを考えていると、老人が笑った。小声で耳打ちする。


「本当はダメなんだけど、君だけ特別だよ。ほら、行ってきな」

「あ、どうも……」


 促されるように、俺は駆け出した。

 洋画なら、きっと素敵なワンシーンなのだろうと思った。


◆◇◆


 中に入って最初に目についたのは、大勢の人が集まっているステージだった。

 誰もが期待した顔で舞台を見つめている。


(何が始まるんだ? そもそも、ここは何のアトラクション?)


 看板らしきものは見当たらない。

 俺も流されるように、人混みの中へ入った。


 しばらくすると、一人の男性が現れた。

 黒い服。余計な装飾のない姿。

 少し緊張しているようにも見えるが、堂々と舞台中央へ歩いていく。

 会場の照明が落ちて、静寂が訪れる。

 男性がゆっくり口を開いた。


「今日、皆さんに見ていただきたいものがあります」


 その瞬間。

 後ろのスクリーンに映像が流れた。

 そこに映し出されたのは――


「蛇口……?」


 思わず呟く。

 捻ると、黒い液体が流れ出てきた。

 周囲がざわめいた。


「なんだと……!」


 蛇口から出てくるコーヒー。

 男性は続ける。


「この装置を家庭に置けば、いつでも好きな時にこのコーヒーを飲むことができます。しかも、魔力入り!」

「おおおおお!」


 会場が揺れる。


(魔力入りのコーヒー……)


 頭が追いつかない。

 でも、周囲の人たちは完全に魅了されていた。

 男性は熱く語り続ける。

 商品の性能。未来の生活。変わる世界。

 最後に、静かに一言。


「これが今ならタダ、つまり0円。そう、死ぬまでね」


 次の瞬間。

 会場は拍手に包まれた。

 割れんばかりの歓声。そしてスタンディングオベーション。


(そりゃ死ぬまでタダでくれるなら、拍手もしたくなるよ……)


 白い光に照らされて、係員らしき人が男性に近づいていく。


「楽しんでいただけましたか?」

「はい、最高でした!」


 男性はそう言い残し、ジャケットを翻して去っていった。

 俺は近くの係員に尋ねる。


「あの、これって何のアトラクションなんですか?」

「CEO体験型アトラクションです」

「CEO……?」

「そうです、お客様もいかがですか?」

「ははは……」


 0円でサービスをばら撒くヤバいおじさんの体験にしか思えなかった。

 俺は丁重に断って、その場を後にした。


◆◇◆


 すると、今度は目を引く看板が見えてくる。


『オフィスサバイバル ~マルチタスクで生き残れ~』


 思わず、その文字を見つめた。

 係員が、笑顔で近づいてくる。


「人気アトラクションですよ。皆さん、自分の限界に挑戦されています」


 意味が分からなかったが、中へ入ると、そこには見慣れた光景が広がっていた。

 机。椅子。パソコン。

 そして、忙しそうに歩き回る人々。


(……会社?)


 間違いない。

 これは、どこからどう見てもオフィスの一室だった。

 中央のモニターに文字が浮かぶ。


『ルール:制限時間内まで、会社員として生存せよ』


 そして続けて、ミッションリストが表示された。


『ミッション』

『一、ネットの波を乗りこなせ』

『二、ゲームを継続せよ』

『三、すべてのメッセージにイイねを』

『四、釣りスポットを把握しろ』

『五、上司に見つかるな』


(仕事は、どれだ……?)


 数秒、画面を見つめる。

 しかし、時間は待ってくれない。

 ゲームは、もう始まっていた。


 俺はデスクに座っていた。

 目の前のパソコン画面には、複数のウインドウが表示されていた。


 プレゼン資料。トランプゲーム。釣りの人気スポット情報。ゴルフクラブの通販サイト。


(そうだ、仕事だ。資料作らないと……)


 表示されたプレゼン資料を修正する。

 すると――


『BAD』


(え?)


 もう一度。


『SO BAD』


(待てよ、たしかミッションは……)


 SNSを流し読みして――


『Nice!』


 自分宛ての質問のチャットには、イイねのスタンプだけを返して――


『Good!』


 トランプゲームも進めて――


『Great!』


 釣り情報にも、ついでに目を通す。

 その時、廊下から足音。

 画面に赤い文字。


『Attention!』


 反射的に手が動いた。

 釣りのページを閉じ、ゴルフを最小化。プレゼン資料を前面に。一瞬だった。

 上司が横を通る。


「……」


 何も言わず、去っていく。


『Excellent!』


 数十分後――


『ミッションコンプリート!』


(これは、なんだったんだ……)


 奇妙な達成感に、俺は深く息を吐いた。


◆◇◆


 それからも周囲のアトラクションを見ながら歩いていた。


『ミーティング ∞ インフィニティ』

『幹事王』

『メール迷宮〜CCからの大脱出〜』


 どれも目を引くものばかりだ。

 いくつものアトラクションを眺めているうちに、気がつくと俺は遊園地の中央に立っていた。


 周囲を見渡す。

 歩いている人、その全員が――スーツ姿だった。

 よく見ると、俺もスーツを着ている。


(なんで……)


 その時、懐かしいメロディが流れてくる。


「安心ー♪ 安全ー♪」


 意味が分からない。

 なのに、なぜか胸の奥が熱くなった。


「なんだよ……これ……」


 呟いた瞬間。

 頬に、何かが当たる。

 ぽす。ぽす。柔らかい感触。


「トランポリンみたい……」


 聞き慣れた声。ゆっくりと目を開ける。

 目の前には、俺の顔の上で跳ねるミーがいた。


「なにそれー」

「あ、ヤマダ起きた」


(ああ……)


 変な夢だった。


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