第59話:弾丸ツアー
「ヤマダー、あっちー!」
急かすように促すミーの案内を頼りに、人々が行き交う石畳を進んでいく。相変わらず多くの人で賑わっていて、商人の呼び込みの声も聞こえてきた。
喧騒を抜けたところで、見覚えのある広場に出た。数頭の馬がつながれた、静かな一角。
中に入ると、見覚えのあるおじさんが、スレイプニルの灰色の毛を丁寧に手入れしているところだった。
「お、あんたかい。早かったな」
「ええ、今日出発することにしまして」
おじさんは手を止めて、こちらに向き直った。
「そうかい。またこの街に来たときは、声かけてくれよ。あんたとは楽しく酒が飲めそうな気がしてるんだ」
「はい、ぜひ」
そう言って、笑い合った。
スレイプニルの前に立つと、その大きさに改めて息を呑んだ。
肩までの高さは、俺の背丈をゆうに超えている。灰色の毛並みが、朝の光を受けてわずかに色を変える。
(今さらだけど、本当に乗れるかな、俺……すごそうな馬だし……)
おじさんの手助けも借りて、なんとか鞍に足をかける。それでも一苦労で、腰を支えられながら、なんとか背中へとよじ登る。
見える景色が、一気に変わった。地面がやけに遠い。
リュックを背中から前へと抱き直す。中の三人が窮屈そうにもぞもぞと動いた。預かったヨヴェルの鉢も、紐でしっかりとリュックに固定する。
「準備はいいかい?」
おじさんの声に頷くと、スレイプニルがゆっくりと足を踏み出した。
一歩、また一歩。大きな歩幅のはずなのに、振動はほとんど感じない。まるで雲の上を歩いているようだった。
「大丈夫そうだな。それじゃ元気でな」
「はい、ありがとうございました」
おじさんに見送られながら、王都フィリアの大通りを進んでいく。
門の前には騎士が二人、警備に立っていた。
「あ、ヤマダさん!」
騎士の一人が声をかけてくれる。
「今日、出発されるんですね」
「はい、騎士団の皆さんにはお世話になりました。ありがとうございました」
「こちらこそ、ヤマダさんにはいつもお世話になってますので。あ、内緒ですけど……団長、ヤマダさんが来てくれたこと、すごく喜んでましたよ」
(あの人らしいな、いや……)
誘ってくれたのは、たしかに彼の方だった。けれど、この街に来て本当に嬉しいと思っているのは、俺の方なのかもしれない。
「それでは、ヤマダさん。お気をつけて」
「皆さんもお元気で」
感謝を伝えて門をくぐる。
少し進んでから、振り返った。
(綺麗な街だった……お世話になった人たちに会えて良かった。それにあの花も……)
朝の光に照らされた城壁が、遠くに小さく見えた。
前に向き直ると、視界がふいに開けた。石造りの建物の代わりに、なだらかな草原が地平線まで広がっている。風が頬を撫でていった。
「楽しかったー」
リュックの中から、ミーの声がする。
「でも、はやくかえりたいー」
「花、綺麗だった」
フーがぽつりと言った。
「貴重な経験だったわ、それに……」
ヒーが言葉を切る。
「それに?」
「ヤマダのお芝居も見られて、素敵な体験だったわ」
「うっ……」
(めっちゃいじってくるなぁ、こいつ……)
自然と笑みがこぼれる。
(みんなで来られて、本当に良かった……)
その時、リュックの中からミーが顔を出して言う。
「スーちゃん、おうちあっちだよー! はやくー」
(おいおい……)
伝説の馬を急かすスライムなんて、ミーくらいのものだろう。
「ミー、あんまりスーちゃんを急かさないでやってくれよ。上に俺たちも乗せてるんだしさ」
「だって、はやくかえりたいんだもん」
(気持ちは分かるんだけどさ……)
そんなことを思っていると、先ほどのミーの声に呼応するかのように、スーちゃんが鼻を鳴らし、前脚を軽く上げた。
(え、まさか……)
その後は一瞬だった。
スーちゃんは、まるでギアを切り替えたかのように、徐々に速度を上げていく。
「ちょっと、待って! スーちゃん!?」
景色がみるみる流れていく。振り返ると、王都フィリアが、あっという間に小さくなっていった。
(これ、走るというより……飛んでる!?)
思わずヨヴェルの鉢を強く抱きしめる。
(ヒーフーミーは大丈夫か……)
心配になり、様子を見ると――
「はやいー!」
「うん」
「さすがスレイプニルね」
まるで動じていない。それどころか楽しんでいた。スーちゃんはさらに速度を上げていく。
「みんな感覚どうなってるんだよ……ってうあああああああああああ!!!!」
俺は絶叫を上げながら、スーちゃんの背中にしがみつくしかなかった。




