第58話:ないものねだり
いつの間にか日が傾いていた。
オルドランさんたちに王都まで送ってもらったが、その先のことは何も考えていなかった。
(途中でオルドランさんもいなくなったしなぁ……今日はもう休むか……)
立派な街だし、宿のひとつくらいあるだろう。
しばらく歩いていると、ホテルのような外観の建物が目に入った。
(ここにするか)
中に入ると、身なりの良い男性が受付に立っていた。
「あの、一泊したいのですが、本日お部屋は空いていますか?」
「ええ、ございますよ。グレードごとにお部屋がございますが、いかがなさいますか?」
そう言って、グレード表と料金の案内図を示した。
「それでは、この部屋で……」
俺は一番安い部屋を指し示した。銀貨10枚と書いてあった。
「かしこまりました。それではお部屋にご案内いたします」
そう言って案内された部屋は、一番安いグレードといっても十分すぎる広さと清潔さだった。
寝台と小さな机。窓からは王都の街並みが一望できる。
(辺境の宿とは大違いだな……)
リュックを下ろすと、ヒーフーミーがそれぞれリュックから出てきた。
ミーがベッドに飛び乗って跳ね始める。フーは部屋の中をふわふわと漂う。ヒーは窓のそばに行き、外の景色を静かに眺めていた。
「今日は窮屈でごめんな、みんな」
「もう慣れたわ」
「うん」
「ねてたー」
(旅行みたいだな、この感じ……)
部屋の備え付けの説明を読むと、どうやらルームサービスもやっているようだった。
「みんな、お腹空いてるかな?」
「すいたー!」
「よし! 頼もうか」
ミーが早速反応したので、俺は部屋の内線から連絡をして、食事を頼むことにした。
しばらくすると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
(おっと、ミーたちのことはバレないようにと……)
運んできた男性に断って、果物やパン、それに飲み物を部屋の入口で受け取った。
彼が一礼して立ち去るのを確認してから、部屋のテーブルへと運んだ。
色とりどりの飲食物が目に入るやいなや、ヒーフーミーたちは喜びの声を上げて、あっという間にたいらげてしまった。
「……今日はもう寝ようか」
そうして、部屋の明かりを消して眠りについた。
◆◇◆
翌朝、目が覚めると、ミーの声が聞こえてきた。
「……ヤマダー」
「んん、おはよう、早いな……」
「あきたー」
「え?」
「ここ、あきたー」
(……なんだって?)
「環境が変わって疲れたみたいね」
ヒーが涼しく言った。
「王都に来て、まだ2日目なんだけどなぁ……」
「かえりたいー」
今度はミーがはっきりと言った。
「僕も……」
そばで漂っていたフーも同調した。
「そうか……」
王都にみんなを連れて来たのは、完全に俺のわがままだった。慣れない人の群れは、俺だって疲れる。
それに、王都でパレードを味わえたし、クレメルさんにも会えた。それだけで十分過ぎる旅だ。
「……みんな、王都までついて来てくれてありがとう。もう帰ろっか」
「うん!」
ミーとフーが同時に答えた。
ヒーも「悪くなかったわ」と小さくつぶやいた。
(そうだ、オルドランさんたちに挨拶してから帰ろう)
そう思い、ホテルで精算を済ますと、昨日訪れた城へ向かって歩き始めた。
路地を曲がったところで、見覚えのある横顔が目に入った。
茶髪に、淡い色のブラウスにスカート。
(どこかで見たような……あ、中村さん!)
彼女、いや彼は――“ダリオスの翼”の、中村さんだ。女装するとスキルが発揮される、あの人だった。
俺が声をかけようとした瞬間、彼は目の前のドアを開けて店の中に入ってしまった。
その後を追うようにして店の前に向かうと、木製のドアが固く閉じられていた。
ショーウィンドウに並べられているのは、大小さまざまな剣だった。
(武器屋……?)
明らかに戦闘用のもの。俺にはそれを使いこなすスキルも度胸もない。
彼にも用事があるのだろう。邪魔をしてはいけないと思い、俺は扉を背にしてその場をあとにした。
◆◇◆
城の前に着くと、騎士が二人立っていた。
(どうしようかな。昨日はオルドランさんがいたから良かったけど……)
そう思い、うろうろと悩んでいると、騎士の一人が声をかけてきた。
「あれ、ヤマダさん?」
「え、あ、はい」
「やっぱり! お久しぶりです!」
「ああ、どうも!」
(えーと、誰だっけ……名前を知っているということは、コーヒーを飲みに来ていた人の騎士団の誰かかな……)
俺は愛想笑いを浮かべながら応じた。
「もしかして、団長に御用ですか?」
「はい、今日この街を出発する予定で。最後に挨拶をしたいと思いまして」
「そうでしたか。申し訳ないのですが、団長は少し急ぎの用事がありまして、今日は難しいかもしれません」
「そうですか。それでは、ありがとうございましたとお伝えいただけますか?」
「もちろんです! ヤマダさんもお気をつけて」
「はい、それでは」
そう言って礼をした。
やっぱり聖騎士ともなると、忙しいみたいだ。
(そうだ、クレメルさんのところにも)
そう思い、お店のある路地裏へと目的地を変更する。
店の周りに人だかりができていた。今日は女性だけでなく、男性客もちらほら混じっている。
クレメルの様子は、人に隠れているのか全く見えない。
(……忙しそうだし、またの機会にするか)
ともかく繁盛しているようで良かった。
「よし、スーちゃんのところへ行くか」
「はやくー!」
「あ、スーちゃんのいる場所ってどっちだっけ?」
「あっちー」
「お、ありがとう」
ミーがリュックから声をかけてくれた。
案内に従い路地裏を進んでいく。見覚えのある道でどうやら正しいようだった。
しばらく歩いたところで――正面から二人の男女が歩いてくるのが見えた。
「あっ」
向こうが何かに気づいて、大柄の男性が声をかけてくる。
「山田さん!」
「あ!」
その男性は、“ダリオスの翼”の黒田さんだった。
「黒田さん!」
「山田さんも、この街来ていたんですね!」
「はい。ただ、ちょうど今日出発しようかと思って」
「そうでしたか」
黒田さんの横にいた、金髪の少女が小さく俺に会釈する。細かく刺繍の入った白いドレスが目を引く。
(えーと、彼女は誰だっけ……)
そんなことを考えていると、黒田さんが提案をした。
「他のみんなにも声をかけましょうか? 」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。皆さんも用事がおありかと思いますので。あっ、そういえば、さっき中村さんをお見かけしましたよ」
「ああ、今は別々に行動してるんですよ。時間潰しで」
そう言って黒田さんは笑って教えてくれた。
(……なるほど、別行動か)
「出発される前に、山田さんに会えてよかったですよ」
「ええ、こちらこそ。皆さんによろしくお伝えください」
「はい! あっ」
黒田さんが、一瞬、何かを言い淀む。
「……いえ、すみません。なんでもないです。またお会いした際は、色々とお話しましょう。飲みに行く約束も、忘れてないですからね!」
「はい! それではまた」
そう言うと、二人の背中が人混みに消えていった。
(なんだったんだろうな……それに、飲みに行く約束あったな……)
ぼんやりと思いを巡らせる。彼らも元気そうで良かった。
「ヤマダー、はやくー! スーちゃんのとこ!」
ミーの声で我に返る。
「ごめんごめん! 今から行くから!」
俺は急かされるようにして、再び歩き出した。




