第56話:鉛の心臓
足もとに花びらが一枚、ひらりと落ちてきた。紙吹雪の残りかと思ったが、顔を上げると、それが路面に咲き誇る本物の花々だと気づいた。
街路に面した花屋の軒先から、色とりどりの花が溢れ出すように並んでいる。
「……すごいな」
思わず立ち止まった。
リュックがもぞもぞと動いた。
ヒーフーミーが縁から顔を出し、花々を見渡す。ミーが「きれー」と小さく声を上げ、フーも「うん」と同意する。ヒーも静かに見つめていた。
その様子をぼんやり眺めていたら、店の奥から声が聞こえてきた。
「――最後に、パレードのお手伝いができて良かったわ」
「え、最後って……?」
女性の声が二つ。
「お店、閉めることにしたの」
「どうして!?」
「娘が病気でね……まとまったお金が必要になったの。この店を売れば費用の足しになるかと思って。もっと続けたかったけれど、仕方ないわ」
「そうなの……残念ね」
「今まで来てくれてありがとう。あなたのような人がいてくれたから、長く続けられたわ」
やがて客は名残惜しそうに店を出ていった。
客の姿が角に消えるのを確認すると、俺は咳払いをして店主に声をかけた。
「すみません、こちらの花が欲しいのですが……」
店主が振り向いた。
丁寧に微笑んでから「どちらになさいますか?」と聞いてくれた。
「それじゃ、この白い花を」
「はい、ありがとうございます」
「お代はこれで」
俺は懐から金貨を取り出して、カウンターに置いた。
「お恥ずかしながらこの国に来たばかりでして……これで足りますか?」
店主が固まった。
「あ……はい、十分過ぎるほどです。あの、すぐにお釣りを――」
「いえ、お釣りは結構です。受け取ってください」
「で、でも……こんな大金……」
「ああ、気にしないでお受け取りください」
「はぁ……それでは、お包みいたしますね。少々お待ちください」
店主は困惑した顔で金貨と俺を交互に見ていた後、軒先から花を取り出して店の奥へと戻っていった。
(しまった……明らかに不自然だった……)
そして、ふと疑問がよぎる。
(金貨1枚で、治療費は足りるのか……?)
そばの白い花に蝶が漂っているのが見えた。
(そうだ、これなら……)
「お待たせいたしました。こちらが商品となります」
そう言って包んだ花を俺に手渡す。
「ありがとうございます……あれ?」
俺は一輪の花をわざとらしく手に取り、花弁のあいだを指でほぐすように眺めた。
その陰で、ポケットの中にあった残りの石、3つすべてをそっと握り込む。
「何か……入ってますね……」
「えっ、申し訳ございません! すぐにお取り替えを――」
「いや、いいんです」
包まれた花を一度カウンターに置いた。
そして、握り込んでいた石を3つ、静かに並べてみせた。
光によって色を変える、あの不思議な石だ。
「どうやら石のようですね。これは私のものではないので、あなたにお返しします」
「あの……私のものでもありませんので、受け取れません」
「元々、その花の中にあったんです。だから、あなたのものですよ」
俺がそう言い返すと、店主はしばらくその石を見つめていた。
「ああ、それに石でしたら、良い店がありますよ」
女性はようやく顔を上げる。
「この近くの路地裏に、私が懇意にしている宝石店があります。申し遅れました。私、ヤマダと申します。店主の男に、ヤマダからの紹介だと言ってもらえれば、きっと引き取ってもらえると思います」
「ヤマダ様、ですか……」
「はい。きっと、悪いようにしないはずです。おっと……それでは私は先を急ぐので、ここで失礼します。素敵なお花、ありがとうございました」
「はい……お買い上げ、ありがとうございました」
そして、女性はお礼に一礼した。
俺はそそくさと、逃げるように店を後にした。
◆◇◆
「ヤマダー、なんか変だったー」
ミーが早速言う。
「変なヤマダ」
フーも静かに言う。
「下手ね」
ヒーに至っては、バッサリと一言で切り捨てた。
「はぁ……」
(言われなくても、分かってるよ……)
どうやら俺に演技の才能はないらしい。
静かに歩き出す。
その瞬間だった。
背中でかすかな光が灯った気がした。
思わず振り返るが、何も変化はない。
唯一目に映ったのはリュックの上部に固定した鉢だけ。さっきと変わらず、薄い色の葉が静かに揺れているだけだった。
(……気のせいか。それよりも……)
「あの宝石、高く売れるといいな」
「なんのことー?」
ミーが俺に尋ねた。
「いや、なんでもないよ。もう少し街を散策しようか」
「さんさくー!」
リュックが小さく揺れた。
前を向くと、穏やかな日差しが彩られた花々を優しく照らしていた。




