第55話:転がる石に苔は生えない
城を出てから、俺たちは王都の街並みをぶらぶらと歩いていた。
パレードの余韻が、まだ街のあちこちに残っている。通りには色とりどりの旗が飾られ、露店が並び、行き交う人々はみな顔がほころんでいた。どこか遠くで、笛が陽気に鳴り響いていた。
「綺麗だなぁ」
思わず呟いた。
彩られた花々の中を、人々が笑い、子どもが走り、老夫婦が手をつないで歩いている。
こういう光景を見ていると、なんだか胸のあたりがじんわりとする。
ただ、人が多かった。
とにかく多かった。
パレード帰りの人波が一方向に流れていて、俺はその逆を歩いていた。肩がぶつかる。足を踏まれそうになる。背負うリュックがぐらぐら揺れる。
上部に固定したあの鉢が気になったが、なんとか大丈夫そうだった。
(少し休みたいな……)
大通りから外れ、細い路地へと逃げ込んだ。
途端に、音が遠くなった。
石畳の路地は、ひんやりとしていた。両側に建物が並んでいて、日が差し込みにくい。それでも、雑多な喧騒から切り離されたその空間は、妙に落ち着いた。
「はあ……」
思わず息をついた。
ゆっくりと路地を歩き始める。
よく見ると、このあたりにも店がある。目立たない入り口、手書きの看板。大通りの華やかさとは違う、こじんまりとした佇まいだ。
(こういう路地に、地元の美味しい店があったりするんだよなあ……)
路地裏とかビルの谷間にひっそりとある、地元民しか知らないようなラーメン屋とか。
(……さすがにこの世界でラーメンはないか)
一人で突っ込んで、一人で苦笑した。
そのとき、ふと目に留まるものがあった。
路地の奥に、外装の綺麗な店がある。他の店とは少し雰囲気が違う。窓の外に小さな棚が設えてあって、そこに何かが並んでいた。
近づいてみると、石だった。
赤や緑、色とりどりの宝石が、丁寧に並べられている。
(宝石店か。こんな路地にあるんだ……)
しばらく眺めていると、店の奥から声がした。
「いらっしゃいませ」
顔を上げた。
「おお! ヤマダ様!」
飛び出してきたのは、見覚えのある顔だった。恰幅のいい体つき、人懐っこい笑顔。
あの辺境の町で世話になった商人、クレメルだった。
「王都にいらっしゃったんですね!」
「ええ。場所は少々分かりにくいですが、ここでお店を持つことができまして!」
クレメルは嬉しそうに店の外観を見回した。
「王都の良い立地は中々難しかったのですが、たまたまお店を閉める方がいらっしゃって、譲っていただけたのですよ」
「そうなんですか。いやー、すごいですね」
「本当に運が良かったです。そういえば……前の店主の方も、変わったことをおっしゃっていましてね」
「変わったこと……?」
「『この店で何を売るんだ』と。私が宝石やら雑貨を考えていることを答えたら『それなら安心だな』と言って去っていかれたんです。あれはいったい……」
「なんでしょうね。縄張りとか、あるんですかね」
「さあ……」
クレメルは首を傾げた。
(近くに似たような店があると揉めるとか、そういう暗黙の了解でもあったのだろうか。武器屋のそばに別の武器屋を出してはいけない、みたいな)
この世界のことはまだよく分からない。
「あ、ヤマダ様。改めてお礼を言わなくてはなりません」
「お礼?」
「例の宝石ですよ」
そう言ってクレメルは店の中へ手招きした。棚の上に、あの石があった。
光の種類で色が変わる、あの宝石だ。
「あなたの見立ては正しかった。あの石の価値は、上がり続けました」
「え……」
「色々と仕入れまして、おかげさまでこんな具合に」
俺は店内を見回した。以前のクレメルの店には武具や雑貨が並んでいたはずだが、今はその影もない。棚という棚に、宝石が並んでいる。
「それにしても、すっかり宝石店になってしまいましたね」
「ええ。皆様が欲しいものをお届けするのが私のモットーですので。気づいたらこうなっておりました」
クレメルは豪快に笑った。
「今はパレードでお客さんがいませんが、女性のお客様を中心にお買い求めいただいていますよ。時々男性のお客様もいらっしゃいますね」
「へえ」
「そうそう、この間、面白いことがありましてね」
クレメルが思い出すように言った。
「この宝石、仕入れの関係で数に限りがあることも多いのですが……ある日、女性の冒険者の方々が大勢いらしたときのことです。その中の一人の少女が、まだ宝石を持っていない方を確認して、こう提案したのですよ。『一人一個ずつにしましょう』と」
(なんだか、転売ヤー対策みたいな話だな……)
思わず内心で突っ込む。
「皆さんが自然と話し合って、満足して帰っていかれました。あの光景は、なかなか良いものでしたよ」
「そうですか」
俺は素直に感心した。
欲しいものを奪い合うのではなく、持っていない人に譲る。
(紳士協定ならぬ淑女協定ってのがあるんだな)
「それから、赤や緑の固定した色の石も、最近人気が出てきておりまして」
「ああ、なるほど」
色が変わる石だから、固定したカラーも映えて見えるのだろう。
「ヤマダ様も、あの宝石をまだお持ちでしたら、ぜひ私に売ってくださいね。高く買いますよ」
(今だと、いくらくらいだろう……? 手元にまだ何個かあるし、ここで売るか……?)
喉元まで「いくらで?」という言葉が出かかったが、もう少し様子を見ることにした。
この調子ならまだまだ値は上がりそうだ。
「ははは、また機会があれば」
「ぜひぜひ。またいつでもお立ち寄りください」
そう言って、クレメルは手を振って見送ってくれた。
そして、俺たちは路地を歩き出した。
大通りへの出口が近づいてきたところで、向こうから女性が二人、楽しそうに話しながら歩いてきた。
「ねえ、あの店、“マリア様の宝石”売ってるって!」
「え、ほんとに!?」
すれ違いざまに、そんな声が聞こえた。
いつの間にか、俺にも笑みがこぼれていた。




