第54話:社畜は不労所得の夢を見るか?
「実は、ヤマダさんにお願いしたいことがあるのです」
「お願い、ですか?」
俺は思わず身構えた。
「その前に少し……場所を移してもよろしいですか?」
「はい、大丈夫ですが……」
戸惑いながら、彼の後ろをついていく。
少し歩いた先で、王は一つの扉の前で止まった。
「ここです」
扉が開けられる。
中は静かだった。部屋の中央には、小さな台が置かれていた。その上に、さらに小さな鉢がある。
「……植物、ですか?」
「はい」
王は台へ近づきながら続けた。
「先代の国王が、騎士団を派兵した遠征の折に発見したものです。私がまだ幼い頃のことです。先代はもうこの世にはおりませんが、当時はこの葉が青々と生い茂っていたと聞いています」
俺はそっと近づいて、鉢の中を覗き込んだ。
葉は確かにある。だが、どこか元気がない。色も薄く、触れたら崩れてしまいそうな頼りなさがあった。
「今は、こんな状態なのですか?」
「ええ。ここ数年で急速に弱っています。植物学者、魔術研究者をはじめ、各専門家たちと確認して、あらゆる手段を試みましたが……原因も、有効な手立ても、いまだ分かっていません」
「そうなんですか……」
「植物学者は、これを古代の『ヨヴェル』という品種であることまでが分かっています。過去の文献によると、“世界樹”と呼ばれていたこともあるようです」
「世界樹……」
思わず繰り返した。ただの小さな植物だ。それでも、その言葉が、どこか遠いところから来たような気がした。
「もし枯れたらどうなるのか。正直なところ、私にも分かりません」
王は続けた。
「ただ……最近の魔物の凶暴化、強大な竜の出現。これらと、このヨヴェルが枯れかけていることは、無関係ではないような気がしてなりません」
「そんな……」
「これはあくまで私の勘です。証明はできませんが」
王は静かに付け加えた。
「それが私の思い違いだとしても……貴重な種を絶やしたくはない。それだけは確かです」
短い沈黙が落ちた。
「そこで、ヤマダさんにお願いしたいのです」
「これ、ですよね?」
「はい。あなたと、あなたの仲間たちが花を新しい品種へと変えてみせた。あれを見て私は、あなたたちならばと確信しました」
「そんな大層なものでは……」
「もし、この葉が枯れるのを防いでいただけたなら……相応の褒美をお渡しします。財でも、土地でも、あなたが望むものを」
王はそう言って、俺を見た。
「もし枯れてしまっても、あなたには何の責任も生じません。我々が手を尽くして叶わなかったことです。あなたを責める理由はない」
(気楽に、ということか……)
俺はその植物を見た。
よく分からない。でも、この小さな植物が、なんだか心細そうに見えた。
ただ、一つだけ心に引っかかるものがあった。
「あの、褒美なんですが」
「はい」
「責任を負わないのに、褒美だけ受け取るのは……ちょっと、申し訳ない気がしまして……」
王が、わずかに目を細めた。
「断る、ということですか」
「はい。すみません」
少し間があった。
「……そうですか」
王は静かに、しかしどこか納得したような顔で頷いた。
「卵の件もそうでした。あなたは本当に、無欲な方だ」
「いえ、そんなことは……」
「では、こちらからのお願いだけ、聞いていただけますか」
「預かるだけなら、もちろんです。ただ、枯れても怒らないでくださいね」
「ええ、約束します」
王は穏やかに微笑んだ。
そのとき、リュックの中でもぞもぞと動く気配がした。
ミーがリュックの縁から顔を出して、植物をじっと見ている。
「……ヨヴェルって言うの?」
フーも覗き込んだ。
「うん。ヨヴェルだよ」
「じゃあ、よっちゃん!」
ミーが即決した。
ヒーはその様子を眺めていた。そして小さく、でも確かに笑った。
「……悪くないわね」
王が、その光景をしばらく眺めていた。
「俺たちでお役に立てるか分かりませんが……」
「それでも構いませんよ」
王は穏やかに続けた。
「あなたと話せて良かった」
俺はなんと返せばいいか分からなくて、ただ頭を下げた。
◆◇◆
城を出るとき、王が自ら鉢ごと持たせてくれた。
リュックに入れるには少し大きかったが、ヒーが手際よく布で包み、リュックの上部に固定して背負えるように整えてくれた。
「よっちゃん、揺らさないようにね」
ミーがリュックの中から声をかける。
「……大丈夫かしら」
ヒーが心配そうに背中を見ている。
(俺が聞きたいところだ……)
城門を抜けて、石畳の道を歩き出す。背中の小さな重さは、鉢ひとつにしては妙に存在感があった。
ふと、見上げた空は青かった。
「よっちゃん!」
ミーが植物に向かって声をかける。
フーも小さく「よっちゃん」とつぶやいた。
(まあ、なんとかなるだろう)
俺は思わず前を向いたまま、小さく笑った。




