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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第53話:Alias

 執事は静かに礼をした。


「失礼いたします。私はエウノイア王国にて執務を担っております、アリアスと申します」

「あ、私は、ヤマダと申します。よろしくお願いします」


 俺もあわてて頭を下げた。


「ヤマダ様、ですね」

「はい」

「実は、陛下はまだ式典にご参加中でして。こちらへお越しになるまで、少々お時間がかかります」

「ああ、そうなんですね」

「その間に、私からいくつかお話を伺えればと思いまして」

「もちろんです」


 アリアスは向かいの椅子に、静かに腰を下ろした。所作の一つひとつが無駄なく整っている。

 正面から見ると、端正な顔立ちだった。実際の年齢は分からない。自分より若くも見えるし、年上にも見える。なんだか不思議な感覚だった。


「ヤマダ様は、どちらのご出身なのですか?」

「え、えーと……端の村から、来ました」

「端の村、ですか」

「はい。小さな村で」


 そう言って俺が笑顔を浮かべると、アリアスも微笑んだ。表情は穏やかなままだ。

 しかし目が、何かを測るように動いた気がした。


「どのようなことをなさっているのですか?」


(えー、何してるって言えばいいんだろう……ヒーやフーやミーたちと遊んでるって言うと変だよな……)


「自然の中で植物を育てたり、彼らと日々を過ごしている感じです」

「彼らと?」

「は、はい。家族、みたいなもので……」


 短い沈黙。


「ところで……オーラムバードの卵は、どちらで?」

「卵……ですか」

「はい、献上なさったとオルドラン様から聞きまして」

「私の知り合いから、偶然譲り受けたものでして」


(嘘はついてない、よな……)


「知り合いですか」

「はい」


 また沈黙。

 アリアスは何も言わない。ただ静かにこちらを見ている。試されているような視線。


(なんだ、この圧……)


 ミーがリュックの中でもぞもぞ動くのがわかった。フーはカーテンの陰で息を潜めている。ヒーだけが、窓辺で腕を組んだまま微動だにしない。


「もう一つ。あの花――黄金の灯火(ルミエール・ドール)も、あなた方が育てたと聞いています。本当ですか?」

「いえ、オルドランさんが私たちのために持ってきてくれた種を、ここにいるミーやフーが育ててくれたんです」


 そう言うと、ミーとフーがリュックのそばでぴょんと跳ねた。


「ぽーちゃん育てたー」

「うん……」

「……ぽーちゃん?」

「あ、私たちがその花につけていた名前なんです」

「そうですか」


 アリアスの視線が、二人へ静かに向いた。


「しかし、既存の品種から新しい品種へと変化していたと報告を受けておりますが……」


(フーの魔力が関係してるんだろうけど……言えないな)


「きっと、彼らの愛情ですかね」


 アリアスは黙って聞いていた。


(あれ、間違えたかな……)


「加えて、聞いてもよいですか?」

「はい」

「あの卵をなぜ王国へ? しかも名を明かさず、オルドランに託す形で献上なさったのですか?」

「……え?」

「あれがどれほど貴重なものか、ご存じですか?」

「はい、一応……」

「ならば、ご自身で売ることもできたはずだ。王国に献上するにしても、名乗り出ることもできた。そうすれば、褒美を受けることもできたかもしれません。しかし……あなたは素性を明かさず、黙ってオルドランへ託した。それはなぜですか?」


(……なぜ、か)


 少し考えた。大した理由じゃないと思っていた。今でもそう思っている。


(……まあ、何個か売ったことは黙っておこう)


 俺は口を開いた。


「誰かの役に立つことができたらなって。そう思ったんです」

「役に立つ?」

「オルドランさんたちが、ずっと大変そうにしていたので。それに……この国のために、少しでも役立てられるなら、もうそれだけで十分かなって」

「それだけですか」

「はい。あとは……オルドランさんに託すなら、間違いない選択だって思っていました」


 アリアスはしばらく、何も言わなかった。

 ただ、静かにこちらを見ていた。


(あれ、変なこと言ったかな……?)


 沈黙が少し長くて、居心地が悪くなってきた。


「……なるほど」


 やがて、アリアスはそう言って、小さく息をついた。

 そして、おもむろに胸元に手をやった。


「お待たせいたしました、ヤマダ様」


 声の響きが、さっきまでと違った。


「改めまして、私はエウノイア国王、ルシアン・クレールです」


 頭が真っ白になった。


(えええええええ!?)


「あ、あ……」


 声が出なかった。

 ヒーがこちらをちらりと見た。その目が「落ち着きなさい」と言っていた。

 俺は深呼吸をした。

 

「……あなたが、王様?」

「はい」


 王は穏やかに微笑んでいた。まったく悪びれていなかった。


「驚かせてしまいましたね」

「い、いえ……そんな……」

「それと……試すような真似をして、申し訳ない」

「い、いえ」

「王としてあなたに会えば、きっとあなたのことを心から知ることができないと思いまして」


 俺はその言葉を、少し噛み締めた。


(……それはまあ、そうかもしれない)


 俺はなんとか表情を取り繕いながら、もう一度深呼吸をした。


「オルドラン、もういいよー!」


 王が廊下に向かって声をかけた。

 そして入ってきたのは、例の巨大ボトルを片手に持った男だった。


「ヤマダ殿、驚きましたか?」


 その顔は、どこか楽しそうだった。


(……この人もグルだったのか)


 俺は力が抜けるのを感じた。


「……オルドランさん、あなたも?」

「申し訳ない! ただ、陛下が素性を明かさずお会いになりたいとおっしゃって」

「いや、まあ……」


(怒れないな、これは)


「ありがとう、ヤマダ様。あなたに会えて、よかった」

「い、いえ……あの、様はやめてください。なんか、こそばゆくて」

「では、ヤマダさん」

「はい、そっちで」


 そこでふと気づいた。


「あ、オルドランさんも、今さらなんですけど殿とか要らないですからね。気軽にヤマダでいいですから」

「……ヤマダ、さん」


 オルドランが、ぽつりと繰り返した。その頬が、じわりと赤くなった気がした。


「な、なんだか……気恥ずかしいな」


(そのリアクションは、意味深すぎる……)


 その隣では王が、静かに笑っていた。

 そこへ、廊下から別の騎士が顔を出した。


「団長、少々よろしいでしょうか?」


 オルドランが振り返る。騎士が耳元に口を寄せた。


「……分かった」


 オルドランは短く答えて、こちらに向き直った。


「すまない、急用ができた。少し外す」

「ああ、行っていらっしゃい」


 王が穏やかに言った。


「ではヤマダ殿、ではなくヤマダさん。また後で」

「は、はい」


 そう言って、オルドランは足早に部屋を出ていった。


(……行っちゃった。結局、オルドランさん抜きで王と二人か)


 ミーとフーが静かに戯れている。ヒーは窓辺で外を見ている。


(いや、俺にはヒーフーミーたちがついてるんだ)


 王が、改めてこちらを向いた。


「実は、ヤマダさんにお願いしたいことがあるのです」


(……王から、頼みごと?)


 俺は再び緊張して背筋を伸ばした。


「Alias」は「エイリアス」と読みます。


それではまた次回で。

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