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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第23話:Talk Business

 大通りから一本入った裏通り。由緒ありげな骨董品屋の佇まいを見せるその店のドアを、俺はゆっくりと押し開けた。


 店内に漂う、古い木材と金属が混ざり合った独特の匂い。カウンターの奥からは、以前と同じ丸顔で小太りの中年男性が顔を出した。彼は俺の姿を認めるなり、弾かれたように立ち上がった。


「おや、これは先日の! よくぞお越しくださいました。本日はどのようなご用件で? もしや、また素晴らしい掘り出し物でも?」

 

 店主の目は笑っているが、その奥には商売人特有の鋭い光が潜んでいる。ここで安易に「すぐに金が必要なんです」という空気を出せば最後、足元を見られ、慇懃無礼いんぎんぶれいな言葉とともに値を叩かれてしまうだろう。


『……いいか山田。客の前に立つとき、特にタフな価格交渉に臨むときは、たとえ喉から手が出るほど契約が欲しくても、常に余裕を崩すな。腹一杯の時にデザートを勧められたような顔をしてみろ。先に困っていると悟られた方が負けだ』


 ふと、営業職時代の上司の顔が浮かんだ。口は悪いが情に厚い、俺にビジネスのいろはを叩き込んでくれた恩師だ。


 当時は「そんな無茶な」と内心毒づいたものだが、今ならその真意が痛いほどわかる。あれは俺に授けられた、文字通りの『金言』だったのだ。


 俺はあえて、含みのある微笑を浮かべた。

「いえ、買い出しのついでに。……そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は『ヤマダ』と申します。改めて、よろしくお願いします」

「おお、ヤマダ様! 大変失礼いたしました。私はこの店の主、『クレメル』と申します。ぜひクレメルとお呼びください。それで、本日は……?」


 形式通りの自己紹介を済ませ、俺は本題を切り出した。

「ええ、クレメルさん。先日の『卵』が、お役に立っているか気になりましてね」

「……その後、ですか」

「ええ。もし重荷になっているようなら、何かお力添えをすべきかと考えたのですが」


 提示したのは「商品の売却」ではなく、販売後の「アフターケア」。これもまた、上司の教えだ。


『相手を心配するふりをして、まずは信頼を勝ち取れ。信頼できるヤツからこそ、人は高くても物を買う。懐に入り込み、本音を白状させるんだ』


 俺が余裕たっぷりに構えていると、クレメルは堪えきれないといった風に顔をほころばせた。


「いやはや、ご心配には及びません! 大成功ですよ。あの卵は有力な伯爵家に卸したのですが、凄まじい引き合いでして。内密に数名へ提示したところ、条件を競り合うように価格が跳ね上がり、最終的には最高値を提示した伯爵家へ売却させていただきました」

「そうでしたか!」


 俺は弾むような相槌あいづちを打ち、さらに饒舌じょうぜつになるよう促す。


「おかげで、今回入手できなかった方々からは『次はいつだ』『まだか』と詰め寄られている始末でして……いやはや、困りましたよ」


 その声は「困っている」と言いつつ、商売人としての喜びを隠しきれていない。


(……よし、釣れた。自分から『在庫がなくて困っている』という情報を吐露したな)


「それは本当に良かった。喜ばしい限りです」

「ええ、ヤマダ様には感謝しかありません。あのような卵は入手困難でしょうが、ヤマダ様が見つけられた物なら何でも構いません。ぜひ、真っ先に私へ声をかけてください」


 機は熟した。俺はゆっくりと、言葉を置くように切り出した。

「そうですか。……実は今日、偶然にも手に入ったんですよ。その『次』が。二個目の卵です」

「なっ……! 二個目!? 二個目があるのですか、ヤマダ様!」


 クレメルが身を乗り出す。さあ、ここからが本番だ。

「ええ。ですが、道中の町で偶然知り合った他の商人からも熱烈に声をかけられましてね。やはり、他の方にも平等にチャンスを与えたいという気持ちもあるのです」

「そんな! ぜひ、我が店で!」

「うーん……特定の方にばかりお渡しするのも、私としてはリスクになりかねません。高額な取引ですし、いざという時のためにも、販売経路はできるだけ多く持っておきたいのが本音でして」


 俺が言葉を濁すと、クレメルは必死な形相でまくし立てた。


「お待ちください! 私には確かな実績があります。この町だけでなく王都、隣国にも広がる人脈、そして多くの取引を成功させてきた自負もございます! 他所へ経路を広げる必要などございません。ぜひ、我が店に『独占販売』させてください!」

「……ほう。そこまで言われますか」

「価格は……金貨七十枚、いや、需要の高まりを考慮して金貨『八十枚』でいかがでしょう!?」

 

 金貨八十枚。前回の六十枚を大幅に上回る。先に市場価値が高いことを認めてしまった弱みと、俺に対する警戒心の払拭。それがこの好条件を引き出した。

 正直、交渉としては十分過ぎる成果だ。しかし、『目標』にはまだ届いていない。


 俺はすぐに頷かず、意味ありげに目を閉じ、顎に手をやって「うーん」とうなってみせた。


 沈黙。


 静寂が支配する店内で、俺はあえて一言も発さない。


『……いいか、山田。雄弁は銀、沈黙は金だ。商品に絶対的な価値があるのなら、沈黙の恐怖に耐えられなくなった時、条件はさらに跳ね上がる』


 薄目を開けて伺うと、クレメルは商機を逃すまいと脂汗を浮かべていた。彼にとっても、有力な顧客との繋がりを維持できるかどうかの瀬戸際なのだ。

 

 やがて、耐えきれなくなった店主が声を震わせながら口を開いた。


「わ、分かりました……! 金貨『九十枚』! これが私の出せる、本当の本当の限界です。どうか、これで!」


 俺はゆっくりと目を開け、店主を真っ直ぐに見据えた。そして、満足げに深く頷く。


「……分かりました。その熱意、クレメルさんを信じましょう。この卵、あなたに託します」

「おぉ……! ありがとうございます、ヤマダ様!」


 俺がリュックから『オーラムバード』の卵を取り出すと、店主は丁寧に白い手袋をはめ、それを捧げるように受け取った。


 店を出ると、ずっしりとした金貨九十枚の重みが肩に響いた。


「お疲れ様。上手くいったわね」

 リュックの隙間から、ヒーたちの感心したような声が聞こえる。


「ヤマダーは、交渉が上手だねー」

「値を上げてた……」

「あの交渉に何か意図があったのかしら? それとも、単にお金が沢山欲しかっただけ?」


「そうさ、沢山お金が欲しかっただけだよ」

 

 俺は革袋を握りしめ、再びあの騒がしい屋敷へと向かった。


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