第24話:Stay Gold
屋敷の門をくぐり、玄関のノブに手をかける。その直前、俺は背中のリュックに向かって小さく声をかけた。
「ヒー、フー、ミー。中に入ったら、悪いけどリュックの中でおとなしくしててくれよ。見つかるとややこしいからな」
「わかったわ」
「うん」
「おやすみー」
(おとなしくしてることは、寝ることとは違うよ?)
内心でツッコミながら、三人の気配がリュックの奥に沈むのを確認した。
そして、俺はドアを開けた。
玄関先では、三人の男女が力なく膝をついていた。
「お願いです、魔道士様……せめて、せめて銅貨数枚でもいいんです。宿代さえあれば、明日からまた生活できますから……」
あの日、初めて彼らを見かけた時の眩しさは微塵もない。今の彼らにとって、数枚の銅貨が「明日」を繋ぐ唯一の命綱なのだ。
「しつこい。一度与えた金さえ守れぬ者に、これ以上の施しは無意味だ」
冷淡に言い放つヴェリウス。その光景は、あの日、クレメルの店で卵を買い叩かれそうになっていた、俺自身の姿と重なった。
俺は一歩、その凍てついた空気の中心へと踏み出した。
「その三人の価値は、銅貨数枚どころじゃないはずだぜ、魔道士さん」
ヴェリウスがゆっくりと俺を振り返る。
「お前か。何の用だ。見ての通り、私は今忙しいんだ」
「とぼけるなよ。あんたの『人を見る目』は、もっと鋭いと思っていたんだがな」
ヴェリウスが、ふっと口角を上げた。
あの日、彼が俺を救うために使った理屈をそのまま返されたことに、彼は完全に気づいたらしい。
「……なるほど。お前は私に、あの日と同じ『適正な取引』を求めているわけか」
俺はヴェリウスに目配せをし、跪く三人から見えない廊下の影へと彼を促した。
懐から、ずっしりと重い革袋を取り出す。
「一人につき金貨10枚、三人合わせて金貨30枚だ。これを彼らに渡してやってくれ」
ヴェリウスは俺を凝視した。
「……おい。正気か? これだけの大金、いったいなぜ見ず知らずの奴らに。なぜそこまでして施しをする?」
「これは『施し』じゃない。未来への『投資』だと思ってくれ。最初の装備さえ整えてもらえれば、あいつらなら、きっと大丈夫さ」
「……投資、だと? 帰ってくる保証などないというのに。お前という男は……」
ヴェリウスは呆れたように息をついた。彼はそのまま金貨を受け取ると、視線を変えながら独り言のように呟いた。
「……そうか。確かに『本物』だったというわけか……」
(はは、また始まったよ……)
俺は内心で苦笑いした。
この魔道士は、まだ俺のことを勘違いしているのだろう。実際は他の力に頼って、うわべだけの言葉で金を稼いだだけの、しがない元社畜だっていうのに。
俺はヴェリウスの背中を促した。
「さて、魔道士様の真の力を彼らに見せてやってくれよ」
そして、ヴェリウスは再び冷徹な表情を作り、元の場所に歩きだして、三人に向かって言い放った。
「……お前たち。先ほどの言葉は撤回しよう。やはり、ここで見捨てるのは私のプライドが許さん」
金貨30枚が、重たくテーブルに置かれた。
「これは施しではない。『投資』だ。この金で装備を整え、相応の結果を見せろ。すぐにとは言わん。だが、然るべきタイミングで、きっちり返済してもらうぞ」
三人の時間が止まったようだった。
「き、金貨……!?」
「そんな……どうして……っ」
「……ありがとうございます……っ、本当に、ありがとうございます……!」
声を震わせ、目に涙を浮かべる彼らの横を、俺は知らん顔で通り抜ける。
背中越しに、ヴェリウスがこの世界で生き残るための術を説く声がする。厳格ながらも熱があり、まるで講義が始まったみたいだった。
俺は外に続くドアに手をかける。
『……いいか山田。頭を使って、正しい方向で努力し続けられる熱意があれば、きっと結果を残すことができる。簡単に自分のことを見捨てたりするなよ』
ふと、そんな言葉を思い出していた。
前の世界で、新入社員だった頃の俺ですら、彼らのような情熱は持っていなかったかもしれない。
この世界に来たばかりの、彼らの抱いていた熱意は、間違いなく本物だった。
今の自分には戻れない場所。だからこそ、彼らにはもう一度、あの輝きを取り戻してほしかった。
俺が提供できるのは最初の足場だけだ。後は、彼ら次第だ。
彼らの成功と無事を祈り、俺はドアを開けた。




