【第87話】三者面談のあとで
寒さが日に日に増していく二月のはじめ。
教室の窓ガラスは、朝のうちに白く曇り、午後には吐息が冷たく残った。
三年生の最大のイベントのひとつ――三者面談。
志津香は、淡々と話を終えた。
書道を続けることに、両親は最初こそ不安げだったが、彼女の静かな決意にうなずいていた。
真理子は、両親に「好きなことを続けてほしい」と言われ、逆に戸惑った。
応援されているのに、まだ自信がない自分に気づいたからだ。
そして、あすか。
「……それで、結局どうしたいの?」
そう母に問われたとき、口が動かなかった。
“元気な子”として育ったあすかにとって、迷いを見せるのは苦手だった。
「書道って、仕事になるの?」
「夢ばっかりじゃ生きていけないのよ」
その言葉に、胸が少しずつ冷えていく。
「わかってるよ……」
そう言ったけれど、自分の声がまるで他人のようだった。
面談を終えた放課後。
いつものように、三人は書道室にいた。
筆は握られていない。
代わりに、湯気の立つココアが机の上に並んでいた。
「どうだった、面談」
真理子がそっと尋ねると、志津香が静かに言った。
「……親も、理解してくれた。たぶん、“まだ分かってないけど、信じようとしてくれてる”って感じ」
「うちは逆に、“好きにしなさい”って言われて……」
真理子は苦笑しながらカップを両手で包んだ。
「自由って、難しいね」
そして、あすか。
「……なんも言えんかった」
その声は、いつもの明るさをなくしていた。
「“仕事になるの?”って言われて、うち……“ならへんかもしれん”って思ってまったんや」
「でも、それって正直な気持ちじゃない?」
志津香が言う。
「うん。でもな、それ言うたら……書道を好きって言ってきた自分を、否定するみたいで」
「口にした瞬間、うち、自分がちっちゃくなった気がして……」
沈黙が落ちる。
窓の外では、夕日が雪雲を押しのけるように差し込み、淡い光が書道室を染めていた。
「……志津香は、なんで続けようと思ったの?」
あすかがふと聞いた。
「たぶん、“自分の言葉”を、書の中に見つけられるから。
話すよりも、書くほうが、本当の気持ちに近い気がする」
「真理子は?」
「……まだ分からない。でも、書いてるときの自分が、いちばん“私らしい”気がする。
下手でも、誰かのまねでもなくて、私の線で、紙に触れてるって……それが好き、かな」
あすかは、その二人の言葉をじっと聞いていた。
そして小さく息を吐いて、ぽつりと言った。
「うちも、書くことが好きやって、思いたい。……もっと、自分の言葉で言えるようになりたい」
誰も答えを持っていなかった。
でも、それでよかった。
すぐに決められなくてもいい。
書きながら、悩みながら、未来ににじむ“線”を見つけていく。
――三者面談は終わった。けれど、三人の“進路”は、まだ白紙のままだ。
だからこそ、書けるのだ。
それぞれの筆で。
それぞれの言葉で。




