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筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


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【第83話】書道部の忘年会

12月の終わり。

 雪こそ降ってはいないが、風はすっかり冬の匂いをまとっていた。


 


 放課後の書道室には、いつもの墨の香りではなく、ほんのり甘いおしること、焼き芋の香りが漂っていた。


 


 「よーし、そろそろ始めるでー!」

 あすかが両手を広げて宣言する。


 


 「第○回、書道部・大忘年会!」

 「ていうても、飲み会やないで? あくまで“書き納め”やからな!」

 「……一応、甘酒ノンアルあるけどな!」


 


 笑いが起こる。


 


 顧問の神谷先生も、今日ばかりはスーツではなくセーター姿で、

 湯気の立つ紙コップを手に、窓際で静かに見守っていた。


 


 部室の一角には、テーブル代わりの長机。

 その上には、差し入れの手作りクッキー、コンビニのお菓子、保温ポット、そして何よりも――一人一枚の「白紙」が並んでいる。


 


 「じゃあ始めようか」

 志津香が静かに言った。


 


 「ことし最後の“ひとこと書”」

 「テーマは、“ことしの自分に伝えたい言葉”」


 


 墨をすり、筆をとり、深呼吸。

 部屋がすっと静まる。

 書道室の空気が、一瞬で“書く空気”に変わった。


 


 まず、真理子が動く。


 


 彼女の筆が、ためらいがちに白紙に触れ――それでも、ゆっくりと、たしかに一文字を描いていく。


 


 「続」


 


 「やっと“書きたい”と思えるようになったから。来年も、続けたい」

 そう言って、真理子は少し照れた笑顔を浮かべた。


 


 次に志津香。


 筆を持つその手は、迷いなく、しかし凛と静かに動いた。


 


 「緩」


 


 「力を抜くことを覚えた一年だった。私には、それが必要だった」

 そう言う声は静かだけれど、はっきりと芯があった。


 


 そして、あすか。


 


 彼女は、筆を握ってから、数秒黙っていた。

 やがて目をつぶり、ふっと笑って――


 「聴」


 


 「今年は、いっぱいぶつかって、しゃべって、けど、もっと“聞く”ことが大事やって思った」

 「人の書、心、言葉。来年は、もっと聴ける人間になりたいねん」


 


 拍手が起こる。

 後輩たちもそれぞれの言葉を選び、真剣な顔で書き始めていく。


 


 「“笑”って書いた子、おるな」

 「“焦”、いやあこれはリアルやな……」

 「“食”て、どんだけ部活で差し入れ楽しみにしてたんや」


 


 笑いがまた起こる。

 けれど、どの言葉にも、その人なりの“この一年”が詰まっていた。


 


 やがて全員が書き終えたころ――

 顧問の神谷先生が、ふいに言った。


 


 「……私も、書こうかな」


 


 珍しく、筆をとる神谷先生。

 周囲がどよめく中、先生は何のためらいもなく、迷いもなく、筆を紙に下ろした。


 


 「灯」


 


 「君たちの書は、いつも迷って、揺れて、それでも前を照らしてる。

  まるで、一本の灯のようだ。……来年も、灯を消さずに、書き続けなさい」


 


 その言葉に、誰もが心の奥に静かな火をともされたような気がした。


 


 部室に流れるあたたかな空気。

 甘酒の湯気、笑い声、そして筆跡たち。


 


 それは一年を締めくくる、なによりの“書道部らしい夜”だった。

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