【第80話】展示会での衝撃
文化祭の朝。
校門をくぐると、ざわざわとした熱気と、かすかに漂う焼きそばの香りが出迎えてくれた。
書道部の展示会場は、南校舎一階の空き教室。
教室の壁一面に掛けられた一枚の大作――三人で書き上げた《繋》。
「よし、照明もええ感じや」
あすかが腕を組みながら展示の最終確認をする。
「うん。順路もスムーズに見てもらえると思う」
真理子が案内パネルを手直しする。
「筆跡の流れ、やっぱりこの角度が一番美しく見える」
志津香が調整したスポットライトの位置を再確認した。
全てが整った。
あとは、見てもらうだけ――
開場と同時に、ぞろぞろと人が入り始める。
書道部の展示は毎年評判がよく、年配の来場者や中学生も多く足を止めていた。
「うわ、でっか……」
「“繋”って字か……何人で書いたんやろ」
「この“はらい”のとこ、かっこいい」
「真ん中の線、ちょっとゆがんでる? でも、なんか自然」
三人は入口の近くに立ち、来場者の声をこっそり聞いていた。
緊張と期待が入り混じった時間。
そのときだった。
展示の前に立ち止まった一人の中年男性が、しばらく無言で《繋》を見つめてから、低い声で言った。
「……これは“誰も責任を取ってない字”だな」
思わず、あすかの目が大きく開かれる。
志津香は言葉を失い、真理子の手からパンフレットが滑り落ちた。
「え、どういう……?」
男性は誰に語るでもなく、静かに続けた。
「線に覚悟がない。美しいけど、まとまりすぎていて、誰の声も聞こえてこない。
綺麗に整えて、“うまくやった”作品に見える」
その場の空気が凍るように感じられた。
あすかが一歩、踏み出した。
「うちら三人で、精いっぱい考えて、書いて、ぶつかって、合わせて……その上で作ったんです」
「“うまくやった”なんかじゃない。これは、あたしたちの本気の――」
「本気であることと、伝わることは別だよ」
男性は、ふっと微笑むように言った。
「でも……頑張った跡は、確かにある。それは良かった。続けなさい」
そして、去っていった。
沈黙。
訪問者たちは何も気づかないまま、《繋》の前で感嘆したり写真を撮ったりしている。
だけど――三人の耳には、あのひと言が深く刺さっていた。
「“誰も責任を取ってない字”……か」
真理子が、ぽつりと呟いた。
「なんか……ぐさっときたな」
あすかが苦笑しながら、額に手をやる。
志津香はじっと、《繋》を見つめていた。
「確かに、私たち、ぶつかることを避けたかもしれない。
“調和”を意識しすぎて、誰かが引いたまま終わった線も……ある」
それでも。
「でも、ここから、また書けるやん」
あすかが、拳を握った。
「これが“今のうちらの限界”やったら、次は超えたらええんやろ」
「うん。ちゃんと、考え直したい」
真理子が言った。
「“うまくやる”だけじゃなくて、
“自分たちの言葉”としての書――それを、もっと探したい」
志津香が、静かに続けた。
三人は黙って、もう一度、《繋》を見上げる。
その字は確かに美しかった。けれど、完璧ではなかった。
それでも、それが“今”の彼女たちの筆だった。
未完成だからこそ、書き続けられる。
そんな思いが、三人の胸に、静かに宿りはじめていた。




