表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/150

【第68話】山下真理子、入賞す

コンクールの結果発表は、校内で思ったよりも大きく扱われた。


 掲示板の前、人だかりの中――


 「え、山下先輩……入賞してる!」


 その声が、真理子の耳に届いたのは、休み時間のことだった。


 


 「え、えっ?」


 駆け寄って見たその紙には、確かに書かれていた。


 『全国高等学校書道コンクール 奨励賞 山下真理子』


 


 (……ほんとに?)


 


 自分の名前が、全国規模の表に印刷されていることが、まるで他人事のようだった。


 


 その日の放課後、書道室には先にあすかと志津香がいた。


 「おー、真理子! おめでとうっ!」


 あすかが真っ先に駆け寄ってくる。


 「いやあ、びっくりしたわ! やっぱ地道に書いとったの、ちゃんと実力になっとるんやなぁ!」


 


 真理子は、戸惑いながら笑った。


 「ありがとう、あすか……でも、なんか実感がなくて……」


 


 志津香も、机の前に座ったまま口を開いた。


 「……おめでとう、真理子。本当に、よかった」


 その言葉には、温かさと、ほんの少しの翳りがあった。


 


 志津香も、あすかも、出品した。

 でも入賞は、真理子だけ。


 


 誰も責めない。誰も比べない。

 だけど、心の奥に小さな棘のような違和感が生まれていた。


 


 それは真理子自身も、感じていた。


 


 (どうして、わたしなんだろう)

 (志津香の書は、誰よりも綺麗だったし、あすかのは心を打つ力があった)

 (わたしは、ただ、静かに書いただけなのに)


 


 次の日から、周囲の目が少しだけ変わった。


 後輩が、教室前で声をかけてくる。

 先生が、別のクラスで紹介してくれる。

 友達が、気を遣うように話す。


 


 それは、光でもあり――

 ちいさな“影”でもあった。


 


 あすかは、冗談めかして笑った。


 「先輩、すっかり有名人やん。サインでも書く?」


 真理子は笑いながら答えた。


 「それ、筆で?」


 ふたりで笑ったけれど――

 その後、会話はどこかぎこちなかった。


 


 志津香は、その日の練習中、いつもより静かだった。


 筆の運びは正確で、丁寧で、けれどどこか“呼吸”が感じられなかった。


 


 真理子は、誰にも言えないまま、練習ノートの片隅にこう書いた。


 「嬉しい」と「居心地悪い」が、いっしょにやってきた。


 


 入賞は、誇るべきことだ。

 でもそれは、自分だけが“先に進んだような気持ち”を生むことでもあった。


 


 その夜、志津香からふいにメッセージが届く。


 「真理子の書、ちゃんと届いてたと思う。あの一文字、今でも目に焼きついてる」


 


 真理子の胸に、何かが溶けていく音がした。


 返信は、少し時間がかかった。


 「ありがとう。でも、私……みんながいたから、書けたよ」


 


 その“みんな”には、志津香も、あすかも、そして“書道部”という空間も、全部が含まれていた。


 


 誰かひとりが前に出ること。

 そこには、誇りと同時に、葛藤もある。


 でも、それを分かち合える人がいるのなら――

 その一歩は、決して孤独じゃない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ