【第67話】書道コンクールの知らせ
九月のはじめ、まだ残暑の匂いが残る午後。
書道室に届いた一通の封筒が、三人の心に静かな火を灯した。
「全国高等学校書道コンクール――推薦出場通知?」
封筒の中身を開いた真理子が、読み上げる。
その声に、あすかが身を乗り出した。
「全国!? マジで!?」
「えっと……県推薦枠があるらしくて、各校一人か二人まで、って……」
真理子の声は揺れていた。
「……あたしたち、推薦されてるの?」
志津香が低く尋ねた。
その場にいたのは、三人と、顧問の飯塚先生だけだった。
先生は、少しだけ間をおいてから言った。
「正式な出場者は、校内選考を経て、提出することになる。
だけど、候補としては……この部から“出せる”と認められた。
つまり、三人の誰か、もしくは複数が出る可能性があるということだ」
沈黙が、落ちた。
コンクール――
それは、評価される世界。
勝ち負けが、はっきりと線引きされる場所。
これまで部で行ってきた展示や文化祭とは違う。
「競うこと」が前提の舞台。
あすかが、ぽつりと呟いた。
「うち、出たい。勝ちたい」
その一言に、真理子が顔を上げる。
志津香も、軽く目を細めてあすかを見た。
「……けど、簡単じゃないよね」
志津香の声は、どこか冷静だった。
「うち、勝ちたいから書いてるんちゃう、て思てたとこやけど……
でも、やっぱり“勝てる書”ってあるやん? “響く書”」
あすかの瞳には、静かな炎が灯っていた。
「だから、もしそれが真理子でも志津香でもええねん。
けど、ほんまに一番ええ書を書いたやつが、出るべきやと思う」
志津香は目を閉じた。
外部塾では、何度も競争を見た。
評価の波にさらされて、自分が“ただの学生”に戻る瞬間もあった。
「……なら、本気で書かないとね」
真理子は小さく頷いた。
今の自分の書が、どこまで届くのか。
誰と比べるわけじゃなく、自分の可能性を“出し切る”ために、筆を取るしかない。
飯塚先生が、柔らかい声で言った。
「出場希望者は、来週の木曜までに“出場用の一枚”を提出すること。
それを部内選考にかける。
評価基準は、“その字が、その人のすべてを語っているか”――それだけです」
三人は、顔を見合わせた。
沈黙の中に、それぞれの決意が浮かんでいた。
この先、たった一枚の紙に、自分の全部を懸ける日が来る。
言い訳も逃げ場もない。
だからこそ――その“書”には、嘘をつけない。
放課後の陽が、書道室に長く差し込んでいた。
誰も口にしなかったけれど、全員がもう“書き始めて”いた。




