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筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


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【第64話】離れたからこそ

放課後、書道室には、誰の姿もなかった。


 いや、正確には“揃っている日”が減った、というべきだろう。

 志津香は週に二度、外部塾へ。

 真理子は水曜と金曜に、街の教室。

 あすかは来ているが、一人で黙々と練習帳を開いていることが多くなった。


 


 三人のうち、誰かが不在。

 それが、日常になりつつある。


 


 その日も、あすかだけが書道室にいた。


 墨をすっていると、ぽつりと雨音が聞こえてきた。

 梅雨の訪れだった。


 


 「……なんやろ、変やな」


 そう呟く自分の声に、あすかは小さく苦笑した。


 


 (みんな頑張ってる。うちも練習してる。

  それなのに、なんでやろ……ちょっとだけ、寂しい)


 “部活”って、もっとわいわいしてた気がする。

 一緒に笑って、泣いて、ぶつかって。


 


 今は、それぞれが別の場所で書いている。

 成長している。

 でも、その分、何かが置いていかれている気がする。


 


 その夜。

 真理子は、教室の帰りにいつもの道を歩いていた。


 手には今日書いた「柔」「灯」「青」――

 優しい言葉たちが、静かな線で並んでいる。


 


 ふと、スマートフォンを取り出して、書道部のチャットを開いた。

 最後のやりとりは、三日前。

 みんなの近況報告が並んでいた。


 


 (……あすか、ちゃんと食べてるかな)

 (志津香、塾で無理してないかな)


 そんなふうに思っても、書く言葉が見つからない。

 既読をつけるだけで、画面を閉じてしまった。


 


 一方、志津香は塾の帰りに、筆箱を見つめていた。


 今日、新しく渡された課題は「臨書」。

 古典を正確に模写すること。


 技術的には刺激が多く、やりがいもある。

 でも――ふとした瞬間、頭の中に浮かぶのは、部室で見た“あすかの暴れ書き”や、“真理子のやさしい一文字”だった。


 


 (……今、二人はどんな字を書いてるんだろう)


 それを聞くのが、どうしてだろう、少し怖かった。


 自分が離れてしまったような気がして。


 


 その晩、三人は同じように布団に入って、同じような空を見た。


 LINEを開いて、閉じて。

 言葉を打ちかけては、消す。


 


 「今度、会おう」

 「ちょっと話したい」

 「なんか、最近ちょっと、変やね」


 どれも、まだ送れなかった。


 


 でも、その夜――


 真理子から、ふいに短いメッセージが届いた。


 「この間書いた“灯”の字、見てもらいたいな」


 数分後、志津香が返信する。


 「見たい。私も“風”の臨書したんだ。比べてほしい」


 その通知を見たあすかは、笑いながら一言打った。


 「どっちもええけど、うちの“爆”には勝たれへんで」


 


 ――それだけで、なんだか、元に戻れそうな気がした。


 言葉を交わしただけ。

 字を見せ合っただけ。

 でもそれが、また三人を“部活”に連れ戻してくれるような、そんな夜だった。

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