【第43話】書道甲子園へ向けて
冷たい風が春を運びはじめた二月の終わり。
書道室には少しずつ、新しい気配が混ざりはじめていた。
卒業の準備、進路の話題――。
そんな空気の中で、志津香がふと切り出した。
「書道甲子園、今年もエントリーする?」
「……出たい」
あすかが、まっすぐに答えた。
「去年、初めて出て、思いっきり負けて。
でもあのとき、“もっと書きたい”って、心から思ったもん。あの続き、書きたいんや」
「私も、出たい」
真理子が静かに言った。
「今年で引退になるかもしれないけど、最後まで、自分の字を信じたい」
志津香は、少しだけ目を閉じて考えていた。
(書道甲子園――あの舞台は、ただ“うまい字”が並ぶ場所じゃない。
その向こうにある“何を伝えるか”“どう生きるか”が問われる場所)
「うん。私も、出たい。……自分が“書道を続けるかどうか”を決める前に、
今の自分で書けるものを、全部ぶつけたい」
その言葉に、三人の視線が重なった。
エントリーに向けて、まず始まったのは「チームとしての書」を決めることだった。
「テーマは?」
「“継ぐ”ってどう?」
「いいかも。“自分たちの書”が、後輩にどうつながっていくかって、今の私たちにぴったりだよね」
「せやけど、“継ぐ”って難しい字やな」
「テーマにしといて言うか、それ(笑)」
三人で、ノートに案を出し合い、筆を持ち、書いては破り、議論して、また笑って――
その繰り返しの日々が、春の空気とともに始まっていった。
放課後の書道室。
窓の外では、吹奏楽部が卒業式の練習をしている。
真理子がふと筆を止めて言った。
「この音、好きかも」
「卒業式の練習?」
志津香が筆を洗いながら聞く。
「うん。なんか、“終わり”って感じがするんだけど、同時に、“次がある”って音に聞こえる」
「分かるわ」
あすかがにやっと笑った。
「うちらの“書道部”も、いつか終わる。でも、その前に、甲子園で、でっかい字残そや」
「うん」
「うん」
三人は自然と目を合わせ、うなずき合った。
それはもう“話し合い”ではなかった。
“誓い”のようなものだった。
こうして、書道部は再び走り出した。
去年とは違う。
“あのときの続き”を越えるために――
そして、“今の自分たちの全部”を、筆に託すために。
目指すは、書道甲子園。
それは、三人にとって「未来へ筆をつなぐ」ための、最後で最大の挑戦だった。




